アンニュイ少年

晴天

はじめ

「ノーティス、気づく、トランスフォーム、変える、アンニュイ、退屈 ...。なんで英単語なんか覚えなきゃいけないんだよ」苛立った声でそう言う。「伊吹また追試引っかかったもんな。次受からなかったらまた内藤先生に怒られるぞ。追試なんて引っかからないで部活に来いってな」創真がすこし小馬鹿にしてくる。今日もまた部活で内藤先生に怒られた。おれは小学校の時からずっとサッカーをしてきたから人並みにはできるけど特別上手いわけでもない。試合には出てるけどミスもよくする。だからおれは先生によく怒られる。「別に今日のミスはおれ悪くないだろ」そう聞くと創真は「まあまあ今日先生機嫌悪かったもんな」とおれを落ち着かせるように言う。先生の愚痴を言っていたらもうおれの家が見えてきた。「じゃあな創真」「じゃあな。今日はすぐ寝ろよ」そう言って創真はイヤホンを取り出し一人で帰っていった。「ただいま」家に帰ってくると急に疲れが出てくる感じがする。「次のニュースです」リビングではいつも通りテレビがついている。「お風呂すぐ入ってきな。そしたらご飯できてるからね」お母さんが優しい声で言う。「今日アイドルグループの◯◯が新曲をリリースしました」興味のないニュースばかりだなと思いながら「はいよ」と少し冷たい返事をしてお風呂場に向かう。(アイドルか、芸能人のペットとか毎日らくそうだよな。お金あるからいいエサ食えるし。)湯船の中でそんなことを考えていた。お風呂を出るとテーブルにはおれの苦手な焼き魚が置かれていた。料理を作ってもらっているから文句は言えないがおれは少し機嫌を悪くして焼き魚を食べた。ご飯を食べたらすぐさま自分の部屋に行く。(英単語の勉強、学校の課題、塾の宿題もあったっけな。やること多すぎるだろ。今日ちゃんと寝れるのかよ)考えれば考えるだけ焦ってくる。今日は練習試合だったこともありいつも以上に疲れていた。絶対にだめだとわかっていたのに流れるようにベッドに横たわる。(そろそろ勉強するか)と思ったときにはもう遅かった。

朝の倦怠感と共に目を覚ます。(もう朝かよ、)呑気にそんなことを考えていた。重い体を起こそうとすると昨日の夜なにもやらないで寝たことを思い出した。さっきまで重かった体が嘘のように飛び上がる。(やべぇ何からやればいいんだ、学校に行くまでにできることは...)大焦りで頭を働かせる。すると遠くの方から「あれ、ジジ起きたの。おはよう」と聞いたことのない若い女性の声がした。びっくりして声の方を向くとそこには知らない女性がいた。でもなぜか見たことがある気もした。(誰だこの人...。てか今なんて言った?ジジ?)冷静になって周りを見ると明らかに目線が低い、そして視野が広い。おかしいと思って自分の身体を見る。(お、おい。おれ猫になってる!?)目が冷めてから約5分、自分の身体が猫になってることにやっと気がついた。(ど、どうやったら戻るんだよ。てかこれは夢かなんかか?)冷静になったと思ったらすぐさま大焦りだ。「ジジわたしね昨日新曲だしたの。だから今日は音楽番組に出てくるね。忙しいから遅くなっちゃうかもだけどお利口さんにしててね。」女性は呆然としているおれに向かってそう言い家を出ていった。(ん、なんだ?昨日新曲?どっかで聞いたセリフだな。)なぜかこのセリフが頭に残った。でも今はそんなことを考えている余裕はない。とりあえずおれはわけのわからないまま家中を歩き回った。(とりあえず鏡だ。鏡を探そう。)まだ自分が猫になったことを信じていられなかった。家中を見回すとアイドルの雑誌やらCDやらがたくさん飾られている。(飼い主は相当なオタクだな。)そんなことを考えて歩いているとあることを思い出す。(ちがう。さっき新曲って。もしかして飼い主アイドル!?)さっき言ってたことやこの部屋の感じから絶対にそうだと確信をした。どうりで顔が整っていたわけだ。(芸能人の猫っておれがなりたかったやつじゃん。ラッキー!)さっきまでの焦りが少しずつ消えてきた。ちょっといい気分だ。玄関につくとそこにはお目当ての鏡がある。それに超でっかいやつだ。(あー。ほんとだ。ほんとに猫になってる。)自分の姿を見てやっと自分が猫になったことを受け入れなければいけないと思った。猫っていってもおれは動物なんて飼ったこともないから何をしたらいいかなんてわからなかった。(とりあえず、ぐーたらしてたらいいんだろ。気づいたらまた元の姿に戻ってるだろ。)今はこう自分に言い聞かせた。(ぐーたらって言ってもな。スマホはないし、話す相手もいない。早く飼い主帰ってこないかな。)思っていたよりもやることはない。寝てたらいいって常に眠いわけでもないし。(腹減ったな。飯あるかな。)リビングに戻り自分が起きたところの周りを探す。(あった。これが今日の飯か。キャットフード?なんか意外と普通なもん食ってるな。)少しがっかりした。別になにが普通でなにが豪華かは知らないが。(うわ、まず!)あたりまえだ。元は人間のおれにキャットフードが美味しいと感じるわけはなかった。(なんか思ってたのと違うな。これ食うなら毎日焼き魚のほうが何倍もマシだ。)焼き魚が食べたかったわけではないけどなぜかそう感じた。時計を見ると長針と短針がちょうどきれいに重なって上を指している。(12時か、)本当は今頃部活でヘトヘトになってるだろう。今日は日曜のはずだからな。(サッカーしたくなってきたな。)こんなことを思ったのはいつぶりだろうか。最近は先生に怒られてばっかだったし、部活のやる気もなくなっていたのに。(なんかおれ意外と楽しんでたんだな。)急にそんなことを思った。でもなんかこんなことを考えてるのはカッコつけてるように感じて恥ずかしかった。(時間がありすぎるな。テレビでも見るか。)おれは机の上にあるリモコンを取るために思いっきりジャンプした。(うわあ。ほんとに猫だ。こんなにジャンプできんだな。)自分が猫になったことを少しずつ受け入れてきた感じがした。テレビを付けると音楽番組の特集がやっている。じーっと見ていると(あれこの人。って飼い主の人!?)アイドルだって気づいたけどまさかこんな大きな番組で特集にされるほどとは。「最近若者から大人気のアイドルグループ〇〇です」おれは飼い主がどんな人なのか知りたくて真剣にその番組を見ていた。気がつくともう長針と短針が半周して重なっている。おれはテレビに夢中になっていた。(飼い主すごい人なんだな。でもこう考えると人気者のペットってそう充実しているわけでもないんだな、。)自分の理想がすこし否定された感じがした。(眠いな、)ずっとテレビを見ていると眠くなってくる。でももう一回飼い主の顔が見たかったから返ってくるまで起きようと決めた。暇な時間をどうにか潰して時刻はやっと21時をまわった。(まだかよ。早く帰ってこないかな。)おれは流石に眠気がやばいと思った。起きていようと決めたがその気持ちも束の間気づいたらぐっすりと寝ていた。

「ちょっとー!伊吹起きなさい。部活遅れるわよ。」お母さんが大きな声を張っている。(ん、朝?)おれは何事かと焦ったように飛び起きる。「は、飼い主は?」「なに言っての。寝言?ちょっとやめてよね。」お母さんは笑いながらそう言い部屋を出ていった。「なんだ夢か。って課題は!?宿題は!?」急いで机の上を見ると手のつけられていない課題が丁寧に置かれていた。(うわ、まじか。学校行くまでにできることは...。)頭を全力で働かせながら大焦りで朝の支度を済ました。朝ご飯は昨日の夜ご飯の残りの焼き魚とご飯と味噌汁。ちょっと嫌だったけど心なしか美味しく感じた。「昨日人気アイドルグループの〇〇が新曲をリリースし、早速大ブレークを果たしました。」おれはそんなニュースが目に留まって、無意識に手を止めてじっと見てしまった。あたりまえだがおれが昨日?見たであろう飼い主も映っている。「あんたアイドルとか興味ないでしょ。そんなの見てたら部活遅れるよ。急ぎな。」お母さんはおれのことをよくわかっているからそう言った。でも(興味ないわけではないよ)と思ったが口には出さずに「ほんとだ!じゃあ行ってくるね。」と言い、家を飛び出した。いつもは憂鬱な学校までの道のりが今日はなぜか少し楽しみだった。「おーい伊吹。」後ろから創真が走ってくる。「昨日はよく寝れたか?今日は怒られないようにな」いつものように少し馬鹿にしてくる。「ああ大丈夫だよ。今日はなんかいいプレーができる気がするよ。」猫になった話をしようとしたが創真のことだしどうせ馬鹿にしてくると思って言うのをやめた。(これはおれだけの秘密だな)そう決めた。「おいなんだそんな真剣な顔して。早く行くぞ」創真はおれを置いて走り出した。「ちょ、置いてくな」おれは創真のあとを追いかける。(退屈よりこっちだな)そう気づかせてくれたいい思い出だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アンニュイ少年 晴天 @3rls

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画