ドラゴンハンターとスポーツカー好き

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ドラゴンハンターとスポーツカー好き

 真夏の日差しがジリジリと肌を焼く中、オレはスポーツカーのボディーにもたれながら一通の手紙を読んでいた。白い封筒には差出人の名も無ければ住所も書いていない。だが、使い魔の赤い小鳥が持ってきた時点で誰が送ってきたのかはすぐに分かった。


 手紙には父親の達筆な字で書かれた長ったらしい文章が並んでいるが、要約すると「早く家へ帰ってこい」とのことだ。ちなみにこれで記念すべき30通目の手紙である。


「何度送ってきても答えは同じですよーだ」


 そう独り言ちると手紙をクシャクシャに丸め、クルマの屋根に止まっている小鳥をシッシッと追い払った。小鳥は小さく鳴きながら赤い羽毛を散らしそそくさと飛び去っていった。


「ったく……ルーフにキズがついたじゃんかよ。修復代の請求書を持たしとけばよかったな」


 オレは不機嫌になりながらもドアを開けて運転席へと乗り込んだ。さっきまでクーラーが効いて涼しかった車内は今や湿度を帯びた熱気に支配され、文字通りサウナ状態となっていた。


「さあーてお仕事お仕事っと!」


 ネクタイを少し緩め、刺しっぱなしにしてあるキーを回しエンジンをかけると、一瞬にしてレーシングカーのようなけたたましい轟音が車内全体に響き渡った。


「今日も頼むよーオレのカワイイWRXちゃん♡」


 慣れた手つきでニュートラルから1速へシフトチェンジをし、オレの愛車ーースバル インプレッサWRX STIが走り出す。


 車窓には青々と茂った木々が流れ、フロントガラスにはクルマのカラーと同じ夏の青空が広がっていた。



「はあっ……はあっ……!」


 闇に包まれた富士の樹海を、私は傷を負いながら無我夢中で走っていた。体中からは汗が吹き出し、狩猟用の服はビッショリと濡れている。


「グルルラアアアア!!!」


 心臓まで届く咆哮と木々をなぎ倒す音が背後から否応なしに襲いかかる。鼓動の音が警鐘のように体内で響き、荒くなった呼吸をするたびに微かに鉄のような匂いがした。強化魔法をかけた脚のおかげでなんとか逃げられているが、正直言って体力がもう限界だった。


「キャア!!」


 スピードが乗ったまま太い木の根につまずき、そのまま勢いよく地面に転んでしまう。


「いったあ……」


 ゆっくりと立ち上がろうとしたその時、耳をつんざく咆哮とともに地面が突き上がるほどの揺れが起きる。


 とうとう、アイツに追いつかれてしまった。


 バキバキと木を破壊しながら赤いソイツが姿を現す。全身を覆うのは燃え盛る炎のような鱗、強靭な四肢に背中には羽ばたくだけで暴風を巻き起こす巨大な翼、そして肉食恐竜のような頭を持つ巨大生物ーーそう、ドラゴンだ。


「グルルル……」


 鋭い歯が並ぶ口からは炎がくすぶり、巨躯から発せられる熱気がじわりと肌に伝わってくる。


「くっ……」


 私は、自分の力を過信していた。無謀にも協会の規則を破って1級クラスのドラゴンに立ち向かった結果がこれだ。自慢の氷結魔法の数々もアイツには一切効かなかった。おかげで防戦一方となってしまい、しまいには魔力が枯渇しかかっている。


 次第に私の中で絶望感が闇のように覆い尽くそうとしていた。


「グガア!!」


 突如ドラゴンが大きな腕を振り下ろす。咄嗟に無詠唱で防護魔法を展開するが、そのまま近くにある巨木に体ごと叩きつけられた。


「カハッ……」


 凄まじい衝撃とともに口の中に血の味が広がる。防護魔法のおかげで即死は免れたものの、体に力が入らない。そして、ついに頼みの綱である魔力が完全に枯渇してしまった。


 ドラゴンは口いっぱいに炎を携え、私を睨みつけてくる。体中に伝わってくる凄まじい熱気が、私の全てをーー生きる希望さえも焼き尽くしてしまうような心地がしてたまらなかった。


『私……ここで死ぬんだ』


 その時だった。


「グギャアアア!!」


 聞いたことのないドラゴンの声が樹海全体に響き渡る。恐る恐る瞳を開けると今まで炎が揺らめいていた口から赤黒い血が大量に垂れている。よく見るとドラゴンの背後にある木には青い柄の剣がぐさりと突き刺さっていた。


「一体何が……」


「ひゅーっなんとか間に合ったぜ!」


 声がした方を振り向くと、そこにいたのは琥珀色の瞳をした銀髪ロングヘアーの若い女性だった。


「ってお前、ケガしてんじゃん」


 鈴のような声音には不釣り合いな口調で話しかけてくる彼女。18歳の私と同い年か少し年上だろうか、容姿端麗で白い半袖ワイシャツの胸元にはスラックスと同じ青のネクタイが結ばれていた。


「待ってろ。治してやる」


 そう言うと彼女は即座に無詠唱の治癒魔法を発動し、私のケガを治してくれた。


「あ、ありがとうございます……」


「礼ならあのデカブツを倒してからだ」


 彼女の後ろではさっきまで私を襲おうとしていたドラゴンが苦しそうに立っていた。


「お前はそこで休んでな。すぐにカタをつけてやる」


 次の瞬間、ドラゴンの周りに無数の剣が現れ一斉に襲いかかる。


「これって……創剣魔法……?」


 大雨のように降り注ぐ剣がドラゴンの巨躯を蹂躙していく。甲高い悲鳴を上げながらのたうち回る様子を見ていると、今まで苦戦してきたことが嘘みたいに思えてくる。


 しかし、ドラゴンもやられっぱなしではなかった。剣の雨に耐えながら自身の前方に赤い魔法陣を展開させていく。


「魔法を使う気ね……」


「んなことさせねえよ!」


 突如として地面から大剣が射出されドラゴンの口を串刺しにすると、展開されていた魔法陣にヒビが入り無惨に砕け散っていった。


「魔法を封じる魔剣だ。大人しくしてな」


 そして彼女は黒い大剣を召喚するとそれを手に取り猛スピードでドラゴンへと向かっていく。


「トドメえええ!!!」


 私は、空高く飛び上がった彼女に釘付けになっていた。その姿はまるでファンタジーやゲームに登場する勇者のようだった。


 ドラゴンの真上まで飛び上がった彼女は、青白く光る大剣を大きく振り下ろしドラゴンを一刀両断にした。


「グギャアアアアアアア!!」


 鼓膜が破れるほどの断末魔とともにドラゴンが崩れ落ちる。


「大丈夫か?お前」


 あまりの怒涛の展開に思わず呆気に取られていた私の元に彼女は心配そうに歩み寄ってくる。


「あ、はい……助けてくれてありがとうございました」


「これくらい良いってことよ」


「あの、さっきのはもしかして御剣みつるぎの創剣魔法……?」


「ああそうさ」


 御剣家ーーそれは魔法に通じる者なら誰もが知っている名家の一つ。彼らは世界で唯一、創剣魔法と呼ばれる魔法が使える選ばれし人間達なのだ。


「どうして御剣家の人がこんなところに?」


「ちょうどここを通っている時にドラゴンのデカい鳴き声が聞こえてね。相当キレてるときの鳴き声だったから嫌な予感がして探していたんだよ。一応オレ、1級のドラゴンハンターだからさ」


「1級って、最高位じゃないですか……!」


「ま、まあそれほどでもないけどよお……」


 私が先生の眼差しを送っていると彼女は少し恥ずかしそうな素振りを見せていた。


「コホン……にしてもお前、なんであんな無茶をしたんだ。その肩のバッジって3級のだろ?」


「は……はい」


「自分のクラスより上のドラゴンとは戦っちゃダメって規則にもあるだろ。何か理由でもあるのか?」


「……強く、なりたかったからです」


「ほう」


「私、どうしても強くならないといけないんです。強くなってお父さんのような1級のドラゴンハンターになるって約束したんです。でも、私が8歳の時にお父さんが仕事中に亡くなって……」


 話せば話すほど亡くなったお父さんの姿を思い出してしまう。いつの間にか、私は涙を流していた。


「だからってこんな無茶して死んだら元も子もねえだろ……色んな人を悲しませてしまってもいいのかよ」


「私のことを心配する人なんて、今はいませんから……」


「母親は?」


「……私を産んだ時に亡くなりました。お父さんが亡くなってからは親戚の家を転々として、高校を卒業してからはこの近くの町で一人暮らしをしながらドラゴンハンターをしています。だけど、どんなに頑張っても3級より上のクラスになれなくて……1級のドラゴンハンターになって天国にいるお父さんを喜ばせたいのに」


「ふうん……そんなに強くなりたいんだな」


 彼女は一呼吸置くと少し何かを考えていた。そしてーー


「よし決めた。お前、オレと一緒に来ないか?」


「え?」


 急に突拍子もない事を言ってきたので思わず思考が停止してしまった。


「オレさ、ドラゴンハンターをしながら日本中を旅して何でも屋をしてるんだ」


「何でも屋?」


「そ、困っている人を助ける仕事。ちょうど相棒を探してたところなんだよ」


「相棒……」


 その言葉に一種の憧れを抱いてしまった。両親を亡くして以来、私は自然と人を避けるようになり、誰かと強さを追い求めるといった経験がなかった。もしかしたらこの人についていけばーー


「……あなたと一緒なら、私は強くなれますか?」


「んなもん分からねえよ。でも……」


 やがて彼女の背後からオレンジ色の光が差し込み始める。


「絶対楽しいぞ」


 彼女の笑顔を見て決心がついた。


「あなたの旅、ご一緒してもいいですか?」


「もちろん!」


 彼女が差し出した手を私はぎゅっと握り返した。


「オレは御剣 みつるぎれい。お前は?」


「青野 あおのすばるです。玲さん、これからよろしくお願いします」


「こちらこそよろしくな、昴」


 これが、私と玲さんとの運命の出会いだった。






「ちなみに何で旅してるんですか?キャンピングカーです?」


「この子さ」


 私の目の前にあったのは、青い色をして大きな羽?みたいなのが後ろに付いているスポーツカーだった。


「これですか……?」


「そう!これはインプレッサWRX STIっていうスバルが誇る水平対向エンジンを積んだ四輪駆動のスポーツカーで世界最高峰のラリー選手権であるWRCで何度もマニュファクチャラーズタイトルを獲得したスゴい車でーー」


「何言ってるか全然分かりません。……もしかしてこの車の中で泊まるんですか?」


「金がないときはな」


 出会って早々先が思いやられる私だった。


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ドラゴンハンターとスポーツカー好き 管理人 @Omothymus_schioedtei

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