百物語

ねぱぴこ

百物語

 ある夏の日の夜、俺は、大学の同級生であるMとOと百物語をすることになった。

 百物語とは、ろうそくを立てて怪談を一つ語り終えるごとに一本消していき、百本目が消えると何かが起こる、という言い伝えだ。

 Mはオカルト研究会に入っており、怖いものには目がない。研究会の仲間とやればいいじゃないか、と俺は言ったが、

「こないだ心霊スポットに行ったんだけど、そのあとに先輩が階段から落ちて骨折してさ。みんなたたりなんじゃないかってびびっちゃって、実質解散ぎみなんだよね」

 どういう伝手つてがあったのかは知らないが、百物語はMから紹介された寺でおこなうことになった。


 待ち合わせ時間に山門の前でOと合流すると、俺たち以外に白い浴衣を着た長髪の女が立っていた。

「お、おい、あれ……」

 三人の中でも百物語をやることを一番嫌がっていたOが、おびえながら言った。

「寺務所以外に、寺には誰もいないって言ってたよな?」

 俺たちより前に寺に入って支度をしていたMがやってきて、

「ばか、ああいうのは見えてないふりをするのが一番なんだよ」

 俺たちはおそるおそる、女と目を合わせないように寺に入っていった。

 Mに案内されたのは、畳が敷かれた十六畳ほどの広い和室だった。室内にはすでに、Mが用意したろうそくが立てられていた。

「これ、百本ないんじゃないか?」

 なにげなく俺はろうそくを数え、Mに尋ねた。

「仕方ないだろ。百本なんて、立てるだけで大変なんだよ。ま、こういうのは雰囲気だから。雰囲気」

 そう言うと、Mはさっそく最初の怪談を始めようと言い出した。どうやら百物語は夜明けまでにすべてを終える必要があるらしい。

「前に、俺が●●トンネルに行った時の話なんだけどさ……」

 オカルト研究会に入っているだけあって、Mの怪談はなかなか手慣れたものだった。

 Oは震えながら聞いていたので気付いていなかったが、Mが語っている間に、怪談の内容以上に奇妙なことが二つ起きた。

 一つは、誰もいないはずの俺の背後から足音が聞こえたこと。もう一つは、Mの背後にあった掛け軸の中の女が笑ったこと。

 口に出すとOをよけいに怖がらせてしまうかと思い、俺は黙っていた。

 次に俺の番になって怪談を語っていると、少し落ち着いてきたOが、

「……ちょっと待って。何か聞こえない?」

 ——たしかに、よく耳をすませると、たくさんの人のざわめきのようなものがかすかに聞こえた。

 部屋にはもちろん、俺とMとOしかいない。二人とも黙って俺の話を聞いていた。

「お、おい。MとTで何かしかけて、俺をおどかそうとしてるんだろ? 驚かせようったってそうはいかないんだよ」

 Oは立ち上がり、和室から廊下へと続くふすまを開けた。――が、そこには誰もおらず、暗闇が広がっているだけだった。

「え……」

 Oは言葉を失い、その場にへたりこんだ。

 なんとかOを起き上がらせて話の続きをしようかと思った矢先、目の前のろうそくの火が消えた。

「……あれ、風でも吹いたのかな。ま、いいか。ちょっと俺、トイレ行ってくるわ。続きやってて」

 Mはそう言うと、和室から出て行ってしまった。両腕で自分の体を抱きかかえているOと、俺だけが取り残された。


 Mは、なかなか戻ってこなかった。

 俺はOをなんとか奮い立たせ、二人で百物語を続けていた。とはいえ俺も最初から半信半疑だったから、怪談は三十ほどしか作っていなかった。

 しかも、Mがいなくなってからも怪奇現象は続いていた。耳元で低いささやき声が聞こえたり、掛け軸が突然落っこちたり……。気のせいと言われればそれまでだが、俺は内心そろそろやばいんじゃないかと思い始めていた。

 黙ってそわそわしていたOが、とうとう口火を切った。

「……も、もうやめないか? こんなこと。百物語なんてなんの根拠もない言い伝えだし、無駄な労力だって。それに……」

 ためらっているOに、俺は続きをうながした。

「俺、気になって、ここに来る前に百物語についてちょっと調べたんだよ。そしたらひ、人が死んだ話もあるじゃないか。……俺、こんなことで死にたくないよ」

 情けない顔で泣きごとを並べるOを見て、本音はこっちだろう、と俺は思っていた。とはいえ俺も、こんなところで死にたくはなかった。

 二人で黙っていると、背後のふすまが勢いよく開いた。Oはひいっと声をもらし、肩をびくっと震わせた。

 そこには、Mが立っていた。

「ごめん、待たせちゃって。……あれ、百物語は?」

 俺たちを見て、Mはきょとんとした顔で尋ねた。

「それがさ、Oが……」

「……悪い。俺、眠くなってきちゃった。もう寝るから、続きは二人でやってよ」

「え、O?」

 Oは和室のすみにたたまれていた布団をろうそくから離れた場所に敷き、すぐさま眠ってしまった。

「……まったく、しょうがないな。じゃあ、あとは二人でやるか」

 ――それから、俺とMは淡々と怪談を語り続けた。怪奇現象は相変わらず続いていたが、不思議と二人ともそのことについて触れようとはしなかった。特にMはこの状況がよほど楽しいのか、無我夢中で話していた。

「俺はヘッドライトに照らし出され、まぶしくて目を閉じた。逃げるひまもなく、そのまま車にぶつかって――猛烈もうれつな痛みに襲われ、意識を失った」

 Mが語り終えて俺の番になったが、すでに怪談のストックは切れていた。俺はMがあまりにも真剣に百物語をやっていたので、ノルマ分の怪談を持ってこなかったとは言い出せず、

「……ごめん、なんか俺も急に眠くなってきた」

「え、Tも?」

「うん。ちょっと仮眠したら、すぐに起きるから」

「……わかったよ。じゃ、あとは俺に任せとけ」

 Mが俺の肩をたたいて自信満々にそう言ったので、俺は安心して布団にもぐった。

 

「おい、おい。おーい」

 目を覚ますと、間近にMの顔があった。俺はMにゆすられていたらしい。

 体を起こして見回すと、辺りはもう薄明るかった。少し離れたところで眠っていたOも、Mの声で目を覚ましたようだ。

「ったく、結局、二人とも寝てたんだろ。これじゃ、ただ寺に泊まっただけだよ」

 不機嫌そうな顔をしてくやしがっているMに、俺は気になって尋ねた。

「いや、でも、百物語は終わったんだろ?」

「……は?」

「だから、俺が寝る前に、あとは任せとけって言ってたじゃんか」

「……お前、何言ってんの?」

 引きつった笑みを浮かべて、Mはそう言った。どうやら俺の言葉の意味が本気でわかっていないようだ。Mのこんな表情を見るのは初めてだった。

 ――Mの説明は、こうだった。

 昨夜、Mは俺とOを残してトイレに行ったが、その帰りに急な眠気におそわれ、そのまま廊下で眠ってしまった。住職に起こされて目が覚めたが、その時にはすでに日がのぼり始めていた、と言う。

「部屋に戻ったら、お前らも寝てるしさ。今回は失敗か、と思ったわけ」

「いや、でもたしかに、俺たちはトイレから戻ってきたMに会ったんだって。O、お前も見たよな?」

 Oは、青い顔をしてうなずいた。

 その時、俺は脳裏にあることをひらめいた。怪談用に持ってきた手帳を開き、ボールペンで数を書いていく。

『O 10

 T 30

 M 』

「M、お前が持ってきた怪談っていくつあった?」

「え、俺? 四十四だよ。不吉な数字だろ」

 それについては諸説あると思うが、Mは得意げな顔をして言った。

 ――これで、三人合わせて八十四だ。

「……なあ、俺たちが百物語をやってた時、変な現象って何回起きた?」

 Oが腕組みをして顔をしかめ、うーんと言いながら、

「どうだろうな。多い時で一話ごとに二回だったけど、まったく起きない時もそこそこにあったから……十回もないんじゃないかな」

 ――Oが寝てからの分も合わせて十四だったとしたら、M、全部で百になる。

「じゃあ、あの時のMって……」

 俺は、背筋が寒くなった。


                  *


 ――あとで住職から聞いた話だが、寺に妖怪や幽霊が好きな男子高生がよく遊びに来ていて、いつかここで百物語をやってみたいと言っていたらしい。

 その子は、去年の夏に自動車事故で亡くなったそうだ。

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