episode2.3.21 最後

 朝起きて、いなくなったツキを探しに外へ出た。……静かな不安、焦燥感。ヴァンキッシュとドミネート、2人の強化人間が語った言葉は……。ツキの復讐、その根幹を大きく揺らがせるものだった。───復讐は果たされない。それが、ツキの辿り着いた答え。

 だとすれば、目的を喪ったツキはどうなる?……嫌な考えが頭をよぎる。

【───復讐を終えたら、死ぬつもりなのか───】

【───今のところな。そしたら自由にしていいぞ。何かしたい事とかないの?───】

 浦山要塞防衛戦から7日。雪もすっかり無くなったダムの屋上に出た。運動不足が祟り息も切れ気味。足早に階段を上がったせいだ。急いでツキの姿を探す。……いた。すぐ見つかった。

「ツキ」

 屋上の手すりに手を伸ばし、遠くを見つめるツキに呼びかけた。声に気付いたツキは、ハイブエンの傘をバックに振り返る。いつも通りポニーテールを風に揺らし、右眼を包帯で覆った長火鉢ツキだ。暖かい天気にひんやりした風が吹いて、日差しが彼女の顔を照らした。

 まるで何かのエンディングみたいだ。あの暴力娘が、今は何割かマシに見える。

「アカゲか、どうした」

 いつもと変わらない声色。

「いや、なんだ。その……」

「もしかして、飛び降りる! とか思った?」

「ま、まあ。そんなとこ、すね」

「なワケねーだろ、ドミネートと心中なんて御免だよ」

「───でも、正直に言えば……?」

 アカゲがそう尋ねると、少し空を見上げて小さく答える。

「考えはした。……よく分かってんじゃん」

「オレはアンタの相棒バディですからね」

「その恥ずい呼び名、外で言いふらしたりしてないだろうな」

「さてね。……それよりご老人が呼んでましたよ。今日は新しい統括署長の就任式だそうで」

「式なんてやる余裕あんのか? 町はボロボロだぞ」

 湖の方を振り返った。壊滅の跡が未だに残る下界連合本部、浦山要塞さくら町。各地の支部から人が集って、ようやく再建の目処が立ち始めたらしい。

「やる気が出るでしょうよ、みんなも。ただ闇雲に動くより、ハッキリした道が見えてた方が嬉しいモンです」

「ふうん。しかし、よくみんな納得したよな」

「先代の意志でしたからね。なにせドミネートを討ち、町を救った英雄です。後で挨拶にでも行きますか。首の縫い跡、相当イカす感じになってましたよ」

「そうだな、髪も私らみたいな色になったし。いよいよ目立つぞ、アイツ」

「ですね。……それで、実際何してたんすか。こんなとこで」

「あ、ああ。ええとな……」

 ツキは申し訳なさそうに、懐から空のチューブを取り出した。ラベルには『カゴメ トマトケチヤップ』と書いてある。

「───あ!それって!」

 アカゲの持ち物だったらしいケチャップだ。おそらく、腹が減った時に食べる用で上界から持ってきたのだろうが……。封がされていたハズのケチャップは、いつの間にか綺麗に無くなっていた。

「いや……試しに食べてみたら美味くてさ。ちょっとずつな、食べてたんだけどな……ちょうど食べ切っちゃった」

 犯人は、コイツだ。

「いやそれは全然いいけど、まだ持ってたんだな……」

「え、いいの? 高級なやつだったりしない?」

「庶民の味方ですよ。栄養満点」

 ほっと胸を撫で下ろすツキ。バレないようにコソコソ食べてたんだろう。こんな場所にまでやってきて。……なんだかおかしくなって、2人はしばらく笑い合った。

「……なあ、ツキ」

「なんだ?」

「これから、どうするんだ。その……復讐は」

「本当に私の相棒バディかよ、お前は」

 笑いを含んでツキは小突いた。しばらく経って、遠くの方を見ながら言う。

「───終わるワケないだろ、こんな所で」

「ああ、そうこなくっちゃな」

「……それでな」

「?」

 何か言いづらそうにしながら、アカゲの顔を見た。

「───私、やっぱ、死ぬのやめる」

「え! いきなりどうして」

「さあね。でも……。気付いたんだ。私がどこに行っても、探してくれそうなヤツがいるって」

「そうすか。……多分ソイツは探すでしょうね。───例えアンタが、宇宙の果てに行ったとしても」

 アポロを一粒、放り込む。

 どうやらこっちも無くなったみたいだ。


-第一部おわり-

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