没個性化

位用

 

 [朝ニナリマシタ、オキテクダサイ……朝ニナリマシタ、オキテクダサイ]

 「……ぁあ、はいはい……」

 生活用のイヤホンから聞こえてくる家庭用AIの声により、男は今日も朝6時53分に目覚める。

 [オハヨウゴザイマス……『本日』ノ『予定』ヲ確認シマスカ?]

「……んや、別にいいよ」

 眠そうに瞼をこすりながら、恐らく今日も何もないだろうと機械音声に返事をする。

 [カシコマリマシタ]


 [『朝ゴハン』ハ何ニナサイマスカ?]

 「なんでもいいよ」

 [カシコマリマシタ]

 AIのごはんはとんでもなく味が薄い。最低限の塩分しか使用していないらしいが、いったいいつから人間はこんなに健康志向になったのか。こんな余計なお世話しかかけてこないAIなんてぶっ壊してやりたいが、これ無しでこの世界で生活を送ることは不可能だし、壊れたらすぐ新しいのが来て意味がないので、仕方なく着けている。

 [『本日』ノ『ニュース』ヲ『オツタエ』イタシマショウカ?]

 「しなくていいよ」

 どうせ大したニュースはしていまい。「どこどこ社がこんなものを作りました」、なんて退屈なニュースだろう。

 朝食を食べたら食器をキッチンに置く。

[『食器』ヲアライマス]

 面倒な家事をしなくてよくなったのはいいが、それだけだ。

 「少し散歩に行く、鍵を開けてくれ」

 [カシコマリマシタ……『本日』ノ『仕事』ハ8:20カラデス。ソレマデニ『オカエリ』ニナッテクダサイ]

 仕事はどこもすっかりテレワークが主流で、わざわざ皆で会社に集まって仕事をしよう、というもの好きはどこにもいない。

 「さて、どこまでいこうか……音楽をかけてくれ」

 [カシコマリマシタ]

 景色は代り映えのないマンションばかりだし、コンビニも本屋も全てネットの中に入ってしまったため、『どこまで』の『どこ』が具体的に存在しないわけだが。車が使われなくなったので使われることが無くなったが、なんとなくまだ残っている道路を進んでいく。


 「歩道橋……」

 結局今日もここへ来てしまった。

 一段ずつ昇っていき、中央に立ってみる。

 そして、飛び降りる。

 車が通っていないとはいえ、落ちれば余裕で死ねる高さだ、……が。


 [『落下』ヲケンチシマシタ]

 耳からそう聞こえると、体が落ちる速度が急激に遅くなり、地面にゆっくりと着いた。……また失敗だ。

 [『今月』“6”カイメノ『落下』デス。キヲツケテ『生活』シテクダサイ]

 「あぁ、はいはい」

 『生活』ねぇ。

 [『仕事』ノ『時間』ガチカヅイテイマス]

 「あぁ、もうそんな時間か」

 もうちょっと歩いていたかったが、仕方ない。自分の住むマンションに向けて足を進める。


 『んじゃ、それでいきましょうか』

 『あぁ』

 「さて、今日も早く終わったな」

 3人で話し合いをするだけで、後はAIが全て行ってしまう。ここだけでなくどこもこうだ。張り合いが無くてつまらない仕事だが、この前ニュースで『仕事が生きがいです!』という奴がいることに驚いた。世も末だ。




 『そうだ、部長達聞きましたか?』

 「内容を先に言ってくれなくちゃ分からねぇよ」

 『そりゃそうだ』

 『そっすね、すいません……えっと、××社が『寿命の延びる薬』を販売するんですって』

「え⁉」

 『おぉ…どうした?そんな驚いて』

 「あ……すいません」

 『でもすごいっすよね、これ』

 『あぁ、私も飲んでみようと思っているよ』

 ついにか……。


 男は不老不死だった。何回も危険なことをし、暴飲暴食を重ねたり、ビルの屋上から飛び降りても死ぬことや健康を損なうことは無く、いつまでも若いので皆に注目されながら仕事をしていた。

 しかし、今の時代は危険なことを許さず、AIに徹底的に食事を管理され、飛び降りたら綺麗に着地してしまう。仕事はテレワークになり相手の顔を見なくなったのでずっと一緒に仕事をしていても驚かれることは無く、あの時すごいと言ってくれた同僚は皆死んだ。

 

 そしてついに寿命が来ないアイデンティティも消された。生活が便利になるごとに個性を殺されていくな。いつしか特別だった俺はいなくなってしまうのか……。いや、もしかしたらもういないのか。

 この身体では自殺することも叶わず、男は空虚な人生をこれからも過ごしていかなければならない。

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