星掘り

 先客との戦闘は激化した。敵対勢力の船であると確認したのち、先制攻撃に移ったが失敗した。戦闘力では明らかにあちらのほうが上だった。レーダーにより発見した雪中の氷塊の裏に回り、攻撃をやり過ごす。雪流に身を任せて、背後に回り込む。


「撃て! 撃て!」


 船内で部下たちの怒声が飛び交う。しかし距離が近すぎて、雪中魚雷もろくに通らない。勝ち目はなかった。

 そこで異変が起った。船が大きく揺れる。


「重力源が消失しました!」

「消失だと!? 馬鹿な!?」


 しかし好機でもあった。重力が乱れたことにより、敵船の舵に大きな異変が起きていた。こちらのほうが小さい分、被害も最小限にとどめられた。

 ありったけの武器で、むこうを撃つ。数分後、大きな振動が雪を伝って震わせる。


「敵船の崩壊を確認しました!」


 船内に歓声が飛び交う。祝杯のムードが漂った。

 隊長は罪悪感で少しうつむく。

 距離をおいて、様子を伺った。どうやら完全に無力化できたようだ。

 しかしながら資源として当てにしていた重力源は消失してしまった。


「しかし、一体どういう事なんだ? 重力源が消失するなんて」


 隊長のつぶやきに部下が答える。


「考え難いことですが、おそらく……」


 部下の言葉は隊長を驚かせるものだった。とても信じられることではない。しかしながら計測した数値は部下の言葉の正しさを物語っていた。

 雪中船は重力源があった場所に向かうことになった。分厚い氷盤を破ると開けた空間に出た。隊長はあたりに敵がいないことを確認し、宇宙服を着て船外に出る。

 そこでは地面が広がっていたが、重力は足元ではなかった。吸着ブーツをはいて、降り立つ。暗闇が広がっていたが、照射しても果ては見えなかった。


「まるで宇宙の果ての壁を破ったかのようだ。おい、いったいどれくらいの広さがある?」

「計測結果が出ました。半径が約12万kmの球体の空洞となっています」

「12万kmだと!? 大型の惑星より大きい……いや、小型の恒星規模じゃないか!」


 そこまで言って、隊長はあることに気が付く。部下はそんな彼女の変化も気にせずに話をつづけた。


「これは私の推測ですが……先ほど重力源を観測していた時は、確かにここに星が存在していたのでしょう。しかしながら雪の中は時間の流れが一定ではありません。死んで埋めたはずの人間が生き返ったという話も聞いたことがあります。おそらくはここにあった星は長い時間をかけて何らかの手段で消失させられたのです。そして我々はその未来の時間に接続してしまったと」


 隊長は数歩ほど歩き、立ち止まった。そして自分が涙を流していることに気が付いた。

 思い起こさせるのはかつての記憶だった。


「雪モグラがくり抜いて行ったんだ」

「はい?」


 初めて死体に触った時のことなどほとんど覚えていなかった。先輩を埋めてから数えきれないほどの人を殺した。だから最初のことなど順番の違いでしかない。ただ、ある日。雪モグラの話を聞いた時、らしくもなく怒りをこみ上げさせた。なんだったのだろうか、あの感情は。

 人は殺せるが、犬は殺せないという兵士が他の部隊にいたのを覚えている。自分もまたあれと同じなのだろうか。自分には精神的に欠けたものがあるのではと診察を受けたところ、そんなことはなく、ただ未熟な部分があるだけだと言われた。あなたのような人はいっぱいいると。自分に嘘をつき、感傷を別のものに置き換えているだけだと。今流れる涙は偽物かもしれない。人間嫌いを気取ってサイコパスぶっていたが、実は人間が好きだったのかもしれない。人間嫌いを気取っていたのでモグラの話に感動しているのかもしれない。別に先輩のことが好きじゃないと言っていたが好きだったのかもしれない。妹は先輩のことが好きなのではなく私のことが好きだったが、私は先輩のことが好きだったので、邪魔な彼女に近づくために付き合った後殺したのかもしれない。

 涙を止めようとしたが、出来なかった。


「雪モグラは成し遂げたんだ。人間の作った嘘の物語ではない。自分たちの物語に作り替えて星を持ち帰った」


 隊長はその場に崩れ落ちた。

 兵士はあわてて駆け寄る。


「隊長?! 大丈夫ですか?! 確かに資源はなくなってしまいましたが、この空洞は居住地として使えそうですよ! このサイズだと強度に心配がありますが、逆説的に言えばこのサイズで崩れてないからこそ安定しているといえます。今は暗いですが、ちゃんと光源を用意すれば明るく輝くでしょう」

「いや、今も明るいよ」


 隊長は立ち上がり、涙をぬぐった。

 そして懐に入れていた掌サイズの冷凍庫から、すっかり小さくなった氷の玉を手にする。

 スコップは先の大戦で失ってしまった。偽りの星の光で鍛えられたスコップだ。先輩はかつて騙されているのは我々かもしれないと言った。我々の知る常識など危ういものだという意味だろう。現にこうして星を掘り起こすという常識外れの偉業を星モグラは達成した。偽りの星の光で鍛えたスコップは偽史の力だが、今ではモグラは本物の星の力を持っているはずだ。偽物と本物など容易に入れ替わるということだ。

 隊長は自分の気持ちに整理がつかないまま涙を流し続けた。


「この星は明るい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星掘りの雪モグラ 五三六P・二四三・渡 @doubutugawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ