episode2.3.20 綺麗な夜に

「許さない……」

 ツキが立ち上がる。痛みなんかもうどうだっていい。

「……絶対に。───許さないッ!!」

 バシュン、バシュン、バシュン、探照ライトが一斉にドミネートを照らし上げた。まるで舞台演出のように……。ただでさえ町は明るいのに、眩しくて少し目を細める。

「何かな、この鬱陶しいライトアップは。企みがあるってこと?」

 フラリと姿勢を戻し、右眼は青く瞬いた。

『ツキ、ライトの調子はいい感じか』

 イヤホンからアカゲの声が聞こえた。

「ああ」

「へえ、それは楽しみだね。ユクエ君はこんな感じになっちゃったのに。せいぜい楽しませてよ、キミの最期の瞬間」

『まずは、湖の上へ誘導するんだ。舟は出してある』

「───わかった」

 バッと走り出して、ドミネートへ向かうツキ!! かと思いきや方向転換して柵を飛び越えた……!! 向かうは光を反射して綺麗に輝く夜のダム湖!!

「えーと、ついていけばいいのかな」

 ドミネートも続けて身を投げる……!! しかし無数の探照ライトが絶えず自分の身体を照らしてきていた……!!

「これだけ謎に意味分かんないんだよね……眩しいからやめて欲しいんだけど」

 真下には飛び石のように浮かんだいくつもの舟が!! バシャ、とツキは着地して、再び跳んだ!! 弾丸のように迫り来るツキの斬撃をドミネートは寸前で躱す!! ドミネートには、水上戦に持ち込まれる狙いも分からなければ、ライトで絶えず照らされる意味も分からない!! なんだこれは、一体ツキは何を考えている……?

 バシャ、着地、跳び上がって、斬撃。ダムの壁を器用に蹴りながら、立体的に飛び回り続ける……!!

「あのさあ! これ詰まんないんだけど! いつまで続けんのー!」

 声を張って呼び掛けるが、ツキは一切応じない。

「眩しいんだけど! これ何の意味があるのー!」

 段々ドミネートが可愛らしく思えてきて、ツキはつい笑みが溢れてしまう。着地、跳び上がって壁蹴り、斬撃、躱される。しばらく繰り返して、明らかにドミネートには飽きが来ていた。

 するとイヤホンからアカゲの声が。

『そろそろ頃合いですかね、高橋さん、鐘お願いします』

『こちら、高橋。了解です、鐘鳴らします』

 知らんオッサンの声もする。その時……。

 ゴーン……。遠くの方で重たい鐘の鳴る音がした。なるほど、この音か。ドミネートもツキの刃を避けながら鐘の音に気付く。というかとにかく眩しい!

「ねえ、この音もよく分かんないよ!」

 ゴーン……。

「また鳴ってるよー!」

 ゴーン……。───3回目の鐘、それがアカゲから聞いた合図!!

『全区画!! 消灯!!』

 アカゲの声で、町の街灯も、探照ライトも、全ての灯りが一斉に落ちた!! どデカい月と美しい星空が空に浮かび上がるのをツキは見る。なんて綺麗な夜なんだろう。

 ドミネートは真っ暗になった周囲の視界に驚く……!! 今まで散々照らされていた分、瞳孔が閉じっぱなしで暗くて見えない……!! ましてや雪もない湖の上、灯りのない夜の湖はまさしく深い闇。空中のドミネート、その眼下にツキ、この位置関係はマズい……!!

「なるほど、これが狙いか……」

 ツキは一瞬にして闇に溶け込んだ。電機義眼の高性能カメラはナイトビジョンの役割を果たす。大昔の海賊はこぞって眼帯を付けたというが、夜襲に遭った際、眼帯を付け替えて、即座に夜目を効かせるためだという。そう……。今、ツキは海賊だ───。ツキの眼にだけ、世界はハッキリ視えている───!!

 ギュ、と舟底を踏みつけて、途轍も無いパワーを足に込める!! 今までに無いスピードで、この一瞬に全てを込めて……!! アカゲを守るために───!!

 ダキュン─────────────!! 颯爽とツキは飛び出した!!

「───よく考えたね、けど甘いよ」

 完璧かと思えたこの作戦。しかしながら、強化人間であるドミネートの眼には、見えているのだ……。ツキの煌々と光る青い瞳が、目を凝らせば白い髪だって見えてくる。流石に大人を舐めすぎだ。こんなものに易々と引っ掛かるワケが……。

「バーカ、囮だよ」

「───!?」

 そして、ドミネートは理解した───。……舐めていたのは、自分だったと。


「うおおおおおおおおおおお────────────ッ!!」

 暗闇からユクエが飛び出した。ハナビから受け継いだ太陽の刃、大太刀・夏暁を手に───。

 ザシュ─────────。これが最後の一撃。ドミネートの右肩から左脇腹にかけての袈裟斬り。深く、致命的な傷から、血が吹き出した。

 炎は消え、政府特務隊は全滅。多くの命が倒れ伏し、多大なる犠牲を出しながらも、守り切ったのだ───。戦いは、終わった。


「う、ぐ……」

 ドミネートは舟に落ち、ツキとユクエが2人がかりで拘束する。首根っこを掴まれ、足を踏んづけられるドミネート。

「い、痛いよ……。そんなにしなくても……逃げる気なんて無いし……」

「信用できない」

「そうです、信用できません」

「このまま帰っても、どうせ……殺されるだけ……だからさ……。ああ、ありがとうツキちゃん……ちょっと緩めてくれたんだね……」

 フン、とツキが顔を背ける。

「……それにしても、よくできた手品だね。確実に首は落としたハズなのに……」

 ドミネートはユクエを見上げて不思議がった。

「最初にツキさんと交代した後、僕はこの刀で自分の首を落としました」

 夏暁を握り、ユクエは説明する。

「そして、首と同じ大きさの石を拾って首に埋め込んだ後、くっつけました」

「……ああ、だからあの時声が……って。あのさ、自分で何言ってるか分かってる……? 正気じゃないよ、キミ……」

「僕も最初は正気を疑いました。でも、あなたを欺くならこれしかないってアカゲさんに……」

 アカゲの言葉を思い出す。

 【───ドミネートの言葉を真に受けるなら、首の皮だけ再生しないハズです。そこだけは我慢してもらって……───】

 アハハ……と石を手に持つアカゲ。確証はないけれど、脊髄さえ無事なら復活できるハズ。彼は確かにそう言った。その言葉を……信じた。

 ユクエの首の皮は繋がらず、横一直線の傷跡として赤く残っている。

「あー……冬崎アカゲのアイデアなんだ……。もしかして、ライトの仕掛けも……?」

 湖の上に誘導して、大量の光を浴びせる。3回目の鐘が鳴った時、一斉に明かりを消す。ドミネートは暗さに対応できず一瞬隙ができ、そこを夜目の効くツキが最大火力で攻撃……と見せかけて、意識外から死んだハズのユクエが飛び出す。そんな作戦をアカゲは提示した。

「そうだ。みんなワケも分からず準備してたけど、私はアカゲを信じた。そしたら上手く行った」

「なるほどね……納得だよ……。キミたちの頭脳が冬崎アカゲだなんて、ズルいなあ……」

「全くです、あの人は凄いですよ。いろんな意味で」

「ふふん」

 ツキが自慢げに鼻を鳴らす。

「……そんで、ご機嫌のとこ悪いんだけどさ……ツキちゃん」

「……なんだ?」

「その身体、もう限界じゃないかな」

「あ……」

 深い傷が体のあちこちに、立っているだけでもやっとだったことを思い出す。アカゲの忠告通り、一時的に身体が麻痺して動けていただけ……そのことに気付いてしまったツキは……。意識が……。バタリ。

「……あーあ、倒れちゃった。お別れぐらいしたかったんだけどな」「う、ぐぐ……ゴホッゴホッ」

 強がっていたドミネートも、血を吐いて息を荒くする。その辛そうな様子に、なぜだか心配してしまう。

「……あのさ、ユクエ君……もしよかったらなんだけど、放してくれないかな……?」

「逃げるつもりですか」

「……まさか。……逃げもしないし、危害も加えないよ……。ただ、キミたちにね……みっともない姿は見せたくないなと思ったんだ……。それに……早く仲間達に……会いたい……。作戦は失敗だけど……これで、みんな、自由だからさ……」

 段々と、息が辛そうになる。……そろそろ限界が近いのだ。

「分かりました。……あなたは最初から、嘘をついていませんでしたから」

 ユクエはそっと手を離す。

「ありがとね……。キミがトドメを刺してくれて……嬉しかったよ……。よければ、これ……使ってくれると嬉しいな……。もう……間に合ってると……思うけど……」

 カタカタと震える手で、乙二式短銃刀を手渡す。刀が2本になってしまった。

「あなたの力を借りたくなったら、使ってみます」

 ドミネートは、にっこり笑って、舟のへりに手を掛けた。ゆっくり立ち上がって、これが最期の挨拶。

「……実は生きてて……ピンチになったら、再登場とか……そういうのは……求めないでね……。それじゃ……ユクエ君、そしてツキちゃん、バイバーイ!」

 ザブン、と闇の中……ドミネートは沈んだ。しばらくの間、ユクエは月を見上げていた。大きくて、丸い月。これで、終わったんだ……。


AM2:59 ───ツキを乗せた舟を漕いで、ユクエは夜風に吹かれた。

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