第23話 仲が良いのか悪いのか VI

(も、もしかして、オノゴロ島に行ったら、お米の炊きたてご飯や、醤油や、味噌の料理に会える!? 大根おろしをかけた焼きたてのサンマや、醤油をちょっと垂らしためざしや、味噌田楽や、そういうのをもう一度、食べられるの!?)

 ああ、花より団子。

 先ほどまでは英雄達の色恋生活を調査しようとしていたエリーゼだったが、すっかり頭は米・味噌・醤油の三英傑に奪い取られてしまった。もう米の事しか考えられない。


「はい。一度行ってみたいです。オノゴロ島! 味噌とか醤油とか……興味あります。あつあつのおでんとか今の季節に……」

 などと、口を滑らす二回目の十五歳。

「おでん? おでんを知ってるのか? 何の民話だったんだ、お嬢ちゃんが読んだ本?」

 きのえは不思議がったが、そこは素直に食いついた。

「おでんのちくわ、わかるか? ちくわやはんぺんっていう極上の食文化がオノゴロ島にはあって、それをこう……ダシの効いた鍋で」

 猛烈に首を縦に振るエリーゼであった。

(あるんだ! この世界にも、真冬にあつあつのおでんを食べる国が、あるんだ!! 行く、絶対行く! オノゴロ島!! 神聖バハムート帝国の料理も勿論美味しいんだけど、やっぱり恋しいのは和食よ!!)


 そこでハタとエリーゼは気がついた。アスランは、母親がオノゴロ島の人間のはずだ。そしてきのえは、出自が不明の忍びだが、忍びである以上、オノゴロ島の関係者。これは、漫画内の何らかの伏線ではなかろうか。

 二人は実は血縁だったとか、親同士に因縁の対決があってとか、そういうことがあるのかもしれない……。


 瞬間的にそっちに頭が回るエリーゼだった。


「あ、知ってるか? ダシっていうのは、昆布や椎茸や、鰹や煮干しやって……えーと、煮干しっていうのは……」

 煮干し。知っている。のばらは煮干しで味噌汁のダシを取っていた。だがそれを言う訳にはいかない侯爵令嬢。だから、猛烈に首を縦に振りながら、エリーゼは考える。

「煮干し、知っています。きのえさん。オノゴロ島の事、詳しいんですね。そういえば、アスラン様もお母さまがオノゴロ島の出身のそうですけど、アスラン様とそういう話はされるんですか?」


「しない」

 きのえは即答した。

「え、でも……」

「あいつはな、お嬢ちゃん」

 きのえは堂々と腕を組み、顎を引きながら、姿勢を正してこう言った。

「弁当の卵焼きは甘くなきゃいやだって言うんだよ」


 エリーゼはもうなんて言ったらいいかわからなかった。


「卵焼きが甘いなんてことがあるわけあるか!! 卵焼きは醤油で味付けするに決まってるだろ!! そして刻みネギが入っている!!」

 困った事に、中学生エリーゼの弁当に入っている卵焼きは、甘かった。

 大好きな姉ののばらが、気を遣って甘めに作ってくれていたのだ。


「しかも、味噌汁のだしは鰹でなきゃいけないとか!? 煮干しに決まってるだろ!! 煮干しに赤い味噌汁で決定しているはずなんだよ!!」

 エリーゼの家は合わせ味噌だった。ダシは煮干しで正解。

 だけど、のばらは、そういうのはこだわらないと思うし、嫁ぎ先でそういうツッコミ入れられたくない人だったと思う。


「そしてうどんのつゆは黒!!」

 多分、アスランがうどんのだし汁は白いと言ったんだろうと思う……。

「あ、はい……わかりますけど……アスラン様が甘い卵焼き食べたからだめなんですか……?」

 今度はきのえが勢い込んで頷いた。

「卵焼きは甘くない! そこは譲らん!!」


(えーっと……)

 そういう、誰でも愛しているだろう実家の卵焼きや味噌汁の味について、色々突っ込むのが野暮であろうことは、わかるのだが。

 既に、アスランときのえはお互いに突っ込んで突っ込んでツッコミあって刺し違えた事が何回もあるらしい。その空気を、エリーゼは悟った。


 この場合、「正月」とか「納豆」とか、凄い禁止ワードになるんだろうなあということまで悟った。


「大体アスランは餓鬼の味覚なんだよ。何でも甘けりゃいいってもんじゃない。だから性格も戦闘もあんなふうに甘っちょろいんだ」

 そこまで言ってしまうきのえであった。


 エリーゼはきっと顔をあげてきのえに向かってはっきり言った。


「やめてください! 私はアスラン様が好きなんです。だから、私の前ではアスラン様を悪くいわないで下さい!!」

 もうちょっとで、私の食べていた弁当の卵焼きだって甘かった! と言ってしまいそうなエリーゼであった。



 そのとき。

 忘れられていたプレハブ建ての玄関が、何の前触れもなく開いた。


 入ってきたのは、頭から雪をかぶった、赤い軍服姿のアスランだった。


 咄嗟に、反応が出来ないのはエリーゼで、きのえはまだ余裕の様子で、口を歪めて笑っている。


 やや寒そうにしながら、アスランは、きのえとエリーゼを見比べてこう言った。


「人の好きなものに、本人の前でケチつけるぐらい、餓鬼な事はないだろう?」

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