第2話 積極的に

私は昔から優秀だった。やれば大抵のことはすぐにできた。勉強も運動も人並み以上にこなせていた。

そのおかげか先生からの信頼もあった。中学に上がってからは何かと雑用を任されることが多くなった。教室にクラスメイトのノートを持って行ってくれだとか、放課後残って明日使う書類をまとめてくれだとか。

委員長という立場もあってか、先生からは色んな雑用を言い渡された。


最初の頃は全然苦ではなかった。頼られて悪い気はしなかった。しかし、段々頼られることが多くなるにつれて、疲れてきてしまって、でも先生から頼まれると断りずらくて、結局ひきうけてしまうという悪循環に陥っていた時に助けてくれたのは良だった。


先生に頼まれていたことを一人で終わらせられるか不安だったときに手伝ってくれたのも、知らない間に先生に私が言いたかったことを言ってくれたのも良で、それを知った時やっぱり好きだなと思った。


初恋だった。

幼い頃は淡く、不明瞭で存在しているのかも曖昧だった感情は年々大きくなって鮮明に形作られた。幼い頃は実感のなかった許嫁という立場も素敵に思えて、大人になったら良と結ばれることは決まった未来だと思い込んでいた。


良の気持ちも確認しないまま。



ファミレスを出て、私と羽川は近くの小さい公園に移動した。

私がみっともなく泣き出してから周りの視線が徐々に集まってきていて、いたたまれない気持ちになっていたら、羽川が気づかないうちにお会計を終わらせていて、外に連れ出してきた。

だいぶ時間が経っているから涙も嗚咽もましになっていた。


冷静になってきた頭でふと疑問に思う。私はなぜ羽川とわざわざ公園まで来てベンチに腰かけているのだろうか。ファミレスを出たのなら家に帰ればよかったのに。

腕を握られて、前を歩く羽川の背中を何も考えずに追いかけていたらこんなところまで来ていた。


「ねぇ、これは煽ってるとか、からかってるとか、意地悪してるとかじゃなくて純粋に聞きたいだけなんだけどさ」


前置きが長い。言いたいことがあるならはっきり言ったらいいのに。


「あんたってあの男のどこが良かったの?」


目を見開いて羽川を見る。彼女の顔にはいつもの嫌味ったらしい笑顔はなかった。


「…傷心中の女子に今それ聞く?」

「だって気になったから」


前言撤回。言いたいことがあったとしても、タイミングと言い方ってものを改めて欲しい。


「…わからない。わからないくらい好きなの」


良の好きなところ。いいなって思っているところ。そんなの数えきれないほどある。

どこが一番好きだとかは決められない。

隣にいるのが当たり前で、良がいない生活なんて考えられなくて。良は幼い頃からずっと一緒で、私の日常の一部。


「ふーん。あいつってそんなにいい男?」

「羽川には理解できなくても、私にとっては最高にいい男なの」


わかっていなさそうな羽川が生返事を返してくる。それに苛立ちを覚えたけど、いちいち突っかかっていたら話が脱線してしまうので今回はスルーした。


「なら、それをあの男に言えばいいんじゃないの」

「え」

「聞いてた感じあんたの気持ちにあの男、気づいてないっぽいじゃん。今まで好きだとか言ったこと一度もなかったの?」


数秒、思考して頭を抱える。


「そ、そういえば一度も好きって言ったことない…」

「やっぱり。それで被害者みたいな顔するのは筋が通ってないわ。意識させちゃえばこっちのもんなんだからグイグイいっちゃいなよ」

「で、でも…」

「尻込みするくらいならさっさと諦めて次にいけば。恋愛なんて、結ばれてハッピーエンドか、振られてバットエンドかの二択しかないんだから。…あ、でもあんたが体の関係だけでもいいなら選択肢は増えるけど」

「か、体の関係…っ!?」


良と私が…?

想像してみて頬に熱が集まった。


「その反応じゃあ、あんたに体の関係だけは無理だね。絶対やめといた方がいいわ」

「なっ…べ、別に全然、へ、平気だけど…!?」

「ダメダメ。やめときな。利用されて終わりそうだし、あんたにそういうのは似合わんわ」

「そ、そういう羽川こそどうなの」

「どうなのって?」

「だ、だから…そ、そういう経験したことあるの…?」

「……さあ、どうだろ」

「うわっ、ずるい!」

「わたしのことなんて今はどうでもいいでしょ」


どうでもいいけど、どうでもよくない。

だって私はこんなに恥ずかしい思いをしているのに、羽川は涼しい顔で表情一つ変えない。私ばかり狼狽えていて不満だ。


「あの男が好きならあんたはもっと積極的になった方がいいよ。口に出さず、心の中で好きだって思ったところで相手には伝わらないんだから」

「うっ……」

「ま、頑張んなよ。諦めきれないならね」

「わ、わかってるし…」

「ならいいんだけど」


さっきはスルーできたのに、半目で見てくる羽川に腹が立って、いつもの口喧嘩に発展した。

私たちは日が暮れるまで、会話が途切れることなく、言い合っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る