第37話 高田さんと〝デートごっこ〟
高田さんは今日私たちが会ったのは「偶然」だと言った。
でも、実際はそうじゃない。必然だ。
だからいっしょにどこかへ行こうという展開になったのは、私からしてみればまさに〝棚から牡丹餅〟という状況だった。
べつに深い意味はないと思う。いつもの気まぐれ、お願いだ。
例の、恋人同士がするようなことをする。休日にいっしょに出掛けるなんて、その最たるものだろう。
言わば、これは〝デートごっこ〟だ。
冬休みに入り、彼女の私服もだんだん見慣れてきたと思っていた。けれど、こうして外で見てみるとまったく違った印象を受ける。
数歩さきを歩く彼女を見て、私は胸の高鳴りを押さえるように息を吸って吐く。
図らずもデートみたいな状況になった。
もちろん実際にはそうじゃないし、傍から見てもそう見えるはずはない。私たちは女同士。そう思う人はいないだろう。
それでも私は、意識せずにはいられない。
「高田さん、どっか行こうって言ってたけど、どこ行くか決まったの?」
「スマホで調べたんだけどさ、近くに遊園地ができたみたいなの。そこ行ってみない?」
遊園地か。もう何年も行ってないな……
最後に行ったのはいつだったか思い出そうとしていると、私の沈黙を不審に思ったらしい。高田さんは「イヤ?」と訊いてくる。
「べつにイヤじゃないけど……高田さんはいいの? 私といっしょにいるところ、だれかに見られるかもよ?」
「? それなにかダメなの?」
「ダメっていうか……」
高田さんが恥ずかしいんじゃないかって思ったんだけど、彼女は不思議そうな顔で私を見ていた。
「なんでもない。いいよ、行こ、遊園地」
べつに断る理由もないし、帰ってもすることはない。
そう。私が高田さんと出かける理由は、ただそれだけだ。
駅から離れれば人の数は減っていく。でも、目的地に近づくにつれてふたたび多くなっていく。
ファミリー層を意識している遊園地なのか、家族連れが多いように思う。でも、カップルっぽい人たちの姿も見えた。
「安芸、行きたいアトラクションある?」
「なんでもいいよ。高田さんの行きたいところで」
「えー。そういうのが一番困るんだけどなぁ……」
顎に指をあて、うーんと考える高田さん。やがて思いついた顔になる。
「じゃあさ、お化け屋敷行こうよ」
それは、私が一番聞きたくないアトラクションだった。
お化け屋敷なんて外観すら見たくない。映画もホラー系は苦手だ。絶対に行きたくない。けれど……
そんなこと言ったら、絶対にからかわれる。だから言いたくもない。どうしたものか……
「ひょっとして、ホラー系ダメな人?」
なにも言えずに視線を逸らすと、高田さんは「やっぱりそうなんだ」と言って、クスリと笑う。
「べつにダメってわけじゃない。ただほかのところに行きたいだけ」
「じゃあ、ほかのところに行ったあとでお化け屋敷行く?」
「仮の話だけどさ。行ったとして、お化けの中に本物がいたらどうするの? ヤバいじゃん」
「あー、そうだね。ヤバいよね、うんうん」
高田さんの言葉は妙に優しくて、まるでちいさな子供に話しかけているかのようだった。
「バカにしてない?」
「そんなことないって。怖いなら仕方ないね。ほかのところに行こうね」
「絶対バカにしてる」
高田さんは楽しそうにクスクス笑っている。
ムカムカする。どうして私は怒っているのに、そんなに笑っていられるんだろう。
でも、彼女の笑顔を見ていると、自然と私の頬も緩んでしまうのだった。
アトラクションには、すぐに乗れるわけじゃない。列に並んで乗ってを繰り返していると、あっという間に夕方になってしまった。
閉園時間まであとわずか。園内の人は着々と減ってきている。アトラクションには、あと行けて一つだろう。
私には最後のアトラクションを選ぶ権利が与えられた。園内をぐるりと見まわすと、あるものが目に入った。
私はいま、高田さんの〝お願い〟で恋人がしそうなことをしている。いうなれば、これはデートごっこだ。
それなら、これはぴったりのアトラクションだろう。
私たちがゴンドラに乗り込むと、観覧車はゆっくりと上昇し始める。
「安芸って、高いところは平気なの? ホラーはダメなのに」
「しつこい。そういう高田さんはどうなの? 怖いなら抱きしめててあげるけど」
いままでからかわれた仕返しのつもりで、私もちいさな子供を相手にしているつもりで言う。
両手を広げて待ちの姿勢でいる。もちろん本気のつもりはない。けれど、高田さんは妙に真剣な表情になったかと思うと、対面に座っていた腰を立たせてこっちにむかってくる。そして、
ストン。
私の膝の上に腰を下ろした。そして、私の背中に手を回してくる。
「怖いから、安芸にくっついていることにするね。いい?」
「重い……」
「ひどっ。私、これでも体型にはかなり気を使ってるんだけど」
沈黙。
高田さんの息遣いが静かに聞こえる中、町はどんどんちいさくなっていく。
「まえにさ、恵理子が言ってたんだよね」
何気ない調子で言われた言葉。だけど、それはどこかタイミングを見計らっていたようにも感じた。
「観覧車は、キスをするために作られたんだって。安芸はどう思う?」
「どうって……そういう側面もあるんじゃない?」
密室。二人きり。キレイな景色。
雰囲気はバッチリだ。たしかにそういう考えもあるのだろう……
クラスメイトにお願いをして、恋人のまねっこをする話。 タイロク @tairoku
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