第20話 仲が良いのか悪いのか III

 エリーゼは、そんなふうに受け取っているが、実際は微妙に食い違う。

 きのえにしてみれば、先ほどからのアスランの反応は、エリーゼのことを相当気に入って意識しているものだった。

 ライバルが10歳も年下の女の子の事で躍起になっているので、からかう気持ちはかなりあったが、それでも、人の本気を踏みにじるのは彼の趣味ではない。


 どんなに気に入らない相手とはいえ、そういう純情……か、純情の原型を、汚い手で握りつぶすのはきのえの好みのようで、全くもって好みではなかった。


 アスランは、どういう意味でかはわからないが、純粋な気持ちでエリーゼを守ってやりたいと思っているようだし、”雛形”であれど女として意識しているだろう。

 そのことについては、赤飯炊いて応援してやりたいとは思うが、現実に、赤飯炊いてアスランをからかって遊ぶ事はしないだろう。それはきのえにとっては非常に不愉快な事に入った。


 実際に、アスランがレオニーを卒業してエリーゼに惚れたと聞いて、大はしゃぎで赤飯炊く男連中がいたとしたら、その場できのえは「お前がカルピスでも飲んでろや!!」とカルピスの原液をそいつらの顔面にぶっかけるぐらいはするだろう。


 それはさておき。

 そこで、肝心のエリーゼが、自分に向かって、”どうしてそんなにアスランが嫌いなのか”と問い詰め始めたので、どういう対処が一番、スマートで無難か考え込んでしまっているのだ。

 何でアスランが嫌いと言われたって、理由は多々あるが、この熾烈で歪な感情を、15歳のお嬢様に理解させろと言ったって出来る相談ではない。彼等には彼等だけのつながりとしがらみがあるのだ。


 エリーゼが自分とアスランの関係を色々と根掘り葉掘りしたがるのは、どういう意味であるにせよ、アスランへの強烈な意識があるのには間違いない。元から、アスランへの一途な気持ち(きのえには丸見え)で、彼の暗殺未遂事件に、弾正台勤務の養父と一緒に協力し、かなり恐い目にもあっているのに、一歩も引かずにアスランの側にいようとしている。

 そこは、きのえにとっては、好感度が高いのだが……。


(俺とアスランの事を嗅ぎ回るのも面倒だが、その調子で、リュウやユキの事まで気にしはじめたら困るな。俺だけではなく、あいつらにも聞かれたりしたくない過去やプライベートは山ほどあるわけだし、エリーゼが気にし始めればアスランだってやりづらくなる可能性はある。ここは釘を刺しておいた方がいいか……? それとも)

 傷ついていたアスランがエリーゼを愛するのは嬉しいし、エリーゼがその気持ちに応えてくれたらきのえだって悪い気はしない。だが、エリーゼが、自分たちだけの絆に無粋な行動を取られるのは不愉快だ。そういうことであった。

 魔大戦を息抜き、死線をくぐり抜けて魔王を倒した自分たちのつながりに、中学生の女の子達が、ハチャハチャと、彼女達の論理で入り込むのはよくはない。

 勿論、中学生の女の子達は、自分たちにわかる世界の中で、それは真剣に、自分たちの偶像を愛しているのだろうが……。

 そうでなくとも、中学生~高校生にかけての女子集団の行動力というものは、時としてとんでもない破壊力を生むものだ。ドロドロしたくないのなら、今のうちに手を打っておいた方がいいかもしれない。


「俺とアスランの話を聞いてどうするんだ。その友達に、話すのか?」

 きのえはまずそれを聞いた。


「それは勿論……」

 エリーゼが何か言おうとするのをさえぎって、きのえは言った。

「俺たちは、口の軽い女は好きではない。尻の軽い女よりも嫌いなぐらいだ」

「え……」


「理想なのは口が重くて尻が軽い女、というぐらいだな」

「ええー!?」

 それは一体どういう意味なんだ。

 びっくりして目をまんまるにしているエリーゼに、くすくすときのえは笑っている。


 口が重くて……尻が軽い女? それはむしろ、エリーゼの認識では、黙ってコソコソ……ということであるから、男性から一番嫌われるタイプなんじゃないかと思っていた。正々堂々とやればいいというものでも、ないけれど。


「そ、それは、本当……ですか?」

「嘘か本当かは、お嬢ちゃんにはまだわからないだろうよ。まあ、十年後にはわかっているんじゃないか?」

 ちょうど十歳年の離れた男の忍びはそう言った。


「お嬢ちゃん、俺は忍びだ。情報の管理が、常日頃のルーチンワークだ。だから、情報の管理がずさんな人間と、話をするのはタスクが多くなって大変なんだ、ここまではわかるか?」

 正しく子どもに説いて聞かせるきのえであった。

 エリーゼは何度も頷いた。そういう話し方なら、わかる。忍者って、情報戦なんでしょう? とっても厳しい世界よね。……多分。


「俺に限らず、アスランも近衛府という、皇帝陛下のおそばに仕える騎士なんだよ。だから、知っていても言わないで欲しい事があるだろうし、知らないですましてくれることもたくさんあるんだ。お嬢ちゃん達が、俺たちの事を、好きでいてくれるのは勿論嬉しいし、応援はなんだって、嬉しいが……情報の管理という事を、考えて欲しい」

「はい……」

「リュウやユキも、冒険者ギルドに登録している冒険者で、本当に世間に出していい話と出してよくない話で苦労しているようだ。侯爵令嬢のお嬢ちゃんには思いも寄らない人生を送っているんだから、話したくない事も、知られたくない事もある。そういうことを、想像出来るか?」

「……」


 そのとき、エリーゼの脳をよぎったのは、前世の、一家心中のことだった。そのことを知っている人間はこの世界にはいない。だが、エリーゼは、「痩せない」ダイエットサプリの事で実家の製薬会社が言いがかりをつけられて、ネットが大炎上を起こしたこと、それさえも、誰にも知られたくないと思っている。当時の記憶は、忘れられそうもないが……誰にも知られたくないのだ。


「わかり、ます」

 リュウやユキにも、そういう強烈な記憶があるかもしれない。アスランやきのえにも。エリーゼはしっかりとそう頷いていた。


 きのえは疑わしそうな目をサングラスの底から向けたが、エリーゼの妙に真剣な面持ちを見て、悪い子ではなさそうだと判断した。

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