第22話 仲が良いのか悪いのか V

 そんなふうに安心してしまったエリーゼの様子を、きのえが、もう一本のタバコを取り出しながら見ている。


 いつもと変わらない、東洋風の作務衣。その上にミリタリーのジャケットを防寒のために引っかけていた。

 濃い茶色の髪にサングラス。まず整っている甘いマスク。


 容姿に優れた風精人ウィンディの中でも華麗で目立つアスランの隣に立っていても、きのえは全く遜色がない。そのことに自分で気づいているのだろうか?


(ユーリエさんが、きのえさんのことを大好きって言う気持ち、わかるような気がする。普通、ヒーローのライバル役って、もっと冷たい嫌みをたくさん言う陰険な人が多いってイメージだったけど、きのえさんは違うのかもしれない。って、ここが、漫画の中の世界って、ユーリエさんは知らないのよね……)

 勿論、他の誰も知らないはずなのである。


 そうなるとエリーゼにとって気になるのは、25歳で、アスランのそばにいた女の子をかっぱらうような行動をする、きのえの女性関係であった。ユーリエが悲しむような情報は欲しくないが……アスランほどではないだろうが、きのえだってモテる方ではあるだろうし……と、本当に気になってきたのである。

 アスランの女性関係についても、色々と気になる事はある。「バルバラ」とは何もなかったようだが。

 だが、先ほど、”情報の管理”という事で釘を刺されているエリーゼは、迂闊にそういうことをきのえに聞けなかった。


 それで、きのえのもっと身近な事を聞く事にした。

 きのえにもう少し無難な質問をいくつかして、口がほぐれたら、突っ込んだ事を聞き出そうという訳である。


「タバコって美味しいですか?」

 とりあえず、恐る恐ると言った様子でエリーゼはそれを聞いた。きのえは、エリーゼが嫌がってる様子でもないのをみてから答えた。

「旨いよ。タバコは、休憩時間には必須アイテムだな」

「えっと……銘柄は?」

「Lucky Strike。ないときはLark」

 それがどういう味で、どういう意味なのかは、エリーゼにはさっぱりわからない。前世でも、タバコを吸った事はなかった。何しろ中学生なのだから。

「タバコ吸っている時って、どんな気持ちになるんですか?」


「……お嬢ちゃん、吸ってみるか?」

 エリーゼが興味を示したので、きのえがやや困惑したようにそう言った。

「い、いえ、そういうわけじゃなくって。た、タバコって、モノの味とかに影響あるって言うけれど、どんなのかなって……」

 神聖バハムート帝国では、18歳未満の喫煙は法律違反でもある。


「ああ、タバコを吸っていると、味がわかんなくなるって、あれな。そんなことは関係ないよ。タバコを吸っていても、旨いものは旨いしまずいものはまずい。ちゃんとわかるよ」

 きのえは面白そうに笑ってそう言った。


「あ、はい……美味しいものわかるんですね。好きなものとかは、あるんですか?」

「食の好み? ないわけないだろ。まあ、こっちだと、、、そうだなあ」

 東洋風の作務衣、それを忍び装束がわりに着ている男は、しばらく考え込んでしまった。


「こっちで手に入る料理だと、リゾットやパエリアには罪がないな。旨いと思う。あと、ライヒのストラッチ、あれは変に癖の強い甘さがあったが、慣れたら旨かった」

「……米?」

 その話を聞いて、エリーゼはすぐに気がついた。

「米が好きなんですか、きのえさん」

 まあ、私も好きだけど……とエリーゼは声を消した。神聖バハムート帝国に転生して15年。炊きたての米の良さは身にしみている。あのほかほかしたご飯は、二度と食べられないかもしれない……と子どもの頃は悩んでいたが。

 神聖バハムート帝国と交流のあるオノゴロ島が、純和風の国であるらしい、とは聞いている。

 きのえの名前も漢字圏ではあるし、彼はオノゴロ島と何か関係があるのかもしれない。


「まあ、そうだな。米が旨けりゃ、何も文句はない。本当にな、いつも月夜に米の飯ってぐらいだ。後は味噌と醤油。って言っても、お嬢ちゃんにはわからないかもしれないけど、そういうソースがあって……」

 エリーゼは猛烈に頷いた。食いついたと言ってもいいぐらいだ。


「米、大事ですよね」

「わかるか?」

「あ、えっと……学校の読書感想文で、オノゴロ島の民話の事を書いた事があって……それで知っているだけなんですけど。オノゴロ島の食文化って、美味しそうなものばかりですよね」

 あらかじめガードを堅めながら、エリーゼはそう言った。

 するときのえは嬉しそうに笑った。

「へえ。今のガッコじゃ、中学校からそんな民族発表会みたいな事するのか。まあ、いい傾向だな。外国の文化に、若いうちから理解があるっていうのは、悪い事じゃない。オノゴロ島の飯は、確かに旨いぞ。一生のうちに、喰っておいて損のないものばっかりだ。お嬢ちゃんも、大きくなったら、オノゴロ島で炊きたての米を食べてみるといい」

 珍しいぐらいに饒舌になるきのえ

 もしかしたら、本当に、オノゴロ島が母国なのかもしれない。遠いシャン大陸の近所の島国の人間が、なんでテラ大陸の超大国で、忍びをやっているのかはわからないが……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る