第16話 海の藻屑となりし……


 エア・ヴィークルの燃料や飛距離はどうなっているのだろうか?


 エリーゼはそれが不安でならなかった。

 帝都シュルナウの湾岸地区を越え、カイ・ラーの海の上空をきのえのエア・ヴィークルは走っている。


「き、きのえさんっ、一体、どこへっ……」

「黙ってろ。舌を噛むぞ」

 近衛府で訓練をしてきたアスランの速度を遙かに超える速度を出しているのだ。エリーゼを振り落としてしまわないように十分に気を遣いながら、きのえはエア・ヴィークルの振動に耐えている。


(アスランの野郎は元々、ただの機動軍馬ヴィークルでも無茶苦茶な速度出しやがるからな。俺も負けてられない……)

 そういう気持ちであった。


 やがて、前方に、雪に包まれた小島が現れた。

 真っ白な柔らかそうな雪にくるまれた小さな、小さな島。


(あれは……もしかして……)

 口に出す事なく、エリーゼは、心臓の動悸が速まるのを感じた。

 まさか。--まさか。


 テラ大陸とシャン大陸の間に横たわる大海原カイ・ラー

 その神聖バハムート帝国の帝都シュルナウにくっつくようにして突如、浮かび上がった小島。それが、魔大戦終結の決定打になる。


 その小島は、瞬殺で魔族の侵略を受けて取られてしまった。

 そして、いくつかの塔が島に建てられ、そこから魔族が溢れるように魔界から輸送されてきたのである。


 帝都シュルナウの目と鼻の先に出来た前線基地。

 そのため--。


 その荒野エーデ島を、人類の手に奪還し、その魔法の塔を攻略、魔界の魔王城へ突撃する作戦が展開された。

 その作戦の最中に、エリーゼの実の両親は、海戦で討ち死にしたと聞いている。


 海軍はよく頑張った。既に英雄ランクである、アスランやきのえを温存し、|

荒野エーデ島の魔族を平らげるために、陸軍と連携をしながら海を進んだ。その中に、ハルデンブルグ伯爵夫妻が乗っていた艦があったのだ。その艦は、幼なじみでライバルで親友である、ハインツ・フォン・アンハルトの艦を庇って、魔法塔からの砲撃の集中砲火を受けて死んだという。

(ハインツの艦の方に、若い軍人の部隊が5~6部隊乗り込んでおり、それをできるだけ無傷で島に運ぶ必要があった。その部隊が、島にいた魔族達を殲滅し、そのあとに英雄達が乗り込んできたときいている。伯爵の父は親友の侯爵の護衛艦を務めていたのだ)


(この海の、どこかに……父上と母上が……眠っているの?)

 両親は、半年前の真夏。この海で死んだのだ。海は今は冷たく静まりかえり、静かなうねりを見せている。


 まさしく帝都、皇帝の寝首をかくような作戦に出た魔王軍に対する、皇帝、ひいては神聖バハムート帝国の怒りは凄まじく、皇帝は、既に最強の騎士と呼ばれていたアスランとその仲間達に、荒野エーデ島を奪い、魔王城に突撃し、魔王の首級をあげよ! と宣言した。両親はその宣言を実行しようとするアスランやきのえの作戦の礎となって死んだのだ。


 エリーゼは胸が詰まる気持ちがした。きのえの上半身に抱かれ、支えられながら、瞬間的に、身をもがいて、海面に墜落したい気持ちがした。

 そこに、戦いで死んだ両親がいるというのなら--!

 だが、それは一瞬で終わった。


(でも。……アスラン様やきのえさん、リュウさん達は……本当に、その作戦を実行して完遂した。魔王を倒して、魔大戦を人類の勝利で終わらせてくれたんだわ。そのおかげで、皆は、今、祝祭日を楽しむほどの平和を送っている……)


 例えば、戦争中は閉鎖していたミカエリス音楽教室が、正月から再開出来たのも。そこで、同い年のヨゼフィーネ達と知り合って、遊んだりふざけたり出来るようになったのも、全ては魔大戦で人類が勝利したからだ。

 そのことを考えれば、胸の苦しみは消えた。

 悲しさは残ったが、そこに囚われるのは今はやめようと思った。

 その悲しみで、半年ものあいだ引きこもっていた事について、アンハルト侯爵である養父母がどう思っていただろうか、今更想像してしまったのである。


 戦友クラウスの遺児を引き取り、責任持って育てて幸せな結婚をさせてやる。そういう気持ちが見え見えの養父母が、悪い人だとは到底思えない。最後まで責任を持って養って、幸せにしてあげたいと言うのだったら、自分だってその気持ちに応えたい。


 エリーゼは理性的に考えて、両親の眠る海から目をあげ、きのえの目指す荒野エーデ島の方をまっすぐに見たのだった。


 程なく、きのえは、真っ白な雪に包まれた島の真ん中に、ふんわりと、エア・ヴィークルを着陸させた。

 すぐ近くに、どうやら、軍隊が一時的に仮寝していたらしい小屋があった。きのえは何も言わずに、さっさとその小屋の中に入っていった。


エリーゼはエア・ヴィークルから降りて呆然とした。何も言わずにきのえが、知らない人の家の中に入っていったので、育ちのいい彼女は追いかける事も出来ず、きょとんとしてそこに突っ立ってしまったのである。


 それほどの間をおかず、きのえが小屋の中から顔を出してエリーゼを呼んだ。


「おい! お湯をわかすことが出来るぞ。熱いコーヒーぐらいなら飲めそうだ。早くこっちに入ってこい。風邪を引かれるのは、面倒だ」


(おい! って何よ、おい! って……)

 一瞬、イラっと来たものの、きのえは元来、女の子にそういう口の利き方をする人なのかもしれないと思った。会話の情報自体は、優しくエリーゼの事を気づかうものでもある。それで、エリーゼは、きのえのいる小屋の方に入っていった。


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