第14話 最悪の事態

 アスランのそこまでの飛ばし方が凄かった事と、真冬の帝都上空の冷気を、何の訓練もなしに貴族の令嬢のケープ一枚でしのいだことにより、エリーゼは大分へろへろになっていた。

 寒いのと緊張するのと、エア・ヴィークルなんて乗った事がないので、アスランにしがみつきながら変な筋肉を使っているらしい。姿勢が微妙なのだ。


 だがエリーゼは、アスランに心配をかけたくないので、何も言わずに彼にしがみついていた。アスランの方は、ここのところ連日、エア・ヴィークルの訓練をしていたので体力面でも他の面でも何も問題はない。非戦闘員のエリーゼを気遣いはするが、根本的に体力が違いすぎるということまでは気がついていなかった。


 魔王を倒した英雄に対して、引きこもりのただの令嬢なのである。



(……アスランの野郎、随分と後ろのエリーゼを気にするな……?)

 きのえはそこに気がついた。

 きのえの方も、自分達のレベルに、普通の女の子がついてこられる訳がないということは、頭では理解しているが、その差がどんなものかはわかっていない。


(……)

 きのえは試しに、エア・ヴィークルのチェーンを握りしめ、魔力を注入すると、一気に旋回しながらアスランの方へ幅を寄せていった。

 寄せながら至近距離で、アスランのやや背後に、忍び道具をぶつけて炸裂させようとする。


 アスランは咄嗟に、盾の呪文を使って展開、忍術をことごとく跳ね返しながら、鞘から長剣を抜いてきのえへの反撃を狙う。

 そうしながらも--。


「エリーゼ! 大丈夫か!?」

 すぐにエリーゼの方を振り返って、無事を確認しようとするのだった。

 よっぽど、後ろに乗せているエリーゼが気がかりで、彼女の存在が大きいらしい。本人が自分でそれに気づいているかいないかはわからないが。いわゆる無自覚という奴に見える。


 それに気づいたきのえは、ニタァと笑って凄く悪い事を思いついた。


(いいイヤガラセみーっけた!!)

 まさにそういう表情であった。


 アスランはそのきのえの笑い方にカチンときたらしいが、理由がわからないので、ただ長剣を片手で構えながらきのえの出方を窺っている。


 そこできのえは、エア・ヴィークルを片手で運転しながら、利き腕で、手裏剣を連続で投擲した。


 アスランが呪文の盾で手裏剣を跳ね返す事は予想の範囲内なので、エア・ヴィークルで背後の方へ背後の方へ回り込みながら手裏剣乱打。

 それに対してアスランもエア・ヴィークルを巧みに操縦しながら魔法の盾を駆使して手裏剣を全て打ち落とそうとする。


 そのときに、きのえは、エリーゼの三つ編みの長いお下げを狙っていた。直接エリーゼ本体ではなく、目立つ長いお下げ髪。そこを狙って手裏剣を放つ。


 きのえも、アスランと長いつきあいではある。彼の魔力で作り上げた盾の恐ろしさはよく知っていたし、それだけに研究していた。きのえは、エア・ヴィークルの速さと自分の手裏剣の巧手を組み合わせ、何と、魔力の盾の死角を自分で”作り上げた”。

 伊達に、アスランについて詳しい訳ではない。

 人工的に死角を作り上げると、そこから、エリーゼの三つ編みを狙って手裏剣を撃った。



 エリーゼだってバカではない。先ほどからやたらに自分の長い髪の毛が狙われる事は知っていた。

 思わず、条件反射で髪の毛を庇った瞬間--。


 きのえは、先手、先手を撃っていた。

 彼は忍者ととしても優れていたが、独特の、オノゴロ島の呪術の使い手でもあった。


 式神。

 鳥の形をした羽を持つ式神を、予め、エリーゼの近くにこっそり解き放っていたのである。


 式神が、エリーゼの反対側の髪の毛を嘴で思い切り引っ張った。


 一般人にケが生えたような存在のエリーゼはたまったものではない。

 これはきのえも予測しなかった事に……。


 へろへろだったエリーゼは、バランスを崩して、エア・ヴィークルから転げ落ちてしまったのである。


「エリーゼ!?」

「!?」


 複数の式神でエリーゼを絡め取ろうと思っていたきのえだったが、いきなりころんとエア・ヴィークルから落っこちたので驚いた。アスランはもっと驚いた。


 ところが。

 普通の女の子とはいえ、魔法の教育を受けてきた優等生であるエリーゼはひと味違った。

 空中へと落下しながら、咄嗟に、風の呪文を唱えたのである。

 大気の動きを借りて、エリーゼは風をまとい、その場にふんわりと浮かび上がった。


 浮遊フローティング


 たったそれだけの呪文だったが、とにかく、真冬の海面に叩きつけられて即死という事態は免れた。


 エリーゼは、大人の男達がどちらにエア・ヴィークルを動かすかと思って、左右を見比べている。

 さらに、彼女は、やったことはないものの、空を自由自在に飛行する呪文を知ってるだけは知っていた。それで、アスランの方に飛べばいいのだが、エア・ヴィークルがどっちに動くのか、戦闘訓練を受けた事がないので定石がわからないのだ。


 そこに回り込んだのがきのえだった。きのえのエア・ヴィークルの方が近かったというだけだが。

 しかも彼は忍びの小道具を山ほど携帯していた。その中の、生きているように動く縄を使い、エリーゼの方に投擲。

 一瞬にして彼女の上半身を縛り上げて、自分の方へたぐり寄せた。


「ざまああああああっ!!」

「エリーゼ!!」


 エリーゼはか細い悲鳴を立てた。

 それはそうだ。こんな訳のわからない展開、予想だにしなかっただろう。


 次の一瞬には、エリーゼは縄に絡め取られて、きのえのエア・ヴィークルの前に乗せられていた。きのえに体の前で半ば抱かれるような格好である。


(何何何何!? 何が起こったの!? 何で何で!? 何で私こっちにいるわけ? アスランさまっ……!!)

 エリーゼは完全にパニックだ。命だけは助かっているが、本当に大丈夫なのか、これは。


「やったぜ!! 女連れのアスランよ。女はいただいた。もう返さないからな!!」


 女性を連れて歩いている野郎が、盗まれて一番頭にくるもの。それはやはり、女性本人ではなかろうか……きのえはそれを実行した。


 宣言通りに、きのえは、エリーゼ盗んで、盗んだエア・ヴィークルで走り出したのであった……東に向かって。(適当な方向に向かって)


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