第18話  仲が良いのか悪いのか I

「どうしてそんなに……」

 きのえとアスランがライバル同士であることは知っている。

 そうであるにしても、限度というものがあるのではないだろうか?


 きのえに強奪されてきたエリーゼが、悲しそうな顔でそう尋ねると、彼は微妙に視線をそらしただけで、返事をしてはくれなかった。


 しばらくしてから、エリーゼは、ないとなう! 原作中でも謎とされるぐらいの、アスランときのえの仲に突っ込んでみた。


「どうしてそんなに、アスラン様と仲が良くないんですか?」


 魔王を倒す際には同じパーティとなって、息の合った大活躍をしたアスランときのえである。

 その際には、アスランの親友のリュウや、きのえの義弟のユキが潤滑剤になっていたとはいえ、本当は阿吽の呼吸が通じる親友同士なのではないだろうか?

 エリーゼとしては、そう思いたい。


 今回の事も、エリーゼにとっては迷惑以外の何でもないが、実は親友同士のじゃれ合いじゃないかと思う。そうだといいのに。


 きのえは黙っていたのだが、同じ事を二度聞かれた手前、タバコの煙をくゆらせながら、気が向いたというように話し始めた。


「そもそも、一目会った時から、俺とアスランはそりが合わないんだ」

「それは……」


 ないとなう! 原作を読んでいるから知っている。そのことを、エリーゼはまさか言う訳にはいかず、口ごもってしまった。

 それを、遠慮や気兼ねと受け取ったきのえは、おかしそうに笑った。


「お嬢ちゃんは、アスランが何で俺に嫌われるか、知りたいんじゃないのかよ」

「そ、そうだけど」

 そして出来れば、いがみ合いを押さえて欲しい。全部を解決は出来ないだろうけど。


「アスランのいい子チャン面が気に入らないのかな。あいつの言っている事は正論で、滅多な事では間違わないし、英雄として鉄板な事は変わらないだろう。だが、その分、きれい事で偽善で、弱いモノの気持ちがわかっちゃいない。そのことが、本人にはわかってない。わかったつもりでいるかもしれないが」


「アスラン様が、弱いモノの気持ちがわからない? そんなこと、ないです」


 思わずエリーゼは反発していた。

 アスランから見れば、エリーゼだって弱いモノのうちに入るだろう。大した事ない小娘で、陰気な引きこもりで、戦い方さえろくすっぽわからない。その自分が、たかだか鞄を盗まれたぐらいで、あれだけ怒ってくれるのだ。

 弱いモノの立場に立ってくれるし、気持ちをわかってくれる男ではないだろうか。


「だから……そりゃ、お嬢ちゃんのような、侯爵令嬢には優しいだろうけどな。あいつは生まれも育ちも、良くも悪くも、大雪原の大御所、ジグマリンゲン一族の若様なんだ。そこも、気に入らない奴には気に入らないんだよ」

「どうしてですか」

「お嬢ちゃんにはわからないだろうが、ジグマリンゲン一族が富み栄えて、でかい面しているだけで泣きの涙にあう連中だっているっていうことだ。大人の貴族なら、わかるんだけどな」


「……。そうすると、アンハルトのお嬢様と言われる私も、それだけで人の恨みを買っている事になります。きのえさんは、アンハルトの養女の私が、気に入らないんですか」

「ンなわけあるか」

 きのえは思わず噴き出していた。


「お嬢ちゃんの事を嫌って憎む理由は俺にはないよ。何言ってるんだ」

「でも、私も貴族の侯爵家の令嬢ですし、私が侯爵家を存続させるだけで、悲しむようなしがらみはあると思います。それに、きのえさんは、私の鞄を盗んだし。私に何か恨みがあるんじゃないですか!」

「違う違う。そういうことじゃない」

 きのえは呆れて、体の前で大きく両手を左右に振った。


「でも……」

「だから、アスランはな。きれい事言って、いかにも自分が正義の味方というような顔をしてだな、初対面の俺にリュウと二対一で喧嘩売ってくるとか、そういうところがあるんだよ」

 慌てたように、きのえはそれを言ってしまった。

 エリーゼは、ないとなう! 原作の、そのきのえとアスランの出会いの事を思いだし、食ってかかるのをやめて沈黙した。


 それは、大分色々言われているところではあった。


 まだ十代で若いアスランが、師匠ポジションのリュウと、任務中にきのえと遭遇するのである。きのえは、アスラン達の大事なジェネシスの剣を盗んで逃走しているところであった。

 同じ任務を受けていた、リュウとアスランで、泥棒のきのえを追い回し、二人がかりで殴りかかったが、きのえが、自爆技を使って逃げ切ってしまったのである。自爆技といっても、どういうからくりか、必ず生き残る技ではあったようだが。


 その時点で、アスランは、リュウのサポートがなければきのえと渡り合う事が出来なかったんではないかと色々言われている。


「俺も大切な任務中で、大事なアイテムを回収しなきゃアルマ様に顔向け出来ないっていう時にだな、リュウとアスランでいきなり俺をタコ殴りにしてきたんだ。それが、初対面だ。それでいい印象がもてるわけあるか?」


「……アスラン様は」

 だが、ないとなう! には、アスランが、要人の護衛任務中に、きのえがその要人からジェネシスの剣と呼ばれる重要アイテムを盗んでいったと描写されていた。そのとき一緒に護衛ミッションについていたのがリュウだ。同じ任務についていたんだから、同じ役割で戦闘するのは普通じゃないの? リュウだけぼさっと横で見ていて、報酬が同じだったらオカシイじゃないの。

 だが、その話をアスランから聞いた訳ではないので、エリーゼは黙った。


「な? 複数対ひとりで、正義の味方はないだろう? あいつ、そういうところが矛盾していてダブスタなんだよ」

「そ、そうかもしれないけど……」

「そりゃ、魔王決戦の時は、俺も、最終的にぼっちの魔王を八人がかりでタコ殴りにして、アスランに魔王の首をあげさせたが、それと同じ話じゃないだろう」


「…………」

 エリーゼは考え込んだ。だが、八人とも、皇帝陛下から、魔王の首をあげて参れという命令を受けてのミッション中ではないだろうか。

 仕事中に、一人だけ、ぼさっと休んでいる人がいたら、困るのは全員じゃないのか。

 だが、確かに、一人を複数でタコ殴りにするというのは、美しい図では全然ないし、ネット炎上で実家ごとタコ殴りにされた経験者としては、そこはきのえの言い分もわかる。


 困惑しているエリーゼに、きのえが言った。

「だから、魔王を倒さなきゃ、人類は魔族の餌になってしまう。そういう瀬戸際だったんだから、そこはダブスタを省略していいんだ。だけど、俺はあのとき、アルマ様からいいつかってのお使い中だったんだよ。アルマ様からの極秘命令を達成中に、いきなり二人がかりで殴りかかられたって、あいつの言い分を聞く気にならんわ」


「そ、そう……なんですか?」

 確かに、アルマ姫の私兵であるきのえの上司はアルマ一人。その命令を受けての仕事中に、そんなことがあったら、第一印象最悪になるのは無理もないかもしれない。きのえにはきのえの正論も正義もあるということだ。


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