第13話 セシャリクとアニーシャ その1 同性愛表現/BL

 トロールに踏み潰されたリュシスの腕をカシューの村にある診療所で治療した後、リュシスはその診療所へ当分の間入院する事となった。

 その為アニーシャもカシューの村に滞在を余儀なくされた。しかし宿代を払えるほどの金子を持っていなかったが為、その診療所の主でもあるセシャリクという男の自宅で世話になることとなってしまった。

 当初はリュシスが寝ているベッドの横に椅子でもあればそこで寝るか、改めてどこかで野宿をしつつ妹の様子を見に来るつもりだったのだが、セシャリクがこの辺りには魔獣が出て危ないから、と言ってセシャリクの自宅でリュシスが退院するまで滞在する事を彼が半ば無理矢理決めたのだ。

 正直、アニーシャとしては温かい食事や清潔なお湯で体を清められる事、ベッドで寝られる事はありがたかったが、その申し出を聞いた時真っ先に彼が思った事は、他の男達と同じようにこの男も治療費の対価として自身の体を求めてくるのだろうと思っていた。

 もし、求められたとしたらいつものように応じたふりをして、リュシスの治療が終わり次第殺してしまおうかとアニーシャは思う。

 しかし、男の眼差しには一切アニーシャに対して性的な感情は含まれておらず、自分達になんらかの興味を持っている事は感じられるものの、他の人間達とは全く異質な興味の持ち方をしている事がアニーシャにとっては興味深かった。

 アニーシャに性的な興味関心を向けない人間はそう多くない。

 長旅で薄汚れているせいかと最初は思ったが、セシャリクの家で湯浴みをし、身綺麗になった後も彼のアニーシャに向ける瞳には一切性的な色が浮かぶことはなかった。

 そもそも彼はアニーシャの見た目には興味を持っていない様だった。

 そんな人間に出会った事はあまりなくアニーシャが興味を持つひとつの理由となった。

 そして、アニーシャがそれ以上に興味を強く惹かれたのは、その瞳の奥にあるゾッとする程の冷たい色。

 最初はリュシスの治療もありそちらに気を取られていた為、まともにセシャリクの顔を見ていなかった。その時は気が付かなかったその人間にしてはあまりにも冷たい色にアニーシャは、妙な懐かしさと、そして自分と同じ匂いを感じ取った。

 この一見優しそうな男に、一体何故懐かしさを感じ、自分と同じ匂いを感じるのか……。今まで多くの人間と出会ってきたが、こんな感情や興味を覚える男には初めて出会った。

 体を求められるにせよ、求められないにせよ、リュシスが完治した後、殺してとっととこの村を後にしようと当初思っていたその計画を、アニーシャは引っ込める程にセシャリクはアニーシャにとって興味深い対象にんげんとなった。




「せんせぃ、リュシスはどう?」

 診療を終え、戻って来たセシャリクにそう尋ねるのがこの家に滞在する事となって以降アニーシャの日課となっていた。

 もちろん、面会を許可されている時間帯にはリュシスの傍から離れず、痛み止めの薬草や、回復力を増大させる為に施されている回復魔法のお陰でほとんどの時間を眠りに費やしている最愛の妹の世話をアニーシャはこまめにしていた。

 片手が使えない為出された食事のサポートや、入浴が出来ない為その体を湯につけ硬く絞った布で拭いたりとリュシスに割り当てられた介助人よりも献身的なサポートをしていた。

 とはいえリュシスが起きている時間は短い。その間に腕の状態などを聞く程の時間はなく、アニーシャには彼女が順調に回復しているのかどうなのかが今一つ分からなかった。

 リュシスも薬と回復魔法の影響でか前にも増して口数は少ないし、出血の量が多かった為その顔色もあまり良くない事にアニーシャの心配は募っていた。

 だが、病室にいる時には他にも患者を抱え、忙しくしているセシャリクにリュシスの回復や退院についてはあまり詳しく聞くことが出来ず、こうして彼が帰宅してから尋ねている。

「うん。大丈夫だよ。彼女の回復力には目を見張るものがある。順調にいけば思ったよりも早く退院できるだろう」

 そしてアニーシャの問いにほぼ毎日同じ答えをセシャリクはしていた。

 その言葉に嘘はない。

 実際普通の人間よりも驚く程早い回復をしていた。最初は出血の量を見て、輸血をしようとしたが彼女の血液と適合する血液がなく、唯一の肉親であるアニーシャの血液も彼の体の細さを見てセシャリクは諦めたのだ。

 だが、輸血をする事無くリュシスは自身の回復力で持ち直し、素直に治療を受けている事も加味してか順調に血液量なども回復していた。

 その事を伝えても医学知識のないアニーシャにとってはどこがどう回復しているのかはあまり分からないが、それでも毎日同じ返事ではあってもその声の調子でなんとなくリュシスがちゃんと回復しているという事は理解できた。

 そして分からないなりに事細かにリュシスの状態や治療法を聞いてくるアニーシャに分かる言葉を選び、セシャリクはリュシスがどう回復をしているかを説明していく。

 リュシスは確実に回復をしている。ただ、それとは別にひとつだけセシャリクには懸念事項があった。

「……ただ」

「ただ?」

「回復力を上げる為に白魔術で回復魔法をかけているのだけど、どうやらそれに酷く苦痛を覚えるらしい。アニーシャくん、彼女が白魔術に苦痛を覚える理由を何か知っているかい?」

 セシャリクから初めて聞かれた事にアニーシャは目を瞬く。

 白魔術での回復魔法……。そんな魔術を二人共今まで受けた事が無かった為、リュシスがそれを受けて苦痛を覚える理由などすぐには想像がつかない。

「……白魔術、効かないの?」

「いや。ちゃんと効いてる。ただ、魔法をかけている間、あれ程痛みに強い彼女が酷く辛そうな顔をするから少し気になってね。なら、表情が和らぐんだけど……」

 セシャリクの少し探るような言葉に、アニーシャは薄く眉を寄せる。

 まるでリュシスが普通の人間ではない、と言いたげなその言葉にアニーシャはどう答えたものかと少しばかり悩む。

 セシャリクは、どこか他の人間とは違い得体の知れないところがある。そして確実に自分と同類殺人鬼だと、アニーシャは思っていた。――だが、それと信頼できるかどうかは別で、少なくともアニーシャのこの12年という人生の中では比較的信頼できる人間だとはこの数日で理解している。

 それでも、自分達でさえ、自分達が一体何者なのかなど分からない為、どう答えていいのかが分からない。

 そして自分たちの事をいくら比較的信頼できる人間だとしても話していいものなのかを考えあぐねていた。

 過去、アニーシャ達の能力を知った人間は一様に恐怖し、異端である自分達を疎ましく思い排除しようとしてきた。最初にいた孤児院ではそれでもさすがと言うべきか神に仕える者達が運営する場所だったからか自活できるまでは衣食住の面倒は見て貰えていたが、最終的にアニーシャとリュシスの力の事だけではなく、その残酷な性質をどうする事も出来ずに放逐された。

 その後は、2人とも悪魔devilと罵られ、能力を知られる度に迫害や排除をされ、その呼び名の通り殺人を繰り返して今に至っている。

「あぁ、分からないならいいんだ。ただ、治療をする上で回復魔法は外せなくてね。暫くリュシスくんには我慢をして貰う事になるんだけど……」

 アニーシャが答えあぐねているのを見かねてか、そう言葉に申し訳なさを滲ませてセシャリクは言い、アニーシャの頭を安心させる様に撫でる。

「せんせぇ……、私達の事、知りたいの?」

 それでもその瞳の中にはアニーシャ達への興味が詰まっていて、思わずそうセシャリクに尋ねると、少し驚いたような瞳がアニーシャを見下ろした。

 そして優し気にその瞳が細められる。

「……そうだね、君達はとても興味深い。でも、無理に話さなくてもいいよ」

 ふっと笑い、アニーシャの目から見てもそれは嘘だと分かる言葉をセシャリクは口にする。

 その瞳の奥には爛々と輝く知的好奇心の光があり、アニーシャは小さく溜息を吐いた。

 自分の事を話す、という事は自分の犯してきた罪を話す、と言う事だ。

 それでも、と思う。

「……いいよ、教えてあげる」

「アニーシャくん?」

 年齢に似合わぬ蠱惑的な笑みを浮かべながら、セシャリクに体を寄せるとその胸板を細い指で誘う様に触れる。そのままゆっくりとシャツの上から艶めかしく指を這わせながらセシャリクの下半身へと手を降ろしていく。その妙に慣れた仕草と、その触れ方の意味にセシャリクは眉根を寄せ、その細い肩に手を置き少し体を遠ざけた。

「やめなさい」

「……私の事、嫌い?」

 少しばかり強い言葉と共に、セシャリクに体を遠ざけられ、拒絶をされる。今までアニーシャから迫りそんな風に拒絶するような人間はいなかっただけに少しばかりアニーシャは驚き、そう潤んだ瞳をセシャリクへと向けると、また少しセシャリクの眉が寄せられる。

「……僕の望みは、そういう事じゃない」

 少しばかり呆れた様な溜息を吐き、更にアニーシャの体を自身から引き離すと、セシャリクは炊事場に向かおうとする。だが、そのシャツをしっかりとアニーシャが握り、その場にセシャリクを引き留めた。

「私とリュシスに興味あるんでしょ? 抱いてくれたら、せんせの知りたい事、ちゃんと教えるよ」

「……何故、」

 そんな無駄なことを、と言いかけ、アニーシャが普段どういう扱いを受け、どういう生き方をしているのかをセシャリクはその言葉を何度か頭の中で反芻し遅れて理解する。

 そして改めてまじまじとアニーシャの事を見た。

 少女の様に細い肢体。潤んだように大きな瞳に、煙るような長い睫毛。薄くて赤い唇。白い肌に水色の明るい髪がその肌に透明感を与え惹き立てていて、確かに普通の男ならば、いや、女でもこの目で見つめられれば惑わされてしまうだろうことに気が付く。

 この時代、年齢も性別も関係なく性的な魅力の有る者、特に下層に生まれ育った者がどう扱われ、どんな生き方をするしかなくなるか、セシャリクも良く理解していた。そして、アニーシャは間違いなく今まで見た中でも最高クラスの性的魅力の持ち主だ。恐らく、彼のこの潤んだ瞳で見つめられて、を抱かない人間は少数だろう。

 そして、こんな人気のない辺境の村の、さらにその先にまで妹を連れて移動をしていた理由をセシャリクはおぼろげながらに理解する。

 セシャリク自身も多くの人間がいる街から遠く離れ、人が訪ねて来るには不便この上ないこんな辺境の村で診療所を開いている。それを考えれば、セシャリク同様、多くの人間がいる場所では彼が彼自身、自分アニーシャであることが難しいのかもしれない。

 類まれなる魅力や能力を持つ人間には、望むと望まざるとにかかわらず凡庸な人間が群がり、自分自身であり続けることはこの時代酷く難しい。

 そんな彼がこうして自分達の事を話す代わりに、恐らく本来はしたくないであろう行為を自分に持ちかけているのは、彼なりの交渉術、処世術なのだろう。そうセシャリクは考えた。

「……仕方がないね。でも、その前に食事をしよう。君もお腹が空いているだろ? 作るよ。それにそう言う事なら、入浴もしないとね」

 くすりと悪戯っぽく笑い、セシャリクはもう一度アニーシャの頭を優しく撫でると、その手を取って炊事場へと向かった。


 アニーシャとの行為はセシャリクとて本意ではないが、それでも身の内に湧く『彼らは何者同類なのか』という好奇心に彼は勝てなかった。

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とある兄妹の物語【R15G】 鬼塚れいじ @onitukareiji

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