第19話 仲が良いのか悪いのか II

「他にもいろいろあるんだけどな」

 そう言って、きのえは、エリーゼに当たらないようにタバコの煙を大きく吐き出した。

 何やら怒濤の勢いで、思い出す事があったらしい様子である。


 きのえは、目元の濃い色のサングラスをかけ直しつつ、エリーゼの方を見ている。何から説明していいか、悩んでいるらしい。


 そこでエリーゼは気がついた。きのえからしてみれば、自分はアスランの”ファン”であって、彼を支持する人気の基盤の一人なのだ。その熱心な”ファン”に質問されたからといって、色々と吹き込んでいいかどうか考えてしまうらしい。


(あ……そうすると、そういえば、ユーリエさんが……)

 咄嗟に、エリーゼが思い出したのは、音楽教室のヨゼフィーネの大の仲良しのユーリエの事であった。彼女と、エリーゼも仲は良い方だ。

 そのユーリエが、魔王を倒したアスランパーティの中で一番の”推し”にしているのがきのえなのである。

 考えて見れば、ここで、ユーリエを差し置いて、エリーゼがきのえと親しく口を利くのも、ユーリエに対しては重大な裏切りになるかもしれない。


(ユーリエさんが大好きなきのえさんに失礼な事をするわけにはいかないわよね)

 あんまりな事が続いて半ばパニックに陥っていたエリーゼは、ユーリエの存在を思い出したところで、はっと我に返った。

 きのえは恐らく子どもの自分をからかっているだけなのだろうが、エリーゼは苛々して妙な口調できのえに突っかかっている。ユーリエが知ったらどう思うだろう。

(かといって、きのえさんに親切なつもりでなれなれしくするのも、ユーリエさんにとっては悲しい事かもしれないし。慎重に気をつけよう。言葉遣いとかも、気をつけよう。私の印象が良ければ、ユーリエさんのポイントもアップ……するかも)

 とにかく、ユーリエよりもきのえと仲良くならないように。……といっても、きのえがユーリエの存在を把握している訳がないのだが。


 それと同じぐらい大事なのが、いつも英雄パーティの事で騒いでいるヨゼフィーネや他の友達の事だ。

 ヨゼフィーネはとにかくアスランが大好きで、彼とは何の関わりもないのに、ウェリナの祝祭日には彼の家に会いに行くと言ってきかないほどなのである。

 アスランの事を考えると感情の盛り上がりがただならぬ、彼女のために、アスランとの距離感を考えなければならないだろう。だが同時に、無礼な子と思われるのは論外なので、清潔感を持って印象良く振る舞わなければ。

 アスランの事を好きなのは本当の話だけど、ヨゼフィーネ達への友情を忘れてはいけない。


 この世界では、音楽教室の仲間以外に、同い年の女の子達を知らない、引きこもり令嬢のエリーゼは、真剣にそのことを考えて、きのえに向き直った。


 ここでうまく、きのえやアスランの萌え情報推し情報を持ち帰ったら、彼女達に喜んでもらえるかもしれない。情報の出所はぼかすしかないけど……。


きのえさんとアスラン様は、そういうふうに知り合ったようですけど。聞いた話では、アスラン様もそのときは、任務中でしたよね。アスラン様も、お仕事に手を抜く訳にはいかなかったと思います」

 せいぜいすました口調でエリーゼがそう言ったので、きのえは少し驚いたようだった。


「他にも、アスラン様とは、どのようなつながりを持ってらっしゃるんですか?」

「どうしてそんなことを聞く?」

「あ……アスラン様ときのえさんが、仲が良い方が、私達は安心出来るし……」

 せいぜいとりすまして大人っぽく振る舞おうとしたエリーゼだったが、早速ボロを出している。


「俺とアスランが仲良しこよしだと、お嬢ちゃんが何で安心するんだよ」

「え、英雄パーティの皆さんに、亀裂があるのは、私達には不安で悲しい事でしかないので……」

 つっかえつっかえ、エリーゼはそう言った。

 きのえは何とも言えない複雑な表情になったが、エリーゼにはそれがどういう意味かわからなかった。

(前世じゃ、インターネットのスレとかで、ないとなう! の腐女子情報とか色々あったし……いや、私は腐女子ではないけれど……ヨゼフィーネさんたちも全然違うはずだけど……こういうときに特別仲が悪かったり仲が良かったりしたら……腐った脳内には凄い刺激にしかならないんだよね……)

 そんないらんことまで考えてしまうエリーゼだった。

 前世の中学生時代は、BLの事は多少なれど興味はあった。


 どっぷりと濃かった訳ではないが、中学生がネット上で見聞きできる範囲でなら、いくつかそういうものも読んだ事はある。


 エリーゼが見かけたのは、どうしても自分の推しで主人公のアスランが右になるものばかりだったが、その最大勢力の左側が、リュウかきのえかで、年中、腐った属性の方々が、ネット上などで血を見る争いを行っていた事を、覚えている。

 ないとなう! 原作中で、特別仲が良く描かれているのがリュウとアスラン。

 特別仲が悪く描かれているのが、きのえとアスラン。

 どちらに萌えるか、どちらにも萌えるかは、腐女子個々の属性によるらしい。ちなみにエリーゼは、アスランがかっこよくて愛されていれば別に何でも……という、いわゆる”主人公愛され受け”のリアル厨房(実際に中学生)であったらしく、同じ属性は結構多かった。


「……なんだかよくわからんが、俺とアスランが仲が悪いと、それだけでお嬢ちゃん”達”……は困ってしまうと、そういうことか?」

「はい。わ、私達は……」

「”達”って誰?」

 さらりときのえはそのことを聞いた。エリーゼは知らずに口を滑らせていたのだ。きのえは相手が侯爵令嬢なので、色々と妙な想像をしたらしい。だが、エリーゼはそれがわからなかった。

 咄嗟に、嘘をつけずにエリーゼはこう言った。


「私の友達です。友達に、きのえさんのことが凄く好きな子がいて、いつもきのえさんのこと嬉しそうに話しているんです。その子にとっては、きのえさんは仲間のどなたとでも、いつも仲が良くていてくれた方が、安心出来るし、幸せなんです」


(誰だそいつは)

 きのえにとっては、エリーゼの友達など、”あんた誰!”でしかない。だが、忍びの分際で、すっかり有名人になってしまった彼としても、エリーゼぐらいの年の女の子に、妙に好かれているという情報は、鬱陶しいけど複雑な気持ちで嬉しいようではあった。


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