第17話 タバコを吸いに来たのか?

 エア・ヴィークルから飛び降りて、雪を踏む。

 踏みしめると、雪が、薄手のブーツの中に入ってしまいそうだった。

 だがエリーゼは、帝国の北方、大雪原の育ちである。何とか、雪の上を転ばないように、靴の中に雪の塊が入らないように気を遣いながら歩き、小屋の粗末な扉から中に入った。


 プレハブ建てというのだろうか、魔王軍との決戦当時から、そのしばらく後まで、荒野エーデ島に泊まり込んで島を監視し、帝都を守っていた騎士達がいたはずだ。その人達が寝泊まりしていた場所なのだろう。

 そういう建物が4~5軒、密集していて、その一つにきのえが入っていったのだ。

(もう、荒野エーデ島は監視しなくていいっていうことなのかな。それとも、島の他の場所に見張りの人がいるのかしら)

 エリーゼはそんなことを考えながら、プレハブの掘っ立て小屋の中、ややさび付いたコンロの手前で、きのえが薬罐に湯をわかそうとしているところへ近づいていった。


 花水晶クロリスの小型ジェムは生きているらしく、コンロは青白い火を燃え立たせながら、薬罐をシュンシュン言わせている。


「そこの棚に、コーヒーの缶と紅茶の缶があるだろ? 使えそうだから、使っちまえ。まず体を温めろ」

 きのえはざっくばらんな調子でそう言った。

「いいんですか?」

 エリーゼは思わずそう尋ねた。こういうのは、不法侵入とか、そういうことにあたるんじゃないだろうか?


「もしも、コーヒーも飲まれたくないなら、鍵ぐらいかけていけってんだ。開いていたんだよ」

「鍵が開いていた?」

「壊れているのかもしらんけどな。まあ、気にしても仕方ないだろう、そんなこと」

 大雑把にそう言われ、実際、寒くて仕方なかったエリーゼは、言われるがままに、コンロの近くのガタつく食器棚から、紅茶の缶を取り出して、きのえに手渡した。


「紅茶か。いかにもお嬢ちゃんって感じだな」

 からかうように笑うきのえだった。

(お嬢ちゃんって、どういうことだろう)

 エリーゼにはわからない。とりあえず、食器棚から、大きめの頑丈そうなマグカップを二つ取り出してみた。それから、コンロの隣の流しについている、水道の蛇口をひねると、水が出た。その水で手早くマグカップを洗って、振って、念入りに水を払い落とした。タオル類は見当たらなかった。


「これ、どうぞ」

「ああ」

 きのえは、缶から紅茶の葉を取り出して、薬罐で煮立てているところだった。


 きのえは薬罐からマグカップに、いい匂いのする熱い紅茶を注ぎ込んだ。そして片方のカップをエリーゼに手渡してくれた。

 エリーゼは、熱い紅茶に温められたカップを両手の指先で持ち上げて、そのぬくもりにほっと一息つく思いだった。


「そっちの椅子に座ればいい」

 じんわりとくる温かさに感動しているエリーゼに、きのえはぞんざいに言った。

狭い一軒家だったが、コンロと流しのすぐ隣に、小型のテーブルと椅子が二つ設えられている。

 きのえは、片方の椅子にさっさと座ると、エリーゼの方をうかがうように見た。

エリーゼは、彼の手前の椅子に座り、紅茶をゆっくりと啜りながら飲んで、冷え切った体を温め始めた。

 掘っ立て小屋の中には、暖房らしい設備はなかった。


「……」

「どうしました?」

 自分の方をじっと見ているきのえに、エリーゼは尋ねた。

「タバコ。吸っていいか?」

「ああ、はい。どうぞ」

 実父のクラウスも、養父のハインツも喫煙者だ。エリーゼの前で公然とタバコをふかす事は滅多にないが。そのため、エリーゼは、タバコを吸う大人をそれほど嫌ってはいない。子どもの喫煙はどうかとは、思う。


 エリーゼの許可を得て、きのえは喜んだようだった。懐から、携帯用の灰皿とタバコの箱を取り出して、エリーゼから一番離れている、テーブルの反対側の位置に灰皿を置いた。それから、彼女に煙が当たらない角度を自然に取って、そこでタバコにマッチで火をつけた。


 きのえも大分、疲れていたのだろう。タバコを吸いながら、体が段々ほぐれてリラックスしていく様子が、エリーゼにもわかるようだった。


(紅茶はお嬢ちゃんで、タバコは大人って事なのかな。私を馬鹿にしているようではないみたいだけど……でも)


 タバコがどうとか、紅茶がどうとか、そういう問題ではない。

 エリーゼはここで、やっと体が温まって、気力が回復してきたので、きのえに聞くべき事を聞くことにした。


きのえさん」

「ん?」

「何で、私をここまで連れてきたんですか?」


 それを聞かない事には、何にも始まらない。なんで、自分は、アスランから強奪されて、こんな真冬の小島まで連れてこられたのだろうか。それが最大の疑問であり、それが解消されなければ、エリーゼは、アンハルトの屋敷に帰られるかどうかすら危ういのだ。


 するときのえはあっけらかんとこう言った。


「アスランが女を連れていたからだな」

「……はい?」

「アスランが女を連れている、その場合、一番あいつにダメージを与えられるのはなんなのか、考える。考えて答えが出たら即実行」

「……は、はい?」

「それで何の問題があるんだ?」



 理由が理由になってない。

 愕然とするエリーゼの前で、きのえは、右手の指先を紅茶のカップで温めながら、左手でタバコを吸っている。全然、何にも、問題を感じていないらしい。


「何の問題があるって……問題しかないと思いますが……」

 アスランに連れられて、その場に存在するだけで、きのえにさらわれてしまうということか? そうなのか?

 それが問題じゃなくてなんなんだ!!


「仕方ないだろう。俺は、アスランが気に入らないんだ。気に入らない男が、可愛い女の子連れて歩いていたら、ダメージ与えるしかないじゃないか」

 またしても、あっけらかんときのえは言い放ったのだった。


 それに賛同する男性は何人ぐらいいるんだろう……気が遠くなりそうなエリーゼであった。大の男で、それに賛同する人って、性格悪いと、思う。

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