白い手袋

九月ソナタ

白い手袋



 その頃、わたしはミシガン州の大学に留学していて、ドミトリーの三階の個室に住んでいました。毎日、課題がたくさん出るので、なんとかクラスについていこうと勉強している夜中、こつんと音がしました。窓に小石が投げられたような音。だれかいるのかな、と思って窓の下を見ても誰もいません。そんなことが三回くらいありました。


 私はその頃、生涯で一番もてたのですが、残念ながら、他の学生が遊んでいる週末には、特に、少しでも差を縮めるべく勉強をしなくてはならなかったので、アメリカ青春ドラマにでてくるようなデートとは、無縁の生活をおくっていました。でも、感謝祭とクリスマスだけは、勉強をお休みしました。


 ミシガンに来てから二度目のクリスマスがやってきました。私のホストファミリーは隣りのインディアナ州にいて、長い休みにはその家を訪れます。日本からの学生は休暇には行くところがなくてキャンパスに残るのに、私には帰るところがあってラッキーと思いました。


 一度目のクリスマスは、帰ってファミリーに会うのが待ちきれないくらいでしたが、二度目のクリスマスになると、友達からうちにこないかという誘いがあり、そちらのほうに行きたい気持ちが大。でも、ホストファミリーからはいつ帰ってくるのという催促があるで、仕方なく(自分でもゲンキンだと思いながら)、グレイハウンドのバスに乗りました。

 

 長距離バスの駅までは、よくカフェテリアで会う友達が車で送ってくれました。その彼はニューヨークに帰ると言っていたので、しばらく会えないのかと思うと、さみしい思いがしました。


 インディアナ行きのバスは混んではおらず、私は真ん中あたりの窓際にすわりました。席に座ると、コートのポケットに手袋がありません。ドミトリーの机の上に置いてきたような気がします。

 それは白い手袋で、刺繍をした軍手のような手ざわり。昨年、ホストファミリーからの、クリスマスプレゼントのひとつとでした。

 でも、バスはあたたかいし、あちらにつけば妹のようなバーバラから借りればいいのだから、問題はありません。

 

 バスにゆられるとすぐに眠気が襲ってきて、うとうとしてしまいました。

 どうやら、バスが次の駅に止まったようでした。グランド・ラビッツという駅名が見えました。

 すると背の高い男性、たぶん運転手がつかつかと通路を歩いてきて、私とのころで立ち止まり、何かを差し出しました。

 わたしに、ですか。


 手渡されたのがあの白い手袋だったので、私が手袋を車の中に忘れたのを友達が見つけて、このステーションに届けてくれたのだろうと思いました。そういう機転のきく人でしたから。

 当時はメールも携帯もない時代でしたから、そのことは確かめないまま、クリスマス・ホリデーが過ぎていきました。

 

 帰りは、インディアナから大学までは、わざわざ運転して送ってくれるというおばさんと出会い、世の中には親切な人がいるものだと思いました。

 そして、まだ学生が戻っていない閑散としたキャンパスに着きました。


 ドミトリーの部屋にはいると、机の上に、あの白い手袋が置いてありました。

 えっ。

 どうして同じものが、ここに。

 

 私がコートのポケットの中に手をいれると、そこには手袋がありません。

 えっ。

 今まではめていたのに。


 ニューヨークから友達が帰ってきたので、白い手袋をグランド・ラビッツの駅まで届けてくれたのかと訊くと、ノー。手袋のことは、何も知らないと。


 今でも不思議に思っている出来事です。






























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