第10話 想い
校外学習から少し経った、ある日の休日。
梅雨に入る前の爽やかな初夏の陽気。今日は、朝から一人で外出。地元ではシャッター通りと揶揄される少し寂れた駅前のアーケード街を抜けて駅前のバス停から市営バスに乗車し、市街地を10分ほど走った距離にあるショッピングセンター最寄りのバス停で下車。バス停から歩くこと数分で目的地のショッピングセンターに到着。
休日のお昼前の駐車場は満車近く埋まっていて、ショッピングセンターの出入り口付近ではイベントが開催されていて、真っ赤な大きめの風船が複数浮かんでいた。イベントが目当ての人、そうでない人も含めて朝早くから、家族連れ、カップル、同い年くらいの学生でショッピングセンターは賑わいを見せている。
文具、小物、雑貨、本屋、洋服などいろいろなショップをのんびり見て回り、お昼はちょっぴり贅沢をして心身ともにリフレッシュ⋯⋯のはずが。私は今、通学で利用している駅隣接のローカル線の駅近くの有名カフェチェーン店に居た。
全体的に木が多く使用されたお洒落な外観、木組みの天井、テーブルや椅子も木製で統一されたシックな造りの店内の通りに面したガラス張りのテーブル席ではなく、お店の一番奥の二人掛けのテーブル席に腰を掛けている。
「お待たせ。ミルクティーのアイスでよかったのよね?」
「うん、ありがと」
肩甲骨の下まである綺麗で長い髪の女性は、ミルクティーとデザートドリンクが乗ったトレイをテーブル中央に置き、向かいの席に腰を降ろした。紙コップを両手で持ち、注がれたアイスミルクティーをストローで飲む。一方彼女は飲み物に手をつけず、手元のスマホに目を落としている。
話し声やノートパソコンのキーボードを叩く音が周りから聞こえるのに、まるで私たちは別の場所に居るみたい。
なぜこんなことになっているのかと言うと、今から15分前まで遡る。ショッピングセンターで目当てのショップを一通り回り終えて、出入り口付近の生花店の前を通りかかると突然、手を引っ張られた。ビックリして振り向くと彼女がいて⋯⋯年上の男の人にしつこく声をかけられ困っていて「友達来たから」と誤魔化し、そのままショッピングセンターの外へ連れて行かれた。
店舗から離れたあとも解放して貰えず、私の手を引いて前を歩く背中に声をかける。立ち止まって振り向いた彼女からワンテンポ遅れて、甘い香りを漂わせる長い髪がふわりとなびく。
「私よ」
女性は、同じクラスの
手元のスマホから目を離した旭さんは、周囲を警戒するように見渡し再びスマホに目を戻して「大丈夫かな」と小さく呟いた。
「訊きたいことがあるの」
そう言って、テーブルに置いたスマホの画面をこちらに向けた。液晶画面に写っていたは、先日駅で出遭った彼女の彼氏
「こ、これは偶然帰りの電車が一緒になって――」
「解ってるわよ。こういう顔をしてる時は決まって部活のことだもん」
と言いつつも、不満そうに顔を背けた。でもそれは、私に向けられたものではなかった。たぶん、頼って貰えなかったことに対する不満。
「部外者のあなたに何話してたわけ?」
部外者⋯⋯言葉の刺が気になるけど、誤解されるよりはずっといい。天海くんも元々彼女に尋ねようとしていたことだから話しても問題ない。
「
「⋯⋯
それ、クラスの話しになるとまともに取り合おうとしなかったあなたが原因です。
「で、訊けたわけ? このあと会ったんでしょ」
「聞けるはず――どうして知ってるの⋯⋯?」
旭さんはまた周囲を警戒しながら、スマホを操作。
「これよ」
「これって――」
「学校の裏サイト。匿名であることないこと書き込まれてるんだけど、中にはこういう密告みたいな投稿もあるの」
書き込みを見て背筋がゾッとした。裏サイトの掲示板には、私と如月くんが市立図書館へ入っていくところ、同じ席でレポートを書いているところなど複数の写真がアップされていた。そして今日、私がショッピングセンターに居たことも⋯⋯。人の悪意に今まで感じたことのない背筋が凍るような恐怖を覚えた。
「このサイトを私が知ったのは最近、校外学習の少し前。あの噂を流したのは、私じゃない」
ゴールデンウィーク明けのありもしない噂話は全部この裏サイトの書き込みが発端。校外学習の前トイレの外で待ち伏せしていた旭さんが話そうとしたのはこの件だった。
「誤解されたままは嫌だっただけ。それと忠告。トイレの落書きみたいなものだけど気をつけた方がいいって話し、お互いにね」
彼女のことも色々書かれている。中にはストーカー紛いのような言動、盗撮写真も。
「もしかして、髪下ろしてるのって」
「そういうこと。確認なんだけど、本当になんとも思ってないわけ⋯⋯?」
真っ直ぐ私を見詰める目はとても真剣。だから私も、
答えを聞いて強張っていた彼女の表情が微かに緩んだが、それでもまだその表情は硬いまま。
「⋯⋯そう。一緒に来て」
「どこへ?」
「学校。定期持ってるでしょ」
通学に使う自宅の最寄り駅から電車に乗って、学校の最寄り駅で下車。徒歩で数分で学校に到着。校門近くの、窓の開いた体育館からはボールが弾む音とシューズのスキール音、ネットでコートを区切って練習するバスケットボール部とバレーボール部の声が聞こえ。校舎の最上階の端の音楽室からは吹奏楽部の演奏が響いている。休み学校は思っていたよりも賑やかだった。
「こっち」
彼女の後に続いて校舎の横を通り、グラウンドの方へ回る。グラウンドでは陸上部とサッカーが練習をしていた。
どこの学校でもある休日のごく普通の部活動のはずが、トラックの中で行われているサッカー部の練習風景に違和感を覚えた。休日にも関わらず練習を見学している女子の姿が目立ち、時折黄色い声援が飛んでいる。その声援を受けているのは誰なのかは遠目でもわかった。彼女たちの声援を受けているのは、天海くん。
私たちは校舎とグラウンドを繋ぐ通用口の水飲み場付近へ移動。
「いいの? ここからで」
「あの人は、練習の邪魔をされることを一番嫌うの」
休憩に入ってすぐチームの輪を抜けた
「容姿に惹かれたんじゃない。私は、誰よりもひたむきに打ちこむ真摯な姿勢に惹かれたの。他の女子と仲良くされるのはムカつくけど、モテるからしょうがないってことも
「そうなんだ。ん? じゃあ、なんで私は?」
「⋯⋯癪だから教えない」
「なにそれ」
「うるさい。ほら、帰るわよっ!」
旭さんが天海くんに惹かれた理由を知り。彼を想う彼女の気持ちはとても素直で眩しくて、どうしてか少し羨ましくも思えた。
同時に彼の中身を見るのではなく、知ろうともせずに外見や態度で判断してしまった自分自身の浅はかさが、とても恥ずかしく思えて仕方なかった――。
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