怪談師

ねぱぴこ

怪談師

 いやあ、月日が経つのはあっという間で、私がこの仕事を始めてから四十年も経ったらしいです。って、他人事ひとごとじゃないんですけどね、ははは。

 もともと怪談を聞くのが好きで、他の人の怪談が聞きたいあまりに、自作した怪談を飲み屋なんかで披露ひろうしてたんですが、それがまあ、まさか、こんな仕事になるなんてね。人生、何があるかわからないですよ、ほんとに。

 私も近頃、としを取って、立ったり座ったりするだけでも億劫になってきました。……闘病中? ああ、週刊誌に書かれた例のやつですね。私からはノーコメントで。年齢についても、死ぬまで公表しない予定です。はは、死んでも、か。

 ……うだうだしないで、早く怪談を話せって? ですよね、みなさんそれを聞くために、遠いところからわざわざ足を運んでくださってるんですもんね。……けど、私はもう、ここで話すべきことがさっぱり思い付かないんですよ。これも年のせいですかねえ。

 けど、悪いことばっかりじゃなかったですよ。こうして舞台の上から客席を見ているとね、私の怪談が始まるのを、今か今かと目を輝かせて待っているお客様の顔が、よおく、見えるんです。私が十年前に話した怪談をいまだに覚えていて、あの話が怖くて忘れられない、なんて感想を送ってくれるかたもいてね。そりゃ、ちょっとは申し訳なかったけど、怪談師冥利みょうりにつきるなあ、なんて思いましたね。

 テレビやラジオや、動画配信サイトも経験しましたけど、私はやっぱりお客様の顔がよく見える、こういうところでやるのが一番好きですね。

 ……あ、そうだ、やっと思い付きました。

 これが、です。


                  *


 そう言うと怪談師は、舞台の上からふっと消えた。そこには、怪談師の着ていた浴衣だけが残っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怪談師 ねぱぴこ @nerupapico

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ