第24話 仲がいいのか悪いのか VII


「お前……」

 呆れるきのえ


 アスランの銀髪や、褐色の長い耳や、近衛府の華麗な真紅の軍服の上には白い雪が降り積もっていた。

 どうやら、かなり前にきのえとエリーゼにエア・ヴィークルで追いついていたのだが、二人が自分の話をしていたために、中に入る事が出来なかったらしい。そして、ついにはエリーゼがぶち切れたので、やっと入るタイミングが掴めたということか。


「何か文句あるのか?」

 その状況を読まれた事を読み取って、アスランはきのえに言い返した。


「あああアスラン様っ、わた、私っ……!!」

 エリーゼは明らかに真っ赤になって狼狽えて、その場を取り繕おうと前後左右を見回すが、丁度いい隠れ場所もなければ言い逃れする理由も見つからない。

 既に先月、勢い余ってアスランに告白はしているが、こんな場面でどうしろというのだ。


「エリーゼは問題ない」

 アスランはそこでそう言った。


「エリーゼは、きのえの被害者だ。図書館前を歩いていただけで、鞄がエア・ヴィークルに引っかかって転んでしまった。怪我もした。鞄を取り返そうとして追いかけたのに、きのえがエリーゼを危険な目に合わせて俺から奪って逃走した。エリーゼを雪から防ぐ場所に連れてきたのはいいが、ここで、エリーゼに何をする気だったんだお前は!! エリーゼは何も問題ないだろう。問題あるのはきのえだけだ!!」

「何って……」

 きのえは実にいやらしい含み笑いをしてアスランの方を見ている。


「まさかこんなところで卵焼きの講習会をするわけでもないだろうっ! 何のつもりでエリーゼを盗んだ!!」


「何を想像しているんだお前は。俺は10歳も年下のローティーンは範囲外だぞ」


 またしても微妙にカチンと来る言い方をするきのえであった。挑発しているのだろうが……。

 15歳がミドルティーンではなくローティーンも腹が立つが、はっきりと範囲外と言われてしまったら、女性として扱われていないようで無性に悲しくなる。それに、きのえのことを大好きなユーリエにだって何となく申し訳がない。


「忍びのきのえは知らないかもしらんが、貴族は15歳以上なら結婚出来るんでな。適齢期は18歳から24歳だ。そうでなくても小さくても女性は女性として扱われるはずだ。俺たちが男性として扱われて始めて男性になれるようにな!!」


「おや~? 随分ムキになりますね~。何を想像していたんですか~自分のやりたいことですか~?」


「てっめ……っ」

「まあ言いたい事はわかる。男は男扱いされて始めて男になる、その逆で女は女扱いされなきゃ女になれない、そりゃその通りだ。だが、それじゃ、ここで俺がエリーゼをちいちゃい子扱いじゃなくてオンナ扱いすればお前は満足するのかよ? お前の言うところの忍びがこーんなちっちゃいか細い子を……」


(ち、ちいちゃい子?)

 自分は想定何歳ぐらいの扱いを受けたんだろうと、エリーゼは不安になってくる。そこが気になる。自分がそうだということは、きのえの大ファンのユーリエも、ちいちゃい女の子扱いで、まるで相手にされないんだろうか……。というか、それが普通なのだが、近視眼的な中学生のエリーゼ達にはそれがわからない。

(やっぱり英雄の皆様は、大人でセクシーな女性が好きなの!? バルバラみたいな下品な女が! しかも口が重いのに尻軽でなんて……どうしよう。ユーリエさんにきのえさんのことをなんて教えたらいいの!)


 アスランはしばらく沈黙した後、きのえの方に歩み寄り、いきなりその作務衣の襟元を掴み上げた。


「それじゃお前は俺にナニとして扱われたいんだよ。お嬢様泥棒としてか!? 魔王殲滅パーティメンとしてか!?」


「えっ……」

 これはかなり本物の怒りであるということを、きのえは感じ取った。耳いっぱいにエマージェンシーコールが聞こえてきそうだ。赤く点滅する信号弾が見える。


「俺の懐からエリーゼ盗んでおいてただですむと思うなっ!!」

「懐じゃないですよね。背中に乗せていましたよね」

「細かい事はどうでもいいんだよ!! そういえばエリーゼの髪の毛を狙撃しやがったよな!! お前一回、ハゲてみるか!?」


 自分が細かい事を言い出すアスランであった。


「あ、あ、あの、アスラン様。あんまり怒らないで……」

 原因が自分のために慌て始めるエリーゼであった。

 自分がちいちゃい子扱いの事も気になるが、アスランがそこまで怒りだしたら、仲間同士のじゃれ合いではすまなくなってしまうかもしれない。


「エリーゼは離れていろ」

 アスランは彼女の方には冷静な声でそう告げた。


きのえ、勝負だ。本気でハゲ上がってもらおうか!!」

「久しぶりだな……お前と勝負するのも」


 アスランは、愛用の剣を抜いた。

 北十字星ノーザンクロス

 大雪原の王者とも呼ばれるジグマリンゲン侯爵家において、本当に選ばれた子息にだけ与えられるとされるいわくつきの剣だ。


 北十字星ノーザンクロスには北十字星ノーザンクロスの物語があるのだがそれは割愛する。いずれ、神聖バハムート帝国皇家のジェネシスの宝器に勝るとも劣らない名剣だ。


 わざわざそれを抜いて、アスランはきのえに詰め寄った。


「今日という今日は、許さない!」

「そう来るなら、俺も黙ってられないな」

 きのえはにやりと笑うと、自分も愛用のクナイを抜いた。


 ちなみにきのえは常に、二刀流で最速の攻撃を繰り出す事で有名である。

 二振りでワンセットの愛用のクナイには、漢字の名前がついている。それも、エリーゼはないとなう! の設定で知っていた。


 空木うつぎ

 海月くらげ


 何故そんな名前なのかは、ないとなう! 原作ではなく設定資料集の方に書かれていた事がある。空木ではなく空気。空気のように当たり前のように存在感なく攻撃し、海上の月さえも捕らえて掻き切る。それほどの軽さと攻撃力を誇る、きのえが自ら作り上げたという武器だ。


 

久しぶりということは、しょっちゅういがみ合っているようだが、本気でぶつかり合う事は意外に少ないのかもしれない。

 慌てながらもエリーゼはそこが気になった。


「ハゲるのはお前が先だ、アスラン! 白髪の分際で黒髪の俺を妬むなっ!!」

「白髪じゃない! 帝国の風精人ウィンディはほぼ銀髪だ!! 誰がイチイチお前のどぶねずみ色の髪の毛を妬むかっ!!」

「言ったな!!」


--実際のところ。

 風精人ウィンディにも黒髪や赤毛などは、稀にいるが、神聖バハムート帝国においては、銀髪がスタンダードである。

 それに対して、きのえのモカブラウンの髪色は確かに目立っていた。特に上流階級においては。--庶民の方には、彼と同じ常人オルディナ地獣人モフ青龍人ドラコなど他の種族が大勢いるため、様々なカラーリングが存在するのだが。その点、彼は彼で、皇女宮勤めで苦労していない訳がない。


「アスラン様! きのえさん! 何でそんなことで喧嘩になっているんですか! 髪の色なんて、本人にはどうしようもないことで……」


 エリーゼは当然のように二人の喧嘩を止めようとするが、最早、大人の男達は聞いてはいなかった。


「表に出ろ!」


 どちらからともなくそう言い合って、玄関から飛び出ていくアスランときのえ


「アスラン様っ……」

「エリーゼはここで待っていろ。必ず、勝って、お前の大事な鞄は取り返してやるから」

 何と、今に至っても、アスランはエリーゼの鞄の事をちゃんと覚えていた。


「は、はい……」


 鞄の中には、アスランへのプレゼントも入っている。他にも大切なものばかりだ。それを、アスランに話した訳ではない。それなのに、大切なものだと理解してくれているようで、エリーゼは心がじんわり温まるのを感じた。


「あんまり、いいかっこすると、後で恥かくぜ?」

 きのえが嫌みったらしくそんなことを言いながら、笑っているようだ。


 エリーゼは言われるがまま、玄関の扉に隠れるようにして、外に出て行った二人の事を見守った。

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幽霊少女と恋人たちの日 秋濃美月 @kirakiradaihuku

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