竹林の子
栃木妖怪研究所
第1話 竹林
小学校の通学路は、東に向かう一本道で、左右ともに畑や田圃でしたが、途中に小さい牧場があり肉牛が放牧されておりました。
牧場をぬけると牛舎があり、しばらく竹林になります。
その竹林の奥に牧場主の住居や納屋が建っているのが見えます。
竹林は湿度が高く、地面が堆積した大量の竹葉でフワフワします。春になると、あちこちから筍が頭を出してきます。頭が出たら数日でぐんぐん伸びて、まるで服を脱ぐ様に皮が剥がれて、緑色に変わってきた竹が顔を出してきます。
初夏には、もう筍はありません。皆、思春期の様な竹になってしまいます。
その時期になると、湿度が高い竹林には色々な動物が出てきます。アマガエルやアオガエル、ヒキガエル等の両生類と、それを狙うヤマカガシや青大将等の爬虫類。ノネズミの仲間やモグラの仲間のヒミズ等、賑やかになって来ます。
気温も上がりますので、竹林特有の青臭い臭いと、牧場特有の排泄物の臭いが混じり、臭いまで賑やかになります。
時々、道にも牛の排泄物が落ちていて、私達は、地雷と呼んでおりました。
悪ガキは、地雷を埋めて竹の葉で隠し、「宝物」等と書いた木片を立てて、誰かに掘らせて地雷を機動させようとか、ろくでもないイタズラを仕掛ける奴もおりました。
真夏は竹藪となり、日陰で蒸散もあり、とても涼しいので、よく遊んでおりました。
竹藪で走り回っておりますと、竹に隠れてこちらを見ている7、8歳位の子供がいます。その時私達が10歳位でしたので、ちょっと下かな。と思いました。
髪の毛がボサボサに伸びた子で、汚れたランニングに半ズボンで、通称便所サンダルと呼ばれたサンダルを履いていました。
その頃の町には、汚いままのシャツで、顔も手足も泥だらけなんて子供は珍しくはありませんでした。私が近づいて、
「君、誰?」と聞いて見ましたが、ニコニコするだけで答えません。
「何年生?何処から来たの?名前は?」と、何人かで、畳み掛ける様に皆で聞きました。「よしださちこ。一年生。」と、小さい声で答えます。
「え!女の子だったの!」現代では問題発言でしょうが、当時の子供の会話に、社会問題性等ありません。
「で、さちこちゃん、何か用?」
「私、この竹林の子供なんだけど、友達居なくて。家族は皆んな牧場に行っちゃったり、何処かに出かけちゃって、つまらないの。一緒に遊んでくれる?」と、黒目がちの大きな目で見つめて来ます。
「遊ぶのはいいけど、オレ達、竹によじ登って、絶対下に降りたら負けの鬼ごっこやってるけど、竹に登れるのかい?竹から竹に忍者みたいに飛びうったりするんだぜ。」などと、彼女を下に見て言いますと、
その子は、ニコッと笑って、まるで猿の様に竹をスルスルと登り、幹をリズムをつけてゆすり始めたとおもったら、簡単に数メートル離れた幹に飛び移ってしまいました。
私達は大変驚きましたが、
「おもしれー!」と、その子の真似をしました。でも誰もできません。何とかやろうと、夢中で遊んでおりました。
すると突然その子が、「あ、呼んでる。帰らなきゃ。」と、言いました。私達には、誰も呼んだ声等聞こえません。
「何か聞こえた?誰も呼んだの聞いてないよ。」と私が言ったら、悲しそうな顔になったその子は、下に点在する幾つかの牛の地雷の一つを指差しました。
「見ていて。」と彼女は言って、大きな目で、竹にまたがりながら指を差した、パンケーキの様な地雷を見ました。
直径25センチ位でしょうか。黒ずみ始めた茶色で、もし臭くなければ、泥の塊かと思う様な地雷の表面が、まるで鬼瓦の様に目や鼻や口らしき形になっております。
ちょっと見ていると、目らしき物が開き、眼球の様な物がキョロキョロしています。口の様な所からは、ベロらしき物が舌なめずりをする様に動きます。
まるで、妖怪辞典に出てくる人面租の様な牛の排泄物。人面牛糞とでも言うのでしょうか。
周りを見回している様なそいつは、幸子ちゃんを睨んだかと思ったら、目と口しか動かないくせに、いきなり怒鳴ったのです。
地の底から躙り出て来た様な声で、
「幸子!帰るぞ!」
すると、幸子ちゃんは、「私、変でしょ。バイバイね。」と言って、竹藪に入り込み、あっという間に見えなくなってしまいました。
呆気に取られた私達は、怖いのでしばらく動けませんでしたが、パンケーキは、そのまま目を閉じて全く動かず、やがて、友達の一人が折った竹棒でつついてみましたら、ただの地雷で、グチャグチャになってしまいました。
それきり、二度と幸子ちゃんに会う事は有りませんでした。 了
竹林の子 栃木妖怪研究所 @youkailabo
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