16歳-XX バスケットボール奨学金

前書き

プレイオフの戦いはまとめて投稿した方が良いだろう思って書き溜め中です。近日中には投稿できる予定。

とは言え、ここまで間が空くと筆を折ったと思われそうなので閑話を一つ投稿しておきます。

時期的には年末に日本へ帰国したとき(代表のオーストラリア戦直後くらい)の話です。

※時系列が崩れるので、この閑話はプレイオフを投稿した後で消すかもしれません。

--------------------------------------------------




国会議事堂近くに位置する高級ホテルであるカルーソン東京。この1Fにある大ホールに煌びやかなテーブルや椅子が並んでおり、さながら披露宴会場のようなセッティングがされていた。天井からは豪華なシャンデリアが輝きを放ち、テーブルの上は洗練された白と金を基調とした装飾で彩られている。また、長く赤いカーペットが入口からステージまで敷かれ、来場者たちを歓迎するムードが漂っている。


ステージの上には【第一回 シノノメ財団-バスケットボール奨学金-贈呈式】の横断幕が掲げられており、左側に設置された椅子には、児童養護施設の院長かつシノノメ財団副会長の如月氏、JBA副会長の山田氏、そして日本が誇る大巨人、東雲・大選手が座っている。


ステージから見て左にあるテーブルには、バスケットボール協会の関係者や教育分野の専門家、各新聞社やTVのアナウンサー、地元メディアなどが集まっており、この奨学金の注目の高さが窺えた。

各テーブルに目を向けると、正装した若者たちが座っており、緊張と喜びが混ざった表情を浮かべながらも式の開始を待ちわびていた。






というわけで、ついにシノノメ財団-バスケットボール奨学金の贈呈式の日がやってきた。


「日本バスケ底上げのためには、未来ある学生に金配るしかなくない?」という俺の単純な思い付きから始まったこのプロジェクトだが、まさか一年目からこんなにきちんとした形になるとは。

今日を迎えるまでの道のりを思うと、感慨深いものがあるな。

・・・まぁ、資金の運用は院長に丸投げしたし、奨学生の選考は山田コーチに丸投げだったので俺はほぼ何もやっていないのだが。

何なら、この今日の式の流れもまだ知らないしな(院長からメールが来ていたが、確認する暇がなかった)。


ふと手元に目を配ると、式次第っぽい冊子が置いてあったので目を通した。


・開会 

 ・開会の挨拶(如月様)

  11:00~11:15

・奨学金贈呈式     

 ・会長挨拶(東雲様) 

  11:15~11:30

 ・目録贈呈(東雲様、奨学生)

  11:30~11:45

 ・代表謝辞 

  11:45~12:00

・全体懇談会

 ・オープニングスピーチ/乾杯(山田様)

  12:00~12:05

 ・懇談(和牛のコース)

  12:05~13:30

 ・パフォーマンス(東京第二楽団)

  13:30~14:00

・交流会(体育館へ移動)

 ・アップ/練習 

  15:00~16:00

 ・5 on 5 トーナメント 

  16:00~17:00


なるほど。

流石は院長、かっちりとした式をセッティングしてくれたようだ。

準備も万端なようで、ふと横を見ると院長も山田コーチも挨拶の台本を手に持っており、ペラペラとページを捲りながら挨拶内容の最終確認をしていた。


準備ができていないやつなんて、挨拶があるとは知らなかった俺くらいだな!

・・・まぁ、院長が挨拶している間に考えれば良いだろう。

15分なら最悪、アドリブでしゃべってもこなせるはず。



懇談会についても院長に丸投げだったが、和牛のコースなら中高生も喜びそうだな。

オーケストラのパフォーマンスは少し渋すぎる気がするが・・・ま、午後に備えた昼寝の時間として良いかもしれない。


せっかくだから交流会と称して親善試合がしたいよね、というのは俺の意見だ。

院長が漏れなく組み込んでくれたようで、一安心である。

テーブル毎に既にチーム分けは済んでいるし、懇談会で仲良くなった勢いで良い試合をしてくれることだろう。



さて、今年の奨学生は20人だ。

手元にあったリストに目をやると、奨学生の名前/年齢/身長/体重/ポジションなどがまとめられていた。


国内組は中学生が5人、高校生が6人、大学生が7人という配分になっている。

ひと月あたり15万の奨学金なので、年間180万、全員合わせて3240万といったところだ。

後は海外挑戦する大学生も2人いる。彼らには学費などの留学にかかる費用のサポートと、月25万の奨学金が出る。併せて800万くらいだったかな。

合わせて、年間で4000万近くの出費である。


この費用については、俺のポケットマネーである3億円を原資に院長が株運用して出した利益で賄う仕組みだ。

ちなみに、今年の運用益は6000万あったらしい。


・・・今はイケイケの院長に任せてデイトレードを含んだ短期的な取引で運用しているが、いずれはIT系の株を長期保有して配当金だけで運営をしたいところだ。

奨学金の財源が不安定な株取引に依存するのは怖すぎるからな。

IT系の値上がりしそうな銘柄は、前世の知識でなんとなくわかるし。

前世とは会社名が違っていたりするので、確実ではないのが少し怖いところだが(俺が活躍し始めたことによるバタフライエフェクトかもしれない)。


まあ、今のところは院長がキレキレなので問題ないだろう。

俺も毎年1-2億円づつくらいは積み増していく予定だしな。


というか今年の収支考えたら、まだ2000万近く余裕があるのか。

せっかくだし、もう少し奨学生に還元したいところだが・・



「それでは、ただいまより【第一回-シノノメ財団-バスケットボール奨学金-贈呈式】を開始いたします」


そんな金勘定をしていると、司会のお姉さんのアナウンスで贈呈式が始まった。

関係者席や奨学生の席からは大きな拍手が鳴っている。

また、メディア関係者が写真を撮っているのだろう、フラッシュ光がチカチカと点滅し、ステージを照らしている。

というか、司会のお姉さんだけじゃなくてこちらの席も写真撮られているな。

俺は慌てて前を向き、まじめな表情を作った。


「はじめに、シノノメ財団の副会長である如月様より、開会のご挨拶を頂きます」


と、司会の紹介で、院長先生がステージの中央へ移動した。

てっきり演説台があるのかと思ったが、ステージの中央にあるのはサンパチマイク一本だけである。

・・・いや、なんでだ?

贈呈式の挨拶だぞ?

M1グランプリじゃないんだから。


「本日はお日柄も良く、絶好の贈呈式日和となりました。まずは、奨学生の皆さん、おめでとうございます。皆さんは倍率50倍以上の選考を勝ち抜いた、エリートバスケットマンです。さて、本日は第一回の贈呈式ということで、この財団の成り立ちについて説明したいと思います」


滑らかな滑り出しで、院長の挨拶が始まった。

年の功なのか、流石にしゃべり慣れている感じがあるな。


というか、この奨学金の倍率50倍もあったのか。

まあバスケが上手いというだけで返済不要のお金が貰えるんだし、人気が高くなるのは当然かもしれないが。

留学組や一人暮らしの学生は生活費とバスケ用品に消えていくだろうけど、実家組はかなり多めのお小遣いができる訳だしな。


「この財団は、そこにいらっしゃる東雲大選手が日本バスケットの底上げをしたいという思いで、立ち上げました。私と東雲選手と初めて出会ったのは、彼が3歳のころ。経営する養護施設に彼が来た日のことを、昨日のことのように覚えています。さて、あの頃の私と言えば立ち上げた投資会社を終わらせるのに奮闘していました。何せ私は数十年前からいくつもの会社を立ち上げては消していき、そう平成の渋沢栄二とも呼ばれており・・・」



あれ、まずいかこれ?

院長は既に挨拶の台本を見ていない。

完全に自分語りモードに入ってしまっている気がする。


周りを見渡すが、気づいている人はいない。

みな興味深そうに話を聞いている。

俺の味方は誰も・・・いや、いた。院長の自分語りの犠牲者になったことがある山田コーチだけは、頭を押さえて項垂れているな。


一先ず、山田コーチが何とかするかと思って、院長のスピーチを聞いてみることにした。

しかし、15分以上経っても院長の自分語りはとどまることを知らないし、山田コーチは頭を抱えたまま微動だにしない。

あれ?

山田コーチ、ひょっとして俺に丸投げしようとしてない?


困った俺が周りを見渡すと、もっと困った表情の司会のお姉さんと目が合った。


「(止めてくれ~)」


俺は口パクでお姉さんにそう言いながら、院長を指さして口にチャックをするようなジェスチャーを取った。

頷くお姉さん。


「貴重なお話ありがとうございます!それでは、時間となりましたのでご挨拶は以上とさせていただきます。如月副会長、ありがとうございました!」


司会のお姉さんは軽やかな足取りで壇上に上がると、ハキハキした声で院長の自分語りを制圧した。

俺はすかさず拍手をして援護する。

すると会場に拍手の輪が広がっていき、終わりのムードを作ることができた。


院長は話したりなかったのか首を傾げてはいたものの、諦めた様子でこちらに歩いて戻ってきた。

よし、無事に止められたな

・・・あ、次は俺の挨拶か。

まずいな、何も考えてない。


「それでは、贈呈式にうつります。まず初めに、会長である東雲選手よりご挨拶を頂こうと思います」


お姉さんの紹介と共に、サンパチマイクにスポットライトが当たった。

しゃあない、アドリブでしゃべるか。


俺は諦めてサンパチマイクへ近づくと、最大までマイクを引き上げて高さを調整した。

会場を見渡すと、奨学生の子たちが憧れの眼差しでこちらを見ているのが分かった。


・・・そうだよな。

バスケ少年にとって、俺は既にスターであり目指すべき選手なんだ。

見本となるようなスピーチをしないとな。


「奨学生の皆さん、おめでとうございます。この財団を設立したのは、先ほど院長が言った通り、日本のバスケットレベルの底上げをしたいという個人的な思いからです。バスケットレベルを向上させたいと考えたときに、プロバスケのリーグに出資をしたり、オリンピックセンターのバスケットボール部門に寄付をしたりすることも考えました。しかし、私は皆さんのように若い選手が活躍することでこそ、バスケットレベルが上がるのだと確信して、今回奨学生の募集をすることを決めたわけです」


話し始めると、奨学生の子たちは真剣な表情で俺の言葉を聞いてくれていた。

メディアの関係者席からは、閃光のようなフラッシュが不規則に光っている。


「私は今でこそお金に困ることは無くなりましたが、養護施設にいた15歳のころにはバスケットシューズが買えないほど困窮したこともありました。このような経験もあって、皆さんには奨学金でバスケ用品を買い、そして生活費を賄うことで、バスケットに100%、全力を注ぐことのできる環境を提供したいと考えています。また、皆さんにバスケットが夢のあるスポーツだというのも実感してほしいという思いもあります。将来は、ぜひ国内、そして海外のプロリーグで活躍し、スター選手になって稼いでいる皆さんの姿が見たいと願っています。・・・さて、先ほどのスピーチもあって時間が押しているので、以上とさせて頂きます。交流会で皆さんが躍動している姿を見るのを楽しみにしています」


勢いよく奨学生への思いを語っていたのだが、院長のせいで相当時間が押していたのか、司会のお姉さんがソワソワし始めたので途中で切り上げることにした。

俺も制圧される訳にはいかないしな。


スピーチが終わると、メディア席から、そして奨学生の席から会場が割れんばかりの大きな拍手が鳴り響いた。

奨学生の中には、俺の境遇に共感したのか涙ぐんでいる学生もいた。

・・・まあ15歳で困窮したのは一瞬の出来事だったので、実を言うとそこまで困った記憶もないのだが、、それを言うのも野暮な話であろう(目を逸らす)。

嘘はいっていないのだ。

問題ない。



その後の贈呈式は順調に進んだ。

奨学生一人一人に目録を手渡しし、握手をしていき、その様子が写真に収められていった。

代表謝辞では、アメリカの大学に挑戦予定の安藤君が熱のこもった言葉でお礼を述べてくれた。


「あんなスピーチができるなんて、しっかりしてるよなぁ。まだ18歳なのに」


席に戻った俺は、俺は思わずそう独り言を漏らした。


「16歳の大が言うのは違和感があるけど、まあ気持ちは分かるよ」


俺の独り言に、院長が思わずといった様子でツッコミをいれてきた。

そうだった、まだ16歳だった。

そう考えると、年上の大学生に奨学金を上げるのは違和感がある気もする。だがまあ、前世を合わせると既に40歳を超えているし、良いってことにしよう。


その後は院長と軽く話をしているうちに、懇談会の時間になった。

一番前のテーブルに案内されたが、そこには緊張した面持ちの子供たちが座っていた。

俺の隣には、ひときわ大きな学生である鬼瓦君がいる。

資料によると確か、中2で既に203 cmあるらしい。

将来の日本代表センター候補だな。


「それでは、乾杯のご挨拶を、JBA副会長である山田様よりいただきます」


と、そんなことを考えていると、乾杯の挨拶が始まった。

山田コーチは事前の台本通りというか、かっちりした挨拶をしていた。

かっちりしすぎて退屈だったのか、はたまたお腹の空き具合が限界なのか、鬼瓦君が目の前にある前菜のテリーヌを凝視している。


そうだよなあ、中学生って言えば食欲のピークだよな。

俺も15歳くらいが一番食べていた気がする。

すたみな次郎を出禁になったのは14歳だったかな?

定食屋に行っても、10人前は軽く食ってたもんな。


・・・というか、奨学生には大柄な子が多いけど、月15万円で足りるんだろうか?

俺なら食費だけで使い切ってしまいそうだ。

額を増やした方が良いかもしれない。

だが、全員の奨学金を増やすだけの予算は無いし、大柄な選手だけ増額するのも不満が出そうだよなぁ。


「さて、それでは乾杯の時間ですが、メディアの方も多いことですし、やはりここは東雲君にやってもらいましょう」


と、鬼瓦君の食費事情を考えていると、山田コーチから挨拶のパスが飛んできた。

よし、言っちゃうか。

俺はシャンメリーが入ったグラスを手に持って立ち上がった。


「えー、それでは乾杯の前に一言だけ・・・この懇談会の後に5 on 5のトーナメントをやりますが、その優勝チームの学生たちには、奨学金を月15万円増額したいと思います。皆さん全力を尽くしてください。それでは、乾杯!!」


「「「「「・・・ウォー!!!!乾杯!!」」」」」

「まじかよ!」

「絶対勝たないと!」

「えっ!?収支が回らないのだが」

「飯食ってる場合じゃねぇ!」


俺のサプライズ発表に驚いたのか一瞬の静寂があったものの、直後に怒号のような歓声が会場中に響き渡った。

奨学生たちは興奮が冷めないのか、立ち上がったままテーブル毎に話し合いを始めている。

あと院長がこちらを凝視しているのが気になるが、まあ問題なかろう。

・・・問題ないよね?

ま、まあ財政的な問題が出てきたら、俺のポケットマネーを追加すればどうにかなるだろう。


その後はスケジュール通り懇談会が進んでいった。

とは言え、サプライズ発表があった影響だろうか、食事を楽しむというよりはテーブル毎に作戦会議が開かれている様な雰囲気になっていた。

俺は一応、ナイフやフォークなどを外側から使いながら優雅に食べていたのだが、話し合いに集中するあまり、全てを同じフォークで食べる学生も多かった。

鬼瓦君に至っては、スープスプーンで全てを掻き込んでいた。


オーケストラパフォーマンスの時間になるとより一層会議が過熱し始め、奨学生たちはどこからか作戦ボードをとり出し、激しくディスカッションを行っていた。

・・・大人やメディア関係者は静かに聞いていたので、失礼なことにはなっていない・・はず。




そんなこんなで、多少のトラブル(ほぼ俺のせい)があったものの、第一回目の奨学金贈呈式を恙なく終了することができた。


その後の交流会、もとい奨学金を賭けたトーナメント戦では、奨学生たちの熱い戦いを見ることができたし、個人的には大満足だ。

10分ハーフの試合にしたのだが、序盤からディフェンス強度も高く、トランジションでは全力で走り、ルーズボールがあればダイブする、まるでインターハイの決勝戦かのような気迫のこもったプレイが見られた。

・・・楽しく交流できればと思ってセッティングした試合だったが、俺の一言のせいで人生がかかった時特有の妙な緊張感が出てしまったな。

試合終了間際のフリースローの時なんか、遠目でも分かるくらい選手の手足が震えてたし。鉄骨渡りかよ。

まあ、これはこれでいい経験だし、見てる分には楽しいしから良いか。


トーナメントの結果としては、アメリカの大学に留学予定の安藤君がいるチームが勝利した。

彼のプレイメイクは流石の一言で、中学生から大学生まで技術や体格が異なるチームメイトをうまくコントロールし、試合を作っていた。

一応、山田コーチに依頼して各チームのパワーバランスは揃えたつもりだったが、やはりPGに彼のような選手がいるのは少しずるかったかもしれないな・・


ということで、負けたチームへの救済措置として、1 on 1で俺に勝てれば奨学金増額というルールで、追加のレクリエーションを行った。

こちらが11点取る間に奨学生が3点取れば勝ちというハンデをつけたのだが、つい楽しくなって本気を出してしまったので、合格者は一人も出なかった。

・・・救済措置になってないな、これ。

ま、奨学生は全員1 on 1を楽しんでいたようなので、良いってことにしよう。


そんなこんなで、交流会も大成功の内に終えることができた。

彼らが活躍し、日本バスケがもっと盛り上がってくれることに期待しよう。

奨学生達の期待を裏切らない様に、俺もリーガABCやユーロリーグで、優勝目指して頑張らないとな!


俺は決意を新たにして、マイホームである児童養護施設へと帰っていった。

そして、院長からしこたま説教を食らってしまった。

なんでだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

身長2m28cmの大男、平成元年の日本に転生する はるあき007 @haruaki007

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画