境界線の色

小春

私の想う人。

学生の頃から私は周りに結婚しないと宣言していた。必要ないと思っていたからだ。

結婚なんてリスキーなギャンブルをするぐらいなら1人で好きなように生きたいと思う。

実際、勉強や仕事に夢中の生活を10年近く送っていた。


そんなある時、友人からの誘いで参加したイベントをきっかけに私は彼を知った。特に何かがあった訳でもない。ただ何となく、いいなと思った。本当にただの気まぐれ。


最初は私から彼に手紙を送った。

「良ければ彼女候補にしてください」と。

彼から連絡が返ってきた時には仕事中にも関わらず舞い上がって少し口元が緩んだ。

「手紙をありがとう。これからお互いのことを知っていけたら嬉しいです」と。


そこから毎日やり取りは続いた。

長期休暇の際には一緒に出かけたりもした。

天真爛漫で未練を残さないよう毎日を全力で生きる私とは正反対の穏やかな人だった。

学生時代からの宣言とは裏腹に私は彼に惹かれていく。

口下手で、寡黙な人。

とてもとても優しい人。


そうと知りながらも日が経てば経つほどに宙ぶらりんな関係が私の不安を募らせた。


頻繁に連絡が欲しい訳でも、無理をして欲しい訳でもなかった。

ただ、もう少し愛情表現が欲しかっただけ。

私に気持ちが向いてることを知りたかっただけ。


マメに連絡を返すのが苦手なんだと言いながらも仕事の合間を縫って毎日、彼は連絡をくれた。休みの日にはよく海を見に行くと言って、たまに出かけ先の写真も送ってくれた。


ただ彼は私の名前を呼んでくれない。

付き合おうとも、どうなりたいとも言ってくれない。


梅雨も明けきらない中で猛暑が続く日々とは違い、段々と私の心には秋の香りが立ち込める。

それでもたわいもないやり取りが嬉しくて

気づけばそんな日々を半年以上続けていた。


仕事帰りに勇気を出して私から連絡する。

「会えるなら会いたい」と送ってみた。

これが始まり。

彼からも返信が来る。

「長期休暇がとれなかった。1ヶ月間、日本からもいなくなる」とだけ書かれていた。

返信がきたのは初夏を過ぎた頃。

予定を空けて待っていた私にとっては想定外の連絡。もう2ヶ月間、会えていなかった。

それでも、出来ないわがままを言って彼を煩わせたくはない。

会いたい気持ちを押し込めて、

「どうかご安全に」と私も返した。


その後、音沙汰なく週末を過ごし、また週が明けると連絡を送った。

「少しは休めた?」

ほどなくして彼からの返信が鳴った。

「むちゃくちゃゆっくり過ごせました」


その時、自分の中で何か言いようのない悲しさが込み上げてきたことに気づいてしまった。些細なこと、とても些細な気持ち。

いつも通り押し込めてしまえば良かったと今なら思う。


しかし、ここで間違えるのが人生のお約束。

「不安なこととか色々伝えてしまいそうだから少し連絡控えるね」

それから1週間、彼からの返信はなかった。


もやもやとした時間を過ごし、意を決してもう一度連絡をしてみる。

「あなたの状況や考えていることが分からない」と。そして「もし、もう連絡を断つならちゃんと言って欲しい」とも。

わざわざ切られに行くこともなかったのに本当に何を言ってるのか。

案の定、彼からの返信にはこう書かれていた。「もう気持ちを向けることが出来ない。ごめん」


苦しくて悲しくて自分の馬鹿さ加減と弱さに気づいてただ、ただ、泣いた。

何故、待つことが出来なかったのか。

不安な気持ちを先送りにしてただ、彼の無事を願うことだけを考えられなかったのか。


それからは特に何もない。

誰かに言うことも縋るような連絡をすることも無かった。

それでもいつも通り仕事をしなければならないことだけが憂鬱だった。

空を見ても、海を見ても、あまつさえ各地の天気予報を見ることでさえ彼を思い出させるからだ。


きっと彼は彼の帰りを黙って静かに待ち続けられる人を求めていたのだと思う。

彼女の横には柴犬も一緒にいたりして、穏やかな彼女との時間を求めていたのだと思う。

休日には読書をして過ごし、控えめで色白で、染めたことがないような黒髪のショートヘアをした普段はメガネをかけて過ごすような女の子。

言葉数は互いに少なくても、そっとお互いを想い会うような言葉がつける人。

名前ははなちゃんか、かほちゃんか、ほのちゃんか。

きっと彼はなんてことは無い日に彼女と出会い、日常の中で「付き合おう」でも「愛してる」でもなく、「一緒に暮らさない?」と提案するのだろう。

2人の生活の中で今度は「結婚しない?」とでも言い、そして子供が出来たら帰宅して、そのまま何時間でも子供を眺めているようなそんな生活を望んでいる。

彼女に「お風呂湧いてるよ、入らないの?」と言われながらも絶え間なくやってくる訓練とアラートの疲れを癒す時間を彼は愛おしく想ったりなんかするのだろう。


彼のこれからの人生を想像し、淡い色味が心を覆う。空と海が交わるようなそんな色味。

こういう部分を水天一碧と言うのだそう。

もう私と交わることはない彼の人生、どうかどうかご無事で幸せに。


そんな彼は今日も日本の、いや世界のどこかで戦闘機に乗り、想像の計り知れない重圧と戦いながらも日本を守ってくれている。


やり場のない寂しさを残して。

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