第15話 人質とか言われましても


 アスランは激怒した。

 必ず、かの邪智暴虐の忍者を除かなければならぬと決意した。アスランには忍術がわからぬ。アスランは、近衛府の騎士である。リュウと学び、狩りで遊んで暮して来た。けれども女に対しては、人一倍に鈍感であった。

--とかなんとか言っている場合ではない。


 とにかく、アスランは激怒したのである。

 憤怒とも言う。怒髪天とも言う。有頂天とは、多分言わない。


 いくら何でも、目の前で、連れてきたエリーゼを盗んで拉致して遠い空まで軍事機密で逃げるとか、あるか?


「コ ロ ス  !!」

 思わず口から飛び出た言葉はそれだけだった。

 アスランはエア・ヴィークルに怒りを伴う魔力をこめて、急発進させた。

 自分でもこんなに頭にきた事はないと思っている。

 怒りのあまり魔力がたちまち充填されていくような錯覚。アスランは、ミトラの神聖魔法による攻撃を、きのえの背後に乱発していった。


 下手な鉄砲も数打ちゃ当たるとか、そういうレベルではない。

 アスランの神聖ミトラ魔法は非常に精度が高く、純度も高く、一発当たったらその場で今度はきのえがエア・ヴィークルから転げ落ちそうな勢いだ。遊びではない。本気で怒っているのだろう。


(やばい。本気で怒ってやがる)

 それが目的だったくせに、きのえは内心冷や汗を流すが、引き下がる気は毛頭ないので、時折、後ろに手裏剣をバラマキながら、さらに前方に向かって走り出した。とにかく、一回、身を隠してアスランをやり過ごせる場所--一応、心当たりはある。


 エリーゼの方は、盗み返される訳にはいかないので、縄で上手に縛り上げ、自分の前に固定していた。

 エリーゼは最早、声もなく、真っ青になって震えているようだった。きのえも、エリーゼが、先月にアスラン暗殺計画を未然に防いだ賢い娘だということは知っている。だが、こうしてみると、15歳と言いつつ、12~13歳ぐらいにしか見えないちんまい娘で、魔法はそこそこ使えるようだが、戦闘訓練は全く受けていない事はすぐにわかった。

 どこにでもいる、田舎育ちの貴族の令嬢なのだろう。


 そういうわけで、何度か急角度で旋回しながら、きのえはアスランの追撃を振り切ろうとしていた。


 だが、アスランもそういうきのえの思考が読めない訳ではない。恐ろしい勢いで、エア・ヴィークルで追い上げてくる。きのえの動きの先を読んで、最小限の動きで角度を変えて空中を駆け抜け、アスランはあっという間にきのえに追いつくどころか、その前方に回り込んで立ち塞がった。


「吹っ飛べ!!」


 アスランのエア・ヴィークルの前方に--魔法の術式が展開される。それは、きのえの全く見た事がないものだった。アスランの魔力が動いているようには見えない。エア・ヴィークルが依り代となり、魔法術式を編み上げているらしい。たかが機械が、魔法の呪文……ではないものの、儀式を展開。


「嘘でしょ!」

 流石のきのえも悲鳴をあげる。

 途端に、キャノン砲のような光の塊が生まれた。かと思うと、その砲台が、魔力の塊を発射。長い流星のような尾を引きながら、きのえのエア・ヴィークルに直撃してくる。


 その初撃を、きのえは、全くのカンだけで、右にかわした。とにかくそれは、きのえが忍びとして、長年培ってきた、霊媒じみたカンだけが頼りの仕事で、かわせたのは本当に運が良かったとしか言い様がない。


「お前な! それがぶち当たったら、この子はどうなると思ってるんだ!! エリーゼが怪我してもいいのかよ!?」

 きのえは人の事を棚にあげて突っ込んだ。


「エア・ヴィークルが壊れればそうなるだろうな。お前は、機動軍馬ヴィークルごと地獄に落ちろ」

「なんだと!?」

「エリーゼだけは俺が責任を持って引き上げる。浮遊フローティングが使えようが使えまいが関係ない。俺にはそれだけの力はあるからな!」


「アスラン……」

「お前は心置きなく、海底の地獄にでもどこにでも行け。グッバイ」


 きのえきのえなら、アスランもアスラン。

 本来、ないとなう! 原作に描かれた、ライバル同士の二人ではあるのだが、それを聞いていたエリーゼだって、黙ってはいられなくなってくる。


 アスランが、きのえのエア・ヴィークルを狙撃した後、自分だけ助けてくれることはわかっている。むしろ、騎士道精神に背いて、自分を助けないということだけはあり得ないだろう。

 だが、きのえの事は破壊したエア・ヴィークルごと、海底に墜落……させたあと、追撃しそうでこわいんですが。


 そう思うと、控えめで引っ込み思案で顔色が悪くてうつむき加減でという、日頃の性格の中から、エリーゼの本来の、滅法、気が強くて明るく、元気な性分が出てきてしまった。それが、生命力というか、本能というものなのだろう。


「や……やめて!」

 エリーゼは思わず大声を出していた。


「アスラン様! きのえさんを海底に突き落とすなんてやめてください。エア・ヴィークルが壊されたら、近衛府だって色々とあります!!」

 たかが15歳といえど侯爵令嬢。しかも、転生して二回目の15歳だ。言おうとすれば言える事はある。


 そこで自分に意見してくるとは思わなかった、いつも大人しいエリーゼに、アスランは驚いているようだった。


きのえさんっ!!」

 そこで、エリーゼはきのえを振り返った。

「私をここから降ろして! アスラン様のところに返してください。一体、何が目的なんですか! 私の鞄も、返してください。それ、大切なものが入っているんですっ!!」


「そうはいかないだな~お嬢ちゃん。こっちにも、メンツってものがあるからな~」

「10歳も年下の女の子の鞄を盗むメンツってなんなんですか! 何がしたいのよ!!」


「言うねえ……」


「私の鞄を盗んだりするから、アスラン様が怒っているんでしょう!? 鞄を返して下さい。そうしたら、私だってきのえさんを責めないし、アスラン様だってそうですっ!!」

「いや、アスランは別件で俺を追っかけるだろ? 人質はいた方がやりやすいんですけど」

「人質!? そういうこと!?」


 いったん、整理してみると、成り行き上そういうことになってしまっているらしい。エリーゼは愕然とした。自分は、軍事機密を盗んで走る忍びの、自分の身を守るための人質になっていたらしい。

 びっくりして声も出ないエリーゼだった。なんなのそれ。ないとなう! 原作には全くなかった描写ですけど。


「エリーゼを人質。きのえ……お前、やっていいことと悪いことの区別がつかないのか……?」

 アスランがドスの利いた太い声を出し始めたのはそのときだった。

 エア・ヴィークルでの砲撃は一回とめて、怒りだしたエリーゼの様子をうかがっていたのだが、きのえが言うてはならんことを言い出したので、天より高く登っていた怒りに、重みとハクがついてきたのである。


 エリーゼに手を出す奴は誰だって嫌いだが、彼女を傷つけたり脅したり、怯えさせたりする輩はもっと嫌いだと、アスランは思った。


「もう一回だけ言う。きのえ。エリーゼを無事に俺に返せ。俺だって力ずくでエリーゼを奪い返したくなんか、ない」


「ふうん?」


 きのえは、内心、喜んでいた。

(お? 俺の勘がまた当たりましたか?)


 アスランは、女にモテる。異常にモテる。当たり前だが魔王を倒した唯一の勇者、英雄として老若の女性に軒並みモテる。だが、本人は鉄の鈍感さで、それを気にした事はない。その理由は、魔大戦中にあったことが原因で、それを間接的にきのえも知っているので、突っ込んだ話をしたことはなかった。

 そのアスランが、どうやら無自覚に、強烈に意識しているのが自分が前方に縛り上げて無理矢理押さえ込んでいる、小さい女の子であるらしい。


 その件については、きのえにとっては格別めでたいことであった。応援するとか背中がかゆくなるような事をする気は全然ないが、過去の女の事で現在のその場の人間を見ない姿勢については背中をどつきたくなることが多々あったのだ。もうそういう心配をする必要はなさそうだ。そう思うと、きのえは、手ずからアスランに赤飯の一つも炊いてやりたくなる気はした。気だけだが。


「じゃあ俺の方から、ちょっと歓迎してやろうじゃないか」

 勿論、いくらお互いにオノゴロ島出身の母を持つからといって、この場で赤飯を炊いたり赤飯を炊くために近衛府に戻ったりするわけにはいくまい。


 そういうわけで、きのえは、祝砲代わりに、見よう見まねで、エア・ヴィークルの頭部の馬の口を開けた。

 先ほどのアスランの操縦を見て覚えたため、強烈な光の弾丸を、アスランの顔面狙って打ち出したのだった。


 一瞬、怯んだ表情を見せるアスラン。


「あ、アスラン様に何をするのっ!」

「空気読めよ、お嬢ちゃん。このまま逃げるぞ」

 さらにきのえはその場で、煙幕になる忍び道具を片っ端からぶちまけたと思うと、物凄い速さで一方向にエア・ヴィークルを飛ばし始めた。


 元から、撒菱を使うような職業である。空中故に、撒菱は使えないが、そういものを使うタイミングの呼吸は出来ている。

 きのえはまたしても、エリーゼを盗んで、エア・ヴィークルを最大速度で東へ飛ばした。


 東へ。


 シュルナウの東部海岸を遙かに超えた、その場所--。


 魔王決戦の発端となった、荒野エーデ島へ。

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