第11話 思わぬ遭遇
爽やかな初夏の空気の中に少しだけ湿り気を感じるようになった、週明けの登校日の放課後。教室では梅雨入り前の五月末に開催される体育祭についての話し合いが行われいた。
運動は可も無く不可もなく私は、参加種目の話し合いの流れのまま、全員参加の種目と全員参加とは別の2種目の競技への参加が暫定で決まった。そして今、話し合われているのは、体育祭花形種目のひとつ徒競走。定石なら体育の授業で速かった順に選べばいいだけなのだけれど、話しはそうは簡単ではないみたいで、徒競走の出場選手を決める話し合いは思いのほか長引いていた。
「だから、俺は出ないって」
「そこをなんとか」
「イヤだ。だいたい、病み上がりに走らせようってのがおかしいの」
「うっ、それはそうだけどさ⋯⋯全部パスはさすがに容認できないって。頼むよ」
隣の席の
こうして、話し合いは無事に終わり。教室を出た私は、一緒に買い物へ行く約束をした
「面白そうなのでいいなー。あたし、200メートル走なんだけどっ?」
「運動神経いいもん、弥生は」
「部活で走らされるからだって」
そう言って、弥生はわざとらしくため息を漏らした。
各駅停車の電車に揺られて30分弱、先日の校外学習で訪れた街で下車して、同ステーションビル内のショップで買い物。
「暗めの方がいいんだよね? 黒とか」
「そうそう、白は乾いたあと目立つから避けた方がいいよ」
知ってる。去年の体育祭で経験済み。彼女のアドバイスに従って、いくつか試着した中から気に入ったタイプのスポーツブラとショーツを購入して、次は、ステーションビルから歩いて10分ほどのスポーツ用品店へ行き。タオル、ヘアバンド、水筒などを見て回る。
「髪留めは、ヘアゴムでいいかも」
「ハチマキあるしねー。シューズ見ていい?」
「うん、いいよ」
弥生は所属している部活動、バスケットボールのシューズ売り場で軽くジャンプしたりして、真新しいシューズの履き心地を確かめている。
ふと目を別の売り場に向けた先に、同じ学校の制服を着た男子生徒の姿を見つけた。それも、知っている顔。同じクラスで隣の席の彼は、身体を補助するサポーターコーナーで手に取った商品のパッケージ裏の機能説明を読んでいる。
「何見てるの?」
「ふえっ!?」
背後からかけられた声に驚いて、思わず大きめの声をあげてしまった。同じエリアに居る他のお客の視線が一斉にこちらに集まる。申し訳なさと、居心地の悪さを感じつつ「すみません」と頭を下げる。
「びっくりした~、どしたの?」
「う、ううん。何でもない」
「わけないじゃん。んー? あれって、
意味深なイタズラな笑みを浮かべる、弥生。
絶対しょうもないこと考える。案の定隠す気はいっさいなく、同じ学校の男子が――如月くんが居るコーナーの方へ歩き出そうとする。
「ちょっとあっちも見てみよっかなー」
「邪魔しちゃ悪いよ」
なにより――如月くんが見ている商品は身体の機能を補助、保護するサポーター。休学の詳しい理由は知らないけれど、ケガが原因ということも充分あり得る。あまり知られたくないから、学校からからも、家からも遠い街のスポーツ用品店へ来たのかもしれない。
「あのさ、遅かったみたい」
「――え?」
振り向くと、顔を上げた如月くんと目が合った。
それは1秒にも満たない一瞬のことだったけど、まるで私たちだけ時が止まったかのようにお互い見つめ合う。
そして、彼は優しく微笑みかけてくれた――。
* * *
「見覚えのある制服だと思ったけど、水樹さんだったんだ」
「私もびっくり。えっと、二人は初対面だよね?」
「橘だよー。よろしくね、如月くん」
「よろしく、と」
初対面二人の挨拶が終わった。
すると、途端に弥生の興味は如月くんが持っている商品へ向く。私も気になっていた。その訳は、ステーションビルのショップで購入した下着と同じ形状をしているから。
「ところで、それってさ⋯⋯」
「これ? 胸部周辺のサポーター。スポーツ中継とかで見たことない?」
今朝のスポーツニュースの中で、男子サッカーの代表選手がユニホームの下に似たようなアンダーウェアを着てたような気がする。
「なーんだ。キミもスポブラ買いに来たのか思ってちょっと焦ったじゃん」
「ああー、体育祭か」
「そうそう。彩音が新しいの欲しいって」
「ちょっ!」
とんでもない爆弾発言が弥生から飛び出した。
「別によくない? フツーにあたしも着けるし」
「部活で慣れてるからでしょ」
やっぱり、そういうことを誰かに知られるのは少なからず抵抗を感じる。そんな私の感情を察したのか、それとも彼自身が気まずさを覚えたからなのかはわからないけど。話題の矛先を彼女へ変えてくれた。
「橘さん、運動部なの?」
「女バス。サッカー部だよね? そっち系の買い物?」
「ま、そんなところかな。ツレの付き添いで来ただけだよ」
と言うことらしいのだけれど、それらしい人の姿は見当たらない。どうやら今は、電話で席を外しているそう。そんなことを話していた間に、彼の連れ人が、お店の外から戻ってきた。
「うわ~、すんごい美少女」
「そう、だね⋯⋯」
その人の――制服にサマーセーターを着た髪の長い女子生徒の姿に私たちは思わず息を飲む。
私は、彼女を知ってる。彼女も、私を知っている。
時折こちらを窺いながら如月くんと言葉を交わす彼女は、私たちの方へ一歩踏み出し笑顔を見せた。
「初めまして。私は――」
Milk Tea ~あなたが教えてくれたこと~ ナナシの新人 @nanashi_rookie
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