第21話 仲が良いのか悪いのか IV

「そうか。それなら、今日の事は、誰にも話さないで欲しい」

 きのえはやっとそう言った。


 まあ、考えて見れば当たり前の話である。近衛府の軍事機密であるエア・ヴィークルに、皇太子アルマの私兵が飛び乗って、侯爵令嬢をアスランから拉致して、よりにもよって荒野エーデ島に逃げ込んだなどと、あちらこちらに言っていいことのはずがない。


 エリーゼもそのことに気がついたらしく、声も立てられない様子で、こっくりと一つ頷いていた。


 きのえはにやりと笑った。


「それでいい。お嬢ちゃんが、誰にも話さないっていう前提でなら、もう少しぐらいなら、アスランの話をしてもいいぞ」


「えっ……いいんですか?」

「勿論、お嬢ちゃんが、誰にも話さないって言う約束の上での、俺の常識の範囲内でだけどな」

 びっくりするエリーゼに、きのえはからかうように笑っている。濃い色のサングラスをかけていても、彼が妙に機嫌が良い事はわかった。


「それじゃ、その……アスラン様の」

 エリーゼは、思わず伏し目がちになりながら、一生懸命、言葉を選んだ。


きのえさんは、アスラン様の事で、認めてらっしゃるところとか、好きなところ、ありますか?」

「ない」


 きのえは即答した。

 エリーゼは呆然とした。


「え……あの……? アスラン様の、よいところ……」

 エリーゼは、アスランが好きなわけだから、当然、アスランの長所や魅力を語ってもらえれば、それだけで落ち着くし嬉しい訳だった。

 それで、先ほど、アスランの欠点の事は激しく聞いたので、その分もアゲてもらえるかと思って言った事だった。

 だが、きのえはまたしても即答。


「ない」


「……な、なんで」

「……何そんなに、ショックを受けたような顔をしているんだ、お嬢ちゃん」

 ぽかーんのAAそのまんまの顔になって固まっているエリーゼに、きのえは、逆に不思議そうにそう聞いた。


「ないって、ないんですか?」

「そうだな……あえていうなら、身長と体重」

「えっ」

「身長が178㎝、体重が69㎏、そこだけは憎むに憎めない」

「……背、ちょうどいいぐらいですよね」

「ありがとう」

 何故か、きのえがエリーゼに礼を言ったのでまた驚いた。そのあと、きのえはこう言った。


「俺も同じ身長と体重なんだ。さすがに、それは、文句言いようがないなあ」


「それだけ!?」

 仰天したのはエリーゼの方だ。確かに、自分と同じ身長と体重について、文句を言ったって仕方ないだろう。

「他に、何にも、ないんですか?」

 それこそ完全な全否定ではないか。


「……?」

 きのえは顎に手を当てて、しばらく考え込んでいる。そのまま、固まっていたが、それなりに色々、思い出したり反芻したりしているような表情だ。


「……ま、魔王の首を上げてくれたのは、アスラン様ですよねっ、一緒のパーティで戦った……」

「あれはあのとき、アスランが、リュウとユキを落としているんでな……」

「はい!?」

 確かに、漫画内でもそういう描写はあった。

 八人のパーティで、魔王戦を挑んだのだが、リュウは、魔王の弱点の鱗を剥がすのに尽力して、剥がした途端に吹っ飛ばされた。

 その後、若輩で、軽装備に見えるモンクのユキが集中砲火を浴びて、ユキも昏倒。

 そこでぶち切れたのが、義兄のきのえで、怒りのあまり突進しながら必殺技をぶっぱ。

 そこにうまく連携のトスの必殺技をあげたのが皇太子アルマ姫だ。

 その必殺技の連係攻撃を繋いで、アスランが超必殺技を乱舞。魔王にトドメをさして、その首をかききったという流れである。


 まさかそのことについて、本当に思った事を言っちゃう人がいると思わなかった。


「いくら相手が魔王とはいえ、ナイトが二人も味方落としてるなよ、情けない」

「…………」

 特に、ユキは、気難しいきのえが随分と可愛がっている血の繋がらない弟なのだから、そういう気持ちもあるのだろうなとエリーゼは思ったが、きのえは関係ないといった。


「あいつは、自分でもわかっているようだが、ナイトとして完成形じゃねーんだよ。それで毎日、必死に鍛錬をかかさなかったり、目標を持って頑張ってるのは知ってるけれど、未熟者は未熟者だ」

「……認めてらっしゃるじゃないですか」

 エリーゼは呆れた。


「何?」

「……いえ、何でもありません」

 ここで、素直に思った事を言ったら、猛烈に否定して、アスランの人格否定まで言い出しかねない。それを聞きたくないので、エリーゼは、そう言って黙るしかなかった。


(完成形じゃない自分の事に驕らずに、日々努力していること、きのえさんだってわかってるんじゃないの。それを認めているって言うんじゃないかと思うけど……わざと言ってるのかな?)


 エリーゼの読んだないとなう! では、その際に、後ろに下がって魔法の砲台と回復役をやっていたのが双子姫のイヴとマリである。リュウとユキは、二人の治癒魔法によって事なきを得たため、現在も元気に冒険者をやっている。彼女達が責められないのは、やはり、皇女殿下だからなのだろうか--。


 そういう訳で、エリーゼは冷めてきた紅茶を一口飲みながら、アスランときのえの今後の事を考えた。どうしてそんなに仲が悪いのかと思って心配したが、きのえは十分、アスランの事をよく見ているし認めているようだ。それならこれは、多分……悪趣味ではあるが、仲間内のじゃれ合いなのだろう。

 エリーゼは無事に、アンハルト侯爵邸に、今日中に返してもらえるだろう。

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