第2話

 その殺人は死体が隠されることがなかった。


 遺体はどれも血だまりの中に浸かっており、ある時は駅のデッキ、ある時は商店街の真ん中、ある時は公園の藤棚の下にあるベンチの上。また、ある時は河川敷に放置されたサイコロ型の浴槽に、服を着た状態で収められた死体もあった。まるで風呂に浸かるような姿勢で。


 どのケースも遺体が発見されたのは未明から早朝で、ほとんどのケースにおいて、血だまりが乾く前に通行人に通報された。


 現場の多くが通勤経路にあるため、遺体を直接目撃した者は少なくなかった。また現場がブルーシートで隠された後であっても、その物々しい印象から何かがあったことは、市民にとって想像に難くなかった。現場は繁華街などから離れており、防犯カメラがついているような場所ではない。また、事件の目撃情報は皆無に等しかった。どの事件も、一夜にして死体が湧いて出たようなものだった。


 神隠しのような事件にも、警察は捜査本部を設置した。


 マスコミは、この一連の事件を通り魔の仕業と見立て、また目撃情報もないことから、神秘性を帯びた形で連日に渡り報道した。それだけでなく、警察内部でも、そのような見立てを口にする人間が少なくなかった。

 捜査一課の刑事、高橋和巳は、そういった見立てを一笑に付した。


 遺体については、どれも死因は失血死とされ、それぞれの死体は首や足の付け根の内側を鋭利な刃物で切られていた。顔は一切傷ついていない。被害者を殺害した凶器はメスのようなものと推測された。

 そして、身体は狙った部位を切りつけているという印象があった。太い血管が通っている箇所を一気に切り、被害者たちが絶命するまでそんなに時間はかかっていないだろう。そして、傷は一か所だけであり、傷の数に関してだけいえば、遺体が凄惨なものにならないように配慮されているようにも感じられた。


 遺体発見から通報まで速やかに行われ、顔が傷ついていないことから、身元の判明は容易だった。


 捜査本部が置かれた部屋で、和巳は1人でホワイトボードの前に座っていた。ホワイトボードには事件の概要が、老練を感じさせる文字で書かれている。和巳は、ノートを広げ、6件の被害者の属性を箇条書きにした。


・ケース①……川崎市、台和橋藤棚公園のベンチにて発見。性別/男、年齢/52歳、独身。

・ケース②……東京都港区南青山の路上で発見、性別/男、年齢/45歳、独身

・ケース③……東京都渋谷区千駄ヶ谷(地下鉄北参道駅周辺)の路上で発見、性別/男、年齢/46歳、独身

・ケース④……神奈川県横浜市、東横線白楽駅から歩いてすぐ、六角橋商店街の路上にて発見。性別/男、年齢/47歳

・ケース⑤……東京都町田市、JR町田駅前のデッキにて発見。性別/男、年齢/45歳、独身。

・ケース⑥……神奈川県川崎市、多摩川の河川敷にある浴槽内にて発見。性別/男、年齢/45歳、独身。


 発見場所は都心から郊外までバラバラでありながら、被害者の属性は四十代後半から五十代前半で、見事にまとまっている。そしてすべて男性であり、すべて有職者だ。


 まとまっている。


 和巳はペンを置いた。


 まとまっているのではない。まとめているのだ。


 郊外の事件については、被害者の生活圏で起きている。そして容疑者は死体を運んでいるわけではない。


 誰を殺すか、どこで殺すか、どのように殺すか。全部、意図して計画している。


 和巳は、顔をあげホワイトボードを見た。そこには、遺族から提供された被害者の生前の姿の写真が貼られている。彼らは若くはないが、老いてもいない。それが今の中年ってやつなのだろう。自分も含めて。和巳はそう思った。 


 和巳は今年で47歳になる。

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