第二章 覚悟と決意
第一話
「ねぇ
陽土から瞳の様子をなるべく見ておくよう言われていたが、どこを探しても瞳の姿が見当たらず、陰都は瞳と高校時代から先輩後輩の間柄である朱理に、瞳の行方を聞くことにした。
朱理は妙に鋭いところがあり、普段あまり接点のない瞳のことを、陰都が自分に聞きに来るほど探している、と思われたくなかったのだが、背に腹は代えられない。
朱理は手にしたスマートフォンから目線を上げると、
「知らないけど……なんで?」
と、不思議そうに陰都を見た。
『実は瞳ちゃんには物の怪が憑いているから』と言えるわけもなく、当たり障りのない、かつ今日じゃないと困る言い訳を考えて、
「瞳ちゃんの知り合いを紹介してもらったんだけど、最初だけ一緒に来てくれるって話だったから、今日大丈夫か確認したくて」
という、質問の余地がありすぎる回答をしてしまった。
案の定、朱理の顔は好奇心でいっぱいですと言わんばかりに、嬉々としている。
「えっ、なになに?いつの間にそんな話になってたの?」
「あ、えっと、ちょっと前に買い物してるときに偶然、瞳ちゃんとその人と会って、それで『今度遊ぼう』みたいな話になって」
「なにそれずるーい!瞳も最近彼氏できたとか言ってたし、陰都にも置いていかれるとか悲しすぎる!」
「いや別に、そういう感じじゃなかったし……、って、瞳ちゃん彼氏できたんだ?」
思いがけず瞳の彼氏に関しての話題があがったが、陰都は咄嗟に知らないふりをした。
朱理からなにか聞けるかもしれない。
「そうそう。二週間前くらい?なんか知り合ったのはもっと前らしいけど、いろいろ揉めてたらしくて、付き合うまで時間かかったって言ってた」
「揉めてたってどういうこと?」
うーん……と、朱理は少し言いづらそうな様子を見せたあと、あまり大きな声で言えないからと言い、おいでおいでをしてみせた。
「…瞳の彼氏ね、バツイチなの。離婚が成立するまで結構奥さんとゴタゴタあったらしいよ」
「えっ!?じゃあ瞳ちゃんが彼氏と出会ったときは、まだ既婚者だったってこと?」
「まあ、そういうことになるね。私も詳しい
朱理の話を聞いている内に、陰都は自分の中にもやもやとした感情がこみ上げてくるのがわかった。
今、陽土と自分が助けようとしている瞳は、もしかしたら他の人の幸せを奪っていたのかもしれない。
直接的な原因じゃなくても、要因のひとつかもしれない。
もしそうなら、これは”罰”なのでは―――?
そんな考えが一瞬頭をよぎったが、今さら見て見ぬふりはできないと、もやもやとした感情を押し込むことにした。
「ね、陰都。瞳の代わりに私が行ってあげるよ、今日のやつ」
どことなく流れた重い空気感を察したのか、朱理が少しおどけながら陰都の肩にぽん、と手を置いた。
そんな朱理の気遣いを感じ、陰都は自然と笑顔になる。
「朱理が来たってしょうがないじゃん」
「しょうがなくはないでしょー?相手はイケメンか?そうじゃないか?気になるじゃん」
「とりあえず今日はだめ。また次があったら、友達も一緒にって言うから」
「はいはーい。あ、でもちゃんと報告はしてよ?」
「わかったわかった。そんな色気のある話はできないと思うけど」
期待しないで待ってる!と朱理は嬉しそうに笑った。
大学からの付き合いではあるが、朱理とは妙に馬が合い、気が付けば親友と言えるほどの仲になっていた。
人の気持ちを察するのがうまく、陰都もなにかと助けられてきた。
もしかしたら、今日の話もなにか勘付いているかもしれないが、本当の事を言って朱理を巻き込むわけにもいかない。
他愛ない話をしながらも、これ以上は今日のことについて聞いてこない朱理に感謝しつつ、陰都はこのまま嘘を突き通す覚悟をした。
「今日はもう帰る感じ?」
「うん、そろそろ待ち合わせ時間だし、行こうかな」
「楽しんできてー。私はオヒゲ教授の講義にいってきまーす」
ひらひらと手を振りながら、朱理は講義棟へと歩いて行った。
(……結局、瞳ちゃんの行方はわからず、か)
陽土が知りたかったはずの瞳の状態について、何も情報を得られないままカフェに向かうのかと考えると、少し気が重い。
(あーあ。使えない奴とか思われたらやだなぁ)
あれこれ考えながら歩いていると、あっという間にカフェに着き、更に入り口付近に立っている陽土と目が合ってしまった。
距離があるため声は聞こえないが、片手を上げて、「よっ」と言ったであろう動きをしている。
「すみません、待ちました?」
「はい、待ちました。でも、おかげで面白い話が聞けたからいいよ」
「面白い話?」
「ま、それは君の報告のあとにでも話すよ」
とりあえず入ろうか、と陽土に促され、店内へと入る。
入ってすぐにレジカウンターがあり、注文を済ませたあと、陰都はなんとなく店の奥の席に座った。
「そんな警戒しなくても、人に聞かれてまずいようなことは言わないよ」
くすくすと笑う陽土に、周りに人がいない場所を無意識に選んでいたことを自覚させられ、陰都は顔が熱くなるのを感じた。
「しょうがないじゃないですか、意外と人は人の話を聞いてるものですし」
「それは一理あるけどな」
陽土は注文した紅茶にミルクや砂糖を入れて、くるくるとかき回しながら頷いた。
「さてと、それじゃ早速、作戦会議といきたいところだけど、その前にひとつ聞きたいことがある」
「なんですか?」
陽土は一口、紅茶を飲んだあと陰都を見て、
「君の名前を教えてくれる?」
と言うと、少年のように悪戯な笑みを浮かべた。
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