第18話 捕まった


そろそろ仕事の時間が終わるなと思うと、落ち着かなくなってくる。


仕事の後はアデルハード様と食事に行くんだけど、すごいの。アデルハード様、すごく悪いの。

道端で抱きしめたいとか、キ、キスしたいとか!


そんなの娯楽小説にもなかった! 普通はお部屋の中とか人目がない場所でとかじゃないの⁉︎ お話ではそう描かれてるんだけど⁉︎


精霊たちが言うには、本人も悪いってわかっているのに、やってるらしい。

困らせたいんだって。困った顔もかわいいんだって‼︎


信じられない! そんな悪いニンゲンだと思わなかった!

でも、「かわいい」って言われると、恥ずかしいのにうれしくて、許しちゃう!

信じられない‼︎


鑑定室でひとり思い出してはジタジタしていると、ガルシア卿がやってきた。


「シルヴィ、この後食事に行かないか」


聞いたことがないような横暴上司の言葉に、わたしは目を見開いた。

「食事に行くぞ」とか「来い」とかじゃないんだ?

いつも冴え冴えとしている青葉色の瞳が、和らいでいる。


「ど、どうしたんですか。ガルシア卿。何か悪いものでも食べたんですか」


「……食べてない。食事はこれからだ」


「あ、そうですよね……。食事の約束があるので、すみません」


「明日は?」


「明日もですかね……?」


ガルシア卿はチッと舌打ちをして、椅子に座っていたわたしの顔を覗き込んだ。


「——おまえの家に結婚を申し入れた」


「結婚? うちと結婚するんですか? あ、ガルシア卿のお姉様とか妹さんがうちの兄に申し入れてくれたってことですかね?」


「おまえは、まったく……俺がおまえにだろうが」


「…………は…………? はいぃぃぃい⁉︎」


至近距離で覗き込んでくる上司から、後ずさった。

突然、一体、なんという冗談を言い出すのでしょうね、うちの上司ときたら!


「な、なぜ、そゆことになったでしょうか……? 今までそんな話出てましたっけ?」


「出てないな」


「あっ、じゃぁやっぱり冗談ですね⁉︎ ああ、びっくりした〜。もう、からかうなんてひどいです」


「冗談じゃない。本当だ」


「うわぁ! ウソでしょ⁉︎ なんでそうなったんですか⁉︎」


「……もう長い付き合いだし、ちょうどいいと思ったんだが」


ちょうどいいって何が⁉︎ もうわけがわからないよ!

クレアに助けを求めるべく鑑定室から逃げようとした時————ざわっと大きな魔力が動いた。

精霊たちが大量に引き寄せられる。


な、何……?


「おい、シルヴィ。話を——」


ガルシア卿が何か言っていたような気がするけど、精霊が吸い寄せられるように動く先へわたしも向かった。


窓口カウンターが並ぶホールは、異様だった。


大量の精霊たちで光の渦が巻いている。もう声がうるさすぎて、意味はひとつもなさない。

だというのに、ニンゲンたちはしんと静まりかえって壁の方に避けていた。


その真ん中に立つのは、マタギ。

獣の毛皮を全身にまとい、クマの頭を被る稀代の魔法使い。

こんなにも光をはべらせているのに、どう見ても堕ちた暗黒僧だ。

それがゆっくりと近づいてくる。


「ひ……ひぇ……」


さっきまで思い出していた悪いニンゲンなんて、全然悪くなかった。

っていうか、同じニンゲンだよねぇ……⁉︎


「ん? あれは前に馬車駅の近くにいた者か?」


わたしのうしろから現れたガルシア卿は、全然何も感じないらしくのんきなことを言った。

ガルシア卿が昔から魔力に鈍感なのは知っていたけど、これを何も感じないとかひどい通り越して尊敬するよ!


「ガ、ガルシア卿、今、そんなのんきなこと言っている場合じゃ……」


どうしちゃったの、アデルハード様は一体どうしちゃったの⁉︎


「のんきってなんの話だ? それよりもさっきの話だが——」


ガルシア卿の言葉を断ち切るように、近づいてきたアデルハード様が口を開いた。


「シルヴィ、こっちにおいで」


「は、はい……」


口調は優しげなのに、なんでこんな怖いんだろう⁉︎

禍々しいマタギの元へ行こうとするわたしの腕を、ガルシア卿が掴んだ。


「おい、シルヴィ。話を聞けよ。俺とおまえの結婚の話だぞ」


アデルハード様をとりまく魔力が、一瞬大きく揺らいだ。


「契約を成せ」



————————バ チ ッ!



皮膚に閃光が走るようだった。

激しい振動。

大量の魔力が動いた。

体の周りを覆っているわたしの魔力が、ビリビリと振動している。


————え……これ、結界破りの魔法……?


似ているけれども音が鳴ったのは土地ではなく、わたしの体を覆う魔力でだ。

どういうこと?

どういう意味?

魔法のことは知り尽くしているはずなのに、こんなことは初めてで頭が動かない。


その魔法を放ったであろうアデルハード様の顔も、驚愕に満ちていた。

自分で使った魔法なのに、なんでそんなに驚いているの……?


「今の……なんですか……?」


やっと口を開くと、頭巾の下から覗く黒曜石の瞳が、一瞬揺れた。


「……契約の魔法だよ」


「契約の魔法……聞いたことがないんですけど……。まさか、禁じられている隷属魔法……わたしを奴隷にしようと……⁉︎」


「いや、違う! そういう魔法ではない!」


「え、だって契約って……。それじゃ、まさか、婚姻の契約……? わたしと無理やり結婚しようとして! って、あれ? 結婚、しますよね……?」


わたしが首をかしげると、アデルハード様は昏く笑った。


「その男が君の家に結婚を申し入れたって聞いたよ。今も結婚の話し合いをするという風に聞こえたけど」


「わたしもさっき初めて聞いたんです。家からは何も聞いてないですし」


そうか、ガルシア侯爵家からの結婚の申し入れの話が原因で、こういうことになってるんだ。

わたしは聞いてないし、うちだって多分承諾してないと思うんだけど。

どこかに誤解がある。


「シルヴィを取られたくなくて、つい契約の魔法を使ってしまったんだよ————弾かれたけどね」


「契約の魔法って……」


「精霊と、契約を結ぶ魔法」


「え…………?」


精霊と契約はできる。とても稀なことではあるけれど。

契約した精霊の力の強さに依るけれども、魔法の力は増すし安定する。

ただし、精霊が気に入ったニンゲンに加護を与えてニンゲンがそれを受け入れたら契約となるわけで、ニンゲンから何かするものではないんだよ。


けれども、さっきのはたしかにわたしの魔力へ干渉していた————。


「え、ニンゲンから、精霊へ……? むりやり精霊を契約させるということ……? そんなこと、できる……?」


いや、できるかできないかは、今どうでもいいことだ。

実際にそれらしい魔法を、今、目の前で見たし。


「それって精霊の奴隷化…………? なんでそんなひどいこと…………」




「気にするのはそこなんだ……? あの魔法は人に向かって放っても、何も起こらないんだよ。詠唱の言葉はただの独り言になる。でも、さっきは反応したよね————ねぇ、どうして私の契約を弾いたの? 私の精霊?」


「……うぐっ……いえっ、そのっ、誤解……違うんです」


とろりと黒曜石の瞳が笑んだ。

目尻が下がった困っているような笑っているような表情。

そんな胸が痛くなるような顔で、アデルハード様はわたしを抱きしめた。


「まぁ、なんでもいいか。離さないよ、シルヴィ。契約できないなら、侯爵家を滅ぼせばいいだけだしね」


ガルシア侯爵家のみなさん、逃げてー!


異様なマタギの様子に凍りついている、冒険者ギルド。

そのど真ん中で捕まったわたしは、ただこくこくと頷くのだった。







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一章・完




コンテスト参加作につき、一旦ここで休みとなります。

そのうち前職場のざまぁ(?)上げる予定です。


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元精霊令嬢、溺愛地雷原をうかつに歩く くすだま琴 @kusudama

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