episode2.3.19 不死殺し
AM2:43 死者:1024名 負傷者:1861名
プロパンガスを動力に走る乗用車。シンバシの改造により、家庭用のボンベをトランクに載せて接続できる。車から降り、石造りの塔を上る男。腕木通信部の高橋。屋上まで上がると鐘が吊ってあり、見下ろせば辺りはフツフツと炎も消えかかっている。耳のイヤホンに手を当て、連絡を入れる。
『こちら高橋です、鐘に到着。指示を待ちます』
『こちらミズホ。シンバシさんの作戦行動が終わるまで待機でお願いします』
『了解』
向こうに見える浦山要塞、今、誰もが戦っていた。
AM2:44 死者:1058名 負傷者:1902名
技術部長シンバシ。手薄になったダム施設内部に入り、その中枢へと潜り込んだ。もっとも、5人の護衛は全て死に、彼もまた足を引き摺りながらコンソールへ向かう。残ったのは、アカゲから手渡されたアサルトライフルのみ。
『こちらシンバシ、制御部へ到達。これより秒読みを待たず放水を開始します』
総合監視盤に表示される値を確認、正常に動作するのを確かめ、カチリとボタンを押し、ロックを解除する。レバーを引くと、機械の駆動音が室内を満たし、やがて放水が始まる……!!
満足そうな顔をして座り込むシンバシ、一人呟いた。
「……悪いねハナビ。そっちに行くのは、当分先になりそうだ。冥土の土産に見てってくれよ。妹泥棒が考えた、必勝の策ってヤツを」
AM2:45 死者:1072名 負傷者:1925名
「放水を確認、水力発電設備全力運転、電力来ます!」
みなとの側に仕えたオペレーターが、発電状況を報告する。状況を確認するみなと、タイミング良し。
「───流石兄貴、やってくれたね。さくら町北区全ての街頭に回すよ。最大光量で送電開始」
「了解、送電開始します!」
電力量を示すメーターは最大の値を示し、バシュン、バシュンと町の明かりが灯り始める。消えかかった炎を打ち消しとてつもない眩さだ。これは先代技術部長、つまりシンバシとみなとの父が用意した災害時用緊急全灯システム。
「初運用は成功だよ、親父。こんだけ明るかったら、見えんだろ。……親父が大好きだったこの町は、ウチらが守る。だから待っててくれよな。───今、冬ちゃんが全てをひっくり返してくれるから」
AM2:46 死者:1098名 負傷者:1946名
ザァ─────────。放水の音が鳴り響く屋上広場。
「あれ、町がライトアップされちゃった。こうして見るとなんだか綺麗だね。……それに、キミの新しい髪色もステキだよ」
ドミネートの背後に現れたユクエ。彼の口元は血に濡れ、髪は真っ白に染まっていた。右手に持つのは、大太刀・夏暁。
「さっき、人は食べないって言ってたけど……。キミ、カッコいいから……優柔不断なとこも許しちゃうな。……ついに到達したんだね、生きながらにして神となる者の座へ。生を司る神の領域へ───」
「そんなものは、どうだっていいですよ。僕はあなたを止めるだけです」
「大層な肩書きを得て、大層なことを言うようになったんだね。キミの神々しいオーラが心底眩しいよ」
「今の僕なら、あなたを倒せる」
「ごめんね、無理だよ。私は生神の力をよく知ってる。実力なら私以上かもしれないけど、キミはまだ力の制御に慣れてない。経験の差で、私の勝ち」
ドミネートは腰の軍刀を再び抜いた。
「それにいいこと教えてあげるよ。───生神になった人間には死ぬ方法がある」
「ソマリ鋼っていう不思議な合金で首を切断すると、なぜだか切断面が再生できずに絶命するんだ。それが唯一の不死殺し」
「ソマリ鋼……」
ユクエに見せた刀身は、光をきらりと反射した。
「これがそのソマリ鋼。たぶん、ツキちゃんの変な剣も同じだと思う」
ドミネートは上空の巨大な円盤、ハイブエンを指差す。
「アレの外壁にも使われてる素材だよ。決して折れず、曲がらず、しならず、不変のカタチを持った金属。さっきみたいにはいかないよ。これで斬ったら、キミは死ぬ。キミにとって幸か不幸かわからないけど、首を斬られないよう……ちゃんと守りなね」
「……忠告、ありがとうございます。───始めましょう」
「いいね、始めようか」
ドミネートがにこりと笑ったその瞬間、ポニーテールが颯爽と現れた。ユクエの隣に立ち、ドミネートと向かい合う。
「下がってろ、ユクエ。私がやる」
「ツキさん、その傷で……! あなたこそ危険です! 僕は今ここで下がるわけには……!!」
ツキがユクエを見上げ、トントンと自分のイヤホンを指す。……しばらくして、ユクエは何かに気付く。
「……分かりました。でも、あなたが危なくなったら……必ず駆けつけます」
そう言ってユクエは地を蹴って飛び去った。
「あれ、意外と聞き分けいいんだね。なんだか拍子抜けだな。でもまあいいや。ツキちゃん、なんだか様子が違うみたいだし」
「あー、わかる? お前を殺しに来たんだよ」
好戦的な眼をして、青い光を放つツキ。みるみるうちに笑顔になるドミネート。彼女の性分は、本来これである。
「……なんだ、楽しくなってきたじゃん。キミのことも好きだよ」「ツキちゃん」
─────────ギ。
また目と鼻の先……!! しかし今なら見える、動きの軌跡が!!
ガギン──────!! おお、という顔をしてドミネートは、かち合う刃に力を込めた……!!ギギギギギギギギ……。互いに一歩も譲らず、超過稼働の電機義眼の力は、ツキの能力をドミネートと同じ領域まで引き上げる……!!
「その……眼の力、かな……!! 面白いの付けてるじゃん……!!」
「そんなに……羨ましいかよ……!!」
ギリギリギリギリ……。更に力を込める。
「いいや……宝の持ち腐れって意味……さッ!!」
ガギリ!! ツキの刃を跳ね上げる!! 即座にドミネートは懐へ潜り込んだ!!
───ドッ!! 渾身の殴りがツキの腹に直撃……!! 腹部の傷を痛ませる!!
「ガハッ……!!」
一瞬の隙を見逃さず、ドミネートの刃は一閃……!!
しかし!! パシリ、ツキの左手がそれを捕らえていた。痛みを振り払って、ニヤリ、不敵に笑ったツキの膝蹴りがドミネートの顎に……!!
ドガ─────────ッ!! 凄まじい勢いでヒット!! ぶっ飛ぶドミネート!! ザザッ!! ザッ!! なんとか受け身を取った。両者とも、フラフラと立ち上がるが……ドミネートの方が優勢だ。このまま続けていては、負けるのはツキの方……それは既に分かっている。しかし諦めるわけにはいかない……皆の、アカゲの命が……掛かっているから!! ザ、と地面を踏みしめる……。周りの景色が、速度が、ツキの後ろに遠のく気がした。……行ける。
ダキュン──────!! 銀色の弾丸と化したツキは超スピードで前方へ跳ね飛んだ!!
モッタリと、空気が肌から剥がれ落ちていく、世界でこの速度を体験しているのは、自分だけだと感じた───。振るう刃は横一閃、光の筋が波のように軌跡を生んで、切先は赤く熱を帯びる───!! ドミネートが放った音の無い弾丸をゆっくりと避け、掠めたツキの頬から血が出る前に……。
ガギィ─────────!! ギギギギギ!! ツキの途轍も無い力がドミネートの刃を押し除ける……!!
ザシュ!! ドミネートの左肩から右脇腹にかけて傷口を開けた……!! しかし致命傷には至らない、ドミネートは僅かに生まれた隙をついて、ツキの胸ぐらをガシリと掴んだ。そのまま、ドガン!! 顔から地面に叩きつける───!! 埋まったツキの首をへし折るように、胸元目掛けて強烈な蹴りを放つ……!!
ドッ─────────!! ガラガラガラガラガラガラガラガラ!! 石のタイルを抉りながらツキの身体は吹っ飛んだ……。
「痛いよー、ツキちゃーん。でもそっちもだいぶ痛そうだねー。可哀想にー……」
ツキの額から血が滴っている。既に満身創痍だ……。
「多分だけど、もう立てないよねー。そこでゆっくり休んでてよー。呼べばユクエ君も来るんでしょー?」
遠くのツキに声をかけるが、返事がない。なんだ、気絶しちゃったのか。……そう思った次の瞬間、視界の隅にユクエが現れた。
「速っ───!?」
ドミネートは咄嗟に構えるが、自分の首を狙う攻撃を刀で受けるのに間に合わず、左手でユクエの刃を掴んだ!! そのままユクエの首に反撃を仕掛けるが、直前で身体を逸らして回避するユクエ!! 鎖骨から心臓に入り、背中から刃は突き抜けた。そして、瞬間的に肉体は再生する。まるで霞を切っているような感覚に陥る。首以外の自らの肉体を差し出すかのように躊躇のないユクエの覚悟。痛みは計り知れない筈なのに、それほどまでに背負っているものが重いのか。腹を突き抜けないよう力を加減してドガン!! と蹴飛ばす!! 距離をとったドミネートが口を開く。
「……キミ、直線のスピードなら他の追随を許さないね。けど……身体の扱いはまだおぼつかない。これならツキちゃんの方が善戦するかもしれないよ」
黙ったままのユクエ。一言も発さない。
「あれ、喋んなくなっちゃった。そんなに余裕ない?」
ユクエは、ただじっとドミネートを睨みつける。
「そうまでして見つめられると照れちゃうな。お返しに……誇張なしの最強の一撃で、キミの命を奪ってあげる」
ドミネートはそう言って、姿勢を深く。居合い切りの構えだ。グッと踏み込み、ユクエの首を見据えた。ユクエも刀を構え、生神と化した自分の動体視力を、ただ信じる。───ここに両者、緊張の、一瞬。
ギャン─────────!! 石のタイルを踏み潰して飛び出すドミネート!! 空気の波を滑らかに潜り、乙二式短銃刀の刃はキラリと光を通り越した……!! ギュ、既にユクエの懐に入り込み、時間は更に遅く……。刀の引き金をドミネートが引くと、1発の弾丸が炎と共に撃ち出された……。反動は刀身の勢いを更に加速させ、避けようとするユクエの身体を逃さない!!
ギ。抵抗する隙もなく喉元に刃が食い込んで、ギギギギ……そのままゆっくりと入っていく……。にっこりとドミネートが笑い……首の半分まで到達……4分の3……そして刃が、通り抜けた……ッ!!
ゴロン。頭は転がり、ユクエの首無し胴体はバタリと倒れた。頭と身体は繋がることがなく、ドミネートはゆっくり目を閉じて弔う。目を覚ましたツキがその光景を見て、驚愕した。
「うそ……だろ……。ユクエ……!! ユクエ!!」
必死に呼びかけるが、何の返事もない。もう、彼の首は再生しないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます