ニンジンを食べる

@shapare

第1話

 ニンジンをできるだけ食べずに生きていくと決めたのは5歳のとき。それから約10年。宣言通り私はニンジンを食べることなく生きている。でも今日はなんだかニンジンが食べたい、それもドレッシングなんてつけずにそのまま食べたい ―と私は思った。



 目が覚めると私は土の上にいた。それに周りをフェンスで囲まれていた。よく公園で見るフェンスだ。あと何か身体に違和感がある。そもそもなんでさっき私はニンジンを食べたいなんて思ったのか。私はニンジンが苦手なのに。


(うわっ)


 考え込んでいたらよろけて何かにぶつかり、水がこぼれてしまった。濡れそうになって慌てて避けるも、そこに一瞬映った何かが気になって私は水たまりに近づいた。

 そこに映っていたのは ―小さなウサギだった。私が動くと水面に映るウサギも同じように動く。これが夢か現実か確かめたくてほっぺをつねろうとするも、私のもふもふの手は頬をかすめるだけだった。私は完全にウサギになっていた。


 ここはウサギ小屋だったのか、そんなことを思っていたらなんか音がする。誰かがこっちに近づいてきた。ランドセルを背負った女の子だった。


「おきてる!ごはん食べるかな?」


 そう言うとニンジンを私に差し出してきた。よりにもよってニンジンかぁ。なんとか食べずにこの場を乗り切りたい。


「げんきじゃないのかな?」


 私がずっと固まって動かないので、女の子が心配そうにこちらを見てくる。心配させるのは良くないなと思うし、一口だけならとも思う。かなり自分の中で葛藤があったが、結局私はニンジンを食べた。まさか自分からニンジンを食べる日が来るとは思わなかった。なんの味付けもないし、火が通ってもないので堅い。でもウサギの身体だからだろうか、ニンジンを初めておいしいと思った。



 目が覚めると私はベッドの上にいて、人間に戻っていた。ただ、戻れたことが嬉しくてそれが夢だったのか、現実だったのかはよく考えなかった。

 ちなみにニンジンは更に食べられなくなった。なぜなら、あのとき女の子から何度もニンジンを食べさせられて、せっかくおいしいと感じたニンジンが更に苦手になってしまったからだ。ただ、一回でもニンジンをおいしいと思えたことは自分の人生において誇りに思っていいと思っている。

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