第二話


言われて初めて、陰都は自分が陽土に名乗ってもいないことに気がついた。


「ごめんなさい。私、自己紹介もしてなくて……」


「ああ、いいよ別に。最初は警戒してたみたいだし、だったら尚更、知らない男に素性を簡単に教えるなんてしないだろうし」


陽土の言う通り、初めは警戒もしていた。

だが、話をしている内に、いつの間にか昔からの知人のような感覚で接してしまっていたのだ。


実際は、昨日会ったばかりだというのに。


「私は、御先坂 陰都です」


「イト、か。御先坂ってのはあのが呼んでるの聞いてたけど、どんな漢字で書くんだ?」


「特に難しい漢字ではないですけど―――」


陰都はスマートフォンを取り出し、自身の名前を打って陽土に見せた。


一瞬、陽土の目が見開かれたあと、同じように陽土もスマートフォンになにかを打ち込み、陰都に画面を見せてきた。

そこに映っていたのは、


「神楽陽土?」


「そ。俺の漢字。教えてくれたし一応、な」


「神楽ってかっこいいですよね、漫画の主人公みたい」


「それを言うなら御先坂も――って、名前の話はまた今度ってことで。今は君の報告を聞くのが先だ」


陽土の瞳が、期待と不安で揺れているのがわかる。


「それが、その……、実は今日、瞳ちゃんが大学に来ていなくて」


「………話どころか、様子見すらもできなかったってことか」


「はい。瞳ちゃんとかなり親しい子にも聞いてみたんですけど、どこにいるのかはわからなくって」


「うーん、なるほどね」


少し前かがみになり、頬杖をつきながら陽土はなにやら考え込んでいる。

陰都は陽土の様子を見ていたが、少しして「あっ」と小さく声をあげた。


「ん?どうした?」


「忘れてました、瞳ちゃんの彼氏の話、聞いたんでした」


「それ、覚えてたのか。そっちの話の方が難しいと思ってたんだけどな。――で、どんな話が聞けたんだ?」


「瞳ちゃんと付き合ったのが二週間くらい前らしいんですけど、その人バツイチらしくて、それで―――」


陰都は朱理から聞いた話を、そのまま陽土に話した。

相槌を打ちながらも、陽土は時折なにかを考えているような表情で陰都の話を聞いていた。


「……不倫、痴情のもつれ………蛇、か……」


一通り話を聞いたあと、なにか思う所があったのか、陽土は独り言を呟いている。


「ヘビ?」


「え?ああ、悪い。今の話で少し点と点が繋がったと思ってさ」


「不倫とか蛇とかがですか?」


「そう、って言っても、まだ憶測の域は出ていない。ただ、彼女に憑いていた物の怪は、蛇のような姿の女だったんだ」


「蛇みたいな女の、物の怪?」


「――そうだな、君にはまず”俺の言う物の怪とは”ってところから話した方が良さそうだ」


そう言うと陽土はテーブルに両肘をついて手を組んだ。


「物の怪、まあ妖怪とか霊とかの方がよく見聞きすると思うけど、今回はそれとはちょっと違う。あれは多分、人の怨念から生まれたものだ」


「怨念から生まれたって……、物の怪が、ですか?」


「そう。あいつは妖怪とも霊とも違う。で、俺はそんな妖怪、霊、その他怪異をまとめて、物の怪と呼んでるってわけ」


「なんか、素直に妖怪とか霊とか、別々で言われた方がわかりやすい気がするんですけど…」


「前にも言ったけど、俺は陰陽師とか、ましてや由緒正しき霊能者でもない。だから今回みたいに、どっちとも違うとはわかっても、”じゃあなんなのか?”がわからないことも多いんだよ」


「えぇ……」


「そんな露骨に嫌そうな顔すんなって。大丈夫、相手がなんであれ、やることは変わらないから」


妖怪と霊は別の存在ということくらいは、陰都も理解しているつもりだった。

だからこそ、やることは変わらないという陽土の言葉に、少し疑問が湧いた。


陽土は式神を使う。

そういう意味で変わらないということなのだろうか。


頭の中でぐるぐると思考を巡らせていると、ふと陽土と目が合った。

すました顔で頬杖をついている。


「なにか聞きたいことがあるなら、どうぞ遠慮なく」


質問が来るのは想定内、といったところだろう。

陰都は、たった今思ったことをそのまま口に出した。


「妖怪と霊とか異なる存在相手でも、退治の仕方は同じなのかなって思って」


「……へえ、やっぱりなかなか鋭いな。まあ普通は、多少なりとも手は変えるんじゃないか?妖怪にお経なんて効かないだろうし」


「でも、神楽さんは同じ手段で退治ができる?」


「そういうこと。ただ別にそれがすごいとか、優れてるってわけじゃない」


「ちなみに、その退治の方法って―――」


「それは実際に見た方がわかりやすいだろ?ていうか、言葉で説明しても、たぶん理解してもらえない」


「それは……、確かにそうかもしれません」


食い下がると思っていたのか、陽土は少し驚いた顔をした。

ただ、陰都はすでに一度、言葉で説明されていたら理解できなかったであろう現象を目の当たりにしている。


昨日の式神のことを思い出し、陽土の言葉に納得したのだった。


「そしたら話を戻そう。今回の物の怪は、人の負の感情の産物である可能性が高い。それも、とびきりドロドロしたやつな」


「それって……」


「愛憎入り乱れるってやつ。蛇の姿をした女に、現場で俺が感じた仄暗い執着心、それに加えて男は既婚者だった。ここまでピースが揃えば、誰だってそう思うだろ」


「――いやいや、”俺が感じた仄暗い執着心”ってなんですか」


「昨日、君を帰した後もう一度、現場を調べたんだよ。まだ調べていない場所があったからな」


「そんなに調べるような場所なんて、ありましたっけ」


「ああ、君があのマンションの近くを通る前、瞳さんは屋上に立っていたんだ」


「屋上!?だってあのマンションの屋上は―――」


そう。先日の事件で、男が立っていた場所。

なぜ瞳はそんなところに立っていたのか。

そもそも、どうやって屋上まで行ったのか。


次々と疑問は出てくるが、今すぐに答えは見つからない。

ただ、陽土の中では考えがまとまりつつあるようだった。


「いいか、今から俺が話すのはあくまで仮説。だけど、君には少し都合の悪い内容かもしれない。―――それでも、聞く?」


ここに来るまでの話と、来てからの話、そして陽土の様子から何が都合悪いのか、むしろどういう仮説を立てるのかも察しはついている。


不思議と、どうしようという不安や焦燥感はなかった。


「聞きます。きっと私も、考えは同じだから」



陰都の言葉を聞いた陽土は、少し満足そうに笑った。


「じゃ、俺の仮説と君の考え、答え合わせといこうか」









































































































































































































































































































































































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憑いてる僕ら。 雪丸。 @m_size

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