大樹の独白
風宮 翠霞
第1話 大樹の独白 (始)・(終)
夏の始まりの爽やかな日差しの下で、私は今日も人々を見守る。
––楽しそうに走り回る子供達。
––赤子を抱えて幸せそうに笑い合う男女。
––木陰のベンチで穏やかに会話する老夫婦。
嗚呼、幸せだ。
穏やかな日常が、当然のように存在する良い時代になった。
––食べ物が手に入らず、盗みでもしないと飢えて死んでいった子供達。
––赤子を庇って炭になった父と、黒い雨によって赤子を置いて死んでいった母。
––川に飛び込み、そのまま浮かんで流れていった老人達。
世界が赤と黒に染まり、生物が死に絶えたあの日から、たった七十九年。
原子爆弾という最低最悪の兵器が、日本に投下されてから八十年も経っていないにも関わらず、人は見事日常というものを取り戻した。
それは嬉しくもあり、そして不安でもあった。
––『芽だ‼︎芽が出てるよ‼︎』
あの日生きていた子供達は、歳をとって少しずつ少なくなっている。
平和な時代しか知らない世代は、あの日の事を少しずつ忘れる。
興味を失い、少しずつあの悲惨な日々を知る人はいなくなっていく。
私の事は……私達【被曝アオギリ】の事は、いつまで憶えていてくれるのだろう?
どうか、どうかもうあの惨状が繰り返されないように……。
憶えていてくれ。
あの日、無念だと感じたまま消えた命の灯火が数多くあることを。
忘れないでくれ。
あの戦争で、どれだけのものが犠牲になったのかを。
語ってくれ。
終戦後も続いた、あの地獄のような日々を。
私には、私達には、ただ示し続けることしかできない。
君達が何もしなければ、あの歴史は過去として埋まってしまう。
私が、君達を
君達は私達の事を、語り継いでくれ。
願うのは、【過去の継承】。
そして、【平穏の継続】。
あんな時代が、二度と訪れませんように。
この平和な時代が、ずっと続きますように。
私はそんな事を願いながら、木漏れ日に眩しそうに目を細める学生を見送り、フワッと吹いた風に合わせて葉を揺らした。
大樹の独白 風宮 翠霞 @7320
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