後編「ローンチ・イントゥ・ザ・スカイ」

黒く、乾き、寂しい世界での季節の変化は、気温の変化だけだった。それでも確かに季節が移るのがひしひしと伝わる。砂丘で、少年の学校に対する不明瞭な不安が解消された時から、風はぬるくなった。それをセググは『前の春』と呼んだ。時間が経ち、一度苦しいほどの猛暑を迎えた。それを『星の子』たちは『夏』と言う。『後の春』は『夏』の後にやってきた。春のような麗らかな空気が流れた。風は優しかった。


少年は黒い荒野をバイクで飛んでいる。バイクは後にプロペラが付いていて、不明な動力で作動する。少年が飛ぶ音はさほど大きくない。少年は『前の春』『夏』を通してバイクの操縦にもすっかり慣れ、セググの手助けなしで運転できるようになった。

少年は飛び続けた。ずっと淡々と代り映えしない景色。少年は、だんだんと飽きて、集中が切れていく。

いけない、と頬をはたく。バイクはかなり高高度で飛行しているので、うっかり平衡感覚が崩れると大事故に繋がりかねない。少年は一旦、空中でバイクを停める。バイクは空気を割く音を出しながら停まる。少年は肩に下がった鞄から、小さな紙の箱を取り出す。シリカ葉巻の箱である。少年は箱を開け、煙草を一本取り出すと、火を点ける。青い火が灯り、薄青い煙が宙にゆらゆらと抜けていく。

少年は葉巻の箱をしまうと、再びバイクに動力を入れる。バイクは大きい音を立てて起動する。バイクはまた動き出す。

少年は幾度かのバイク操縦を経て、シリカ葉巻の重要性を痛感していた。シリカ葉巻の「眠りを遠ざけ、鋭い集中を共にさせる」効能は、バイクの運転に欠かせなかった。バイクで頻繁にツーリングに行くセググにとって、これは無くてはならないものだと気づいた。


少年は旅路を進める。少年が咥えた煙草が終わる時、少年は目的地を視界に入れる。それは、セググの家など比べものにもならない豪邸。いくつもの白い立方体がつながり合ってできた構造体で、ところどころ、一面丸々抜かれた立方体の面があったりする。たぶんあれはバルコニーだ。

立方体の構造物の側には、広い森が広がっている。生えている木はみな均一な高さで、葉も幹さえも白い。あれがシリカの森のようだ。セググの家の小鉢に生えていた小さな苗の大きさとは全く違う。目の前のシリカの森は、まるで何万年もの月日をその土地の守護者として過ごしてきたかのような貫禄を備えている。

少年は立方体のひとつに中ほどの穴を見つける。バイクのブレーキをかけ、着陸態勢に入る。バイクは大きな空気を割く音を上げて、ゆっくりと高度を下げていった。


少年がその穴の中に付くと、駐輪場になっていた。バイクが十数輪ほど停められる。少年はその端の方を選んでバイクを停めて、動力を完全に切る。安全確認と鍵をかけた時、後ろから声がかかった。

「やあ、少年」

声の方を向く。声の主はセググと同じ2にメートル超、いわゆるストリートな格好をしている。白ぶちのサングラスを、額にかけて、また、髪は二つに分けられている。左手をポケットに突っ込んだまま少年に挨拶をした彼は、ギヌイである。

「こんにちは、ギヌイさん」

「ああ、来てくれて助かるよ」

少年は砂丘の日からいくらかギヌイと合って、見かけ通りの悪い人ではないと分かっていた。彼の言葉使いは表面上粗暴だが、根底には慈愛がある。

ギヌイは少年と握手をすると、「詳しくは中で話そう」と言って招き入れた。


ギヌイは少年を自慢の広い居間に招待して、キッチンで茶を沸かしている。少年は広い机に座らされた。この今は空から見たバルコニーのようなところのようで、一面からは広いシリカの森が見える。この森はギヌイが生産しているシリカの畑だ。セググが作る葉巻や茶もここから送られてくるそうだ。コト、コトと湯を注ぐ音が聞こえて、ギヌイは戻ってくる。手には、ティーカップではない質素な杯が握られている。

「シリカ茶ですか」

「うんざりか?俺のはセググのやつより新鮮な実を使ってる」

少年は茶を受け取り、口に運ぶ。セググのものよりも濃厚で、クセが強い。

少年はギヌイに呼び出されていた。目的は、諸シリカ素材の輸送のためだ。ギヌイはシリカをセググに移送するときに、配達員を使っていたのだが、彼曰く「最近星になって打ちあがっちまった」らしい。それで、新しい人手が必要になった。少年が暇していると聞いていたので、呼び寄せたのだ。


「俺は他で忙しいから、なかなか融通先のセググのところまでは行けないんだよ」

「『星になって打ちあがる』とは?」

聞き慣れない表現に少年は質問する。ギヌイは杯を一回ぐびっと飲み干し、答える。

「俺たち『星の子』は星から産み落とされる。だが、同時に星に必ず命を巡らせなきゃいけない運命にもある。俺たちは生まれてからちょうど7年で天命を終える。星に命を返すのさ」

立方体の構造物の外のシリカの森で、純白の葉がさらさら揺れる。ほのかに走る風によって、塩のように白い花粉が渦を巻いて舞う。僕らは一緒にそれを見つめている。ギヌイは杯を持ち直す。

この光の移り変わりがない世界は、季節が時間の最小単位だから、はっきり七年を数えることはできない。

「配達員の急な昇天は予測できなかったのは事実だ。だから急に呼び出すことになっちまった。許してくれ」とギヌイは言う。


それから少年はギヌイから配達手順を伝えてもらい、帰路につく。セググの家のシリカの備えが少なくなっていたので、その日は初めてのシリカ配達員を務めた。と言っても、バイクの尾にシリカが入った箱をいくつか連ねて航行するだけで、少年が注意すべきは、煙草を切らして墜落することだった。


少年は行きで背にしたセググの家に到着する。バイクは爆音を立ててゆっくり降下する。ふわりと地面に降りたシリカの箱のバイクとの連結を外して重ねる。その箱を下から持ち、足で家のドアを開けて中に入る。

セググは寝台で本を読んでいた。『星の子の昇天と神のすみか』という題である。以前セググに聞くと、それはこの世界でいちばん拡散した書物らしく、『星の子』は誰でも知らぬ間に入手しているそうだ。彼曰く「この本は私たちの心の現れなんだよ」らしい。

家に戻った少年と箱を見て、「そこら辺に積んでおいて」と言う。少年はその通りにする。セググは加えて言う。

「初めての仕事はどうだった?」

「ええ、楽しそうです。何か明白な目標があるのは良いですね」

少年は旅の荷物を仕舞いながら言う。小さい物たちがどさどさと床に落ちる音。荒野の中で、少年とセググの間にはその音だけが響く。部屋の中には、セググの横に置いてあるシリカ茶のクセのある匂いの湯気が十分に立ち込めている。

「ところで、葉巻なんですけど」

セググは「うん」と返す。

「あれ、落としそうで不便じゃないですか。火つけるの面倒ですし」

「ああ、それは思う」

「だから、飴型にできませんかね。シリカ飴。口内で溶ける球体で、咥えなくて済むんです。長続きはしなそうですけど、使いやすいかと」

「それは良い。今度ギヌイのところに行くときに伝えてくれ」

そう言い終えると、セググはと本を閉じる。世界にちょっと、柔らかい衝突音が走る。体を起こすと茶を口に運んで言う。

「君のアイデアを聞いていると、より君の話が聞きたくなる。いつものように話しておくれ」


少年は、あの砂丘の日から彼の知識をセググに披露することを躊躇わなくなった。その日あった出来事を事細かに教えたり、それを学校や本で学んだ知識と併合させた考えを話したりした。それは少年にとって夢のような心地で、学校では絶対できないことだった。

少年が小さい時、遠い広い広い海の、夕日の光を反射しながら揺れている波の側で、隠れた小蟹こがにを探して走り回ったこと。あるいは、絶版の本を求めて、烈火の夏の日に何十キロ先の古書店まで自転車を漕いだこと。黒い世界はそれらの思い出のような、多様ないろどりや賑やかな音はない。でも、少年はそのモノクロの世界が、セググと話している時は特段、目を焼くほど美しく見えた。

少年はいつしか


「セググさんがいない、地球には帰りたくない」

と言うフレーズが口癖になっていた。セググはそれにいつも返答をしない。



少年は目を覚ます。軽い体をすっと持ち上げる。部屋にはさっきまでセググがいた痕跡——シリカ茶の匂いが未だほのかに残っている。寝台から出て、キッチンで湯を沸かし、朝のコーヒー代わりの茶を作る。それを、テーブルで外の景色を見ながら嗜む。部屋には少しだけ、湯を沸かした時の熱が留まっている。深い黒さを写し出す空は、少年が初めてこの世界に来た時から一切変化していない。それは心を失った無慈悲な様子にも見えるし、関せざることによる優しさの提示なのかもしれない。白さを湛える雲は、いつもより遅いペースで地平線に向かう。それは、不気味なほどに。

少年は今からギヌイ邸へ二度目の勤めをしに行く。そろそろ、前回もらったシリカが切れそうなのである。少年は夜、セググから「シリカ飴のアイデアを紙に書くから、持って行ってね」と言われた。自分のアイデアなのに忘れていたことが少し情けなかった。

少年は茶を飲み終わる。ティーカップを洗い、伏せる。セググは今ツーリングに出かけている。少年がギヌイ邸から帰ってくるのと同じくらいに帰ってくるそうだ。セググとは昨晩、少年が戻ってきたら新鮮なシリカの実を使った茶を囲みながら、また楽しい話をしようと約束をした。

少年は庭に出る。淡白な庭である。しかし、半年以上の生活を経て、どこか情のようなものも湧いていた。

バイクの点検をする。途中で事故を起こしたら大変である。

手順を全くそのままに動力を入れ、バイクは渋い音を出しながら尻のプロペラ

を勢いよく回し始める。少年はバイクに跨り、宙へ浮く。バイクは空気を割く爆音を奏でる。そのまま少年はギヌイ邸に向かう。


ギヌイの邸宅が見える。前回と同様に、バイクを停める。動力を完全に切り、バイクは存在感を失う。迎えはない。少年はひとり、駐輪場からギヌイを探しに出る。

と言っても、少年がこれまでギヌイと合ってきたのはほとんど居間でだけだった。彼はいつも今の大きく開いた一面から自慢のシリカの森を眺めていた。だから、少年は居間周辺以外の邸宅の間取りを知らなく、居間に行くしかないのだ。

廊下を静かに孤独に進み、居間の入口に到達する。入口には扉はない。ただ壁がくり抜かれただけの質素なもの。少年はその端に手を掛けて、居間を見る。

居間はその広大さのわりに、隅に小さいキッチンがあって、中央に直方体の組み合わせだけで出来たテーブルが置いてあり、他には、もの小さい棚やよく分からない幾何的なモニュメントが置いてあるだけだ。それら家具の密度に対して、シリカの森を見るために高い壁一面がくり抜かれた様相は、水族館の大水槽のように悠然である。しかしそこにギヌイの姿はない。少年は居間に入り、より詳しく探そうとするが、やはり見つからない。風は全く止んでおり、シリカの森は黙りこんでいる。白い雲は止まっている。少年はその中にある音を聞く。音の方に行くと、キッチンの鍋の中で、湯が沸かされて、ぐつぐつとにわかに音を立てている。長らく熱を与え続けられていたようで、すぐに鍋が空になってしまうほどに湯は枯れかけている。

少年は居間を出て、邸宅の見知らぬ領域に足を踏み入れる。廊下の明かりは一切なく、暗い世界が続く。少年はこつ、こつと軽いような音をじっくり立てながら、廊下をゆく。ただ足を進める。壁や床に何か落ちていないか注視を忘れない。

壁にある文言を発見する。


『星の子はその功績を伴ひ天命に帰す』


出典は『星の子の昇天と神のすみか』のようだ、意味は分からない。ギヌイを探す手掛かりにはならないが、意味ありげである。少年はそれを見ても、ゆっくりと歩くペースを変えない。同じ運動を繰り返す。廊下はあれから淡白なままで、何も見つからない。


ようやく、少年は何かの部屋の扉がない入口と、その中から溢れるまばゆい光を見つけた。そこには「ギヌイ私室」と標識がある。少年は中を除く。言葉を失う。

少年が中で見たものは、虹色の光の淀み。このモノクロの世界で見かけることが全くなかった色彩を激しく主張する、流体みたいなもの。正体は分からない、しかし太陽のように眩しく輝いている。その淀みは少しうごめいている。それはしばらくして部屋の外に出ると、床を伝って居間への一本道の廊下を辿り始めた。

少年はそれをやや後ろから追跡する。あまり近づきすぎないよう距離を取って、また壁を背にして慎重に進んだ。あの虹色の物体に触れてはいけないような、野生の感が働いた。

少年と虹色の物体は何もかわすことなく、居間に着く。物体は閑散とした居間を、ただひとつ——外を目指して流れる。物体は居間の白い床の、外の直前まで進むと、より一層輝きを増し、黒い空に手を伸ばし始めた。流体の細い筋のようなものがまず上に伸びていき、それを追って残りが昇っていく。急速に天に昇る速度が増して、瞬く間に大地と空の果てを繋ぐ長い長い潮流のようになった。それから、最後に虹の潮流は大地から足を離す。すると、途端に奥に見えるシリカの森が枯れ始めた。白い葉と白い実を落とし、幹も貧相になっていく。

少年は急の出来事に後ずさりする。しかし、彼が力を入れて踏ん張ると床は死んだ虫の死骸のようにほろほろと簡単に崩れていく。少年はこの立方体の邸宅は忽ち瓦解してしまうだろうと察した。少年はシリカを配達すると言う勤めを放棄して、駐輪場に走る。走るために強く床を踏み、建物の崩壊を加速させる。まるで砂漠のように足が沈む。ほろほろと音を出さずに崩れていく中で、少年の激しい息切れの声だけが辺りに響く。

少年はやっとのことで駐輪場にたどり着くと、バイクが正常に動くかどうかの点検を行わずに、すぐ動力を入れた。邸宅の瓦解は少年のすぐ後ろまで迫っていた。バイクはかつてないほど急速に尻のプロペラを回転させ、最大級の初期推進を得ようとする。少年はそれに跨ることをしながらバイクを発信させ、流星の速さで邸宅を抜けていった。


十分に離れて、少年は邸宅をみる。美しいまでの均衡を保っていた幾何的な芸術的な邸宅は、今や跡形もなく崩れ去っている。枯れ果てたシリカの森が悲壮感を漂わせる。空に架かる虹の潮流は、あっという間に天球頂点に吸われていった。しばらくして、瓦解跡はあぶくが水中に消えるように無くなった。邸宅跡には何も残らなかった。

少年はそれを呆然と見ていた。ギヌイはいったいどこに行ったのか。あの二次の潮流は何なのか。なぜ邸宅は崩れ、消えたのか……

いくつもの疑問で満身創痍だった。


途端、少年の脳裏に、一連の騒動の混乱で忘れていた言葉が蘇る。


星の子はちょうど七年で天命を終える。

ただし、七年を正確に測ることはできない。


『星の子はその功績を伴ひ天命に帰す』


少年の中である解が生まれた。とても整合性が取れたものだった。しかしそれを信じるのは少年にとって最も辛いことだ。なぜならば、それが正しいとすれば、セググの「加えて、私とギヌイは同日に生まれたんだ。何かしら星から共通したものをもらったんだろう」という言葉の意味するところは……

だが少年は信じなければならない。彼の中の合理主義者がそれを信じて止まないのだ。

葛藤の末、少年は受け入れざるを得ない。しかしの決断と同時にバイクの舵を帰路に切り、光のごとく飛び立つ。目の前の惨状。それは失われたものだ。ギヌイも配達されるべきシリカの葉と実も、さっきの崩落で消えてしまっただろう。ならば、それをさっさと諦めなければ、別の惨劇を止めることはできない。


少年はゆく。黒い荒野を飛んでいく。広大な砂丘をあっと言う間に飛び抜ける。少年はもうシリカ葉巻を咥えながら航行する必要はない。彼の内奥では、鋭い集中がふつふつと際限なくたぎっている。少年は白い雲をたちまち彼の後ろに置き去りにしていく。大噴火のごとき爆音を出したバイクは、限界を超えて運行する。少年と言う烈火の流れ星が、セググの家を目指して一目散に落ちゆく。


ようやく見えた。セググの豆腐型の白い家。何もない30平方メートルの庭と、窓とドア。それは遠く地平線の側に胡麻のようになっているが、確かに存在する。少年は更にスピードを上げようとする。

しかし——スピードは上がらない。それどころか遅くなっていく。高度も落ちてきている。少年が後ろを見ると、バイクのプロペラが止まっていた。バイクは忽ち落ちていく。バランスを崩して、少年は高いところから地面に激突する。

とても大きい痛み。だが少年はそれを感じない。認識しない。少年がセググの家に到達しようという強い思いは、強大な痛みを忘れるほどのものである。少年はすぐに立ち上がる。バイクは乗り捨て、すぐさま足を前に出す。もう片方を、さらに前に出す。それを繰り返す。一歩一歩を踏み出すたび、黒く無機的で感情がない台地から、大きな反作用が帰ってくる。それは少年に負荷を与えただろうが、少年は止まらない。意志は止まらない。少年は走りだす。セググの家は丘の上。だんだんとその容貌がはっきりしていく。少年は、遂に近くまでたどり着く。

少年はその建物をまだ少し遠くから目撃する。庭に、ひとつのバイクが停まっている。その横で、点検をしている人がいる。

「セググさん!」

少年は叫びながら駆け寄る。セググは少年に気付き、振り返る。

「どうしたんだい。バイクは?シリカは?体もボロボロじゃないか。事故でも起こしたのかい」

いや、いや、と少年は言葉を発せない。セググの無事を確認したという安心が彼の語彙を奪った。少年は深呼吸する。セググは優しい顔で待ってくれている。

しばらくして少年は切り出す。

「『星の子』が空に昇る時、虹色の光の流れになり、生活の痕跡と共に消える」

「それは」

「僕の推察です。ギヌイさんの邸宅に光の淀みが居ました。そして、全く同じ出来事がありました。僕の推察は、合ってしまっているのでしょうか」

「ギヌイか」

セググは何か暗い顔になる。風は止み、空気は冷たくなる。彼の2メートル超の慎重がいつもより大きく見えて、長い影を落とす。

「もう、そんな……」

セググがそう言う。彼の首に音もなくひびが走る。それは咄嗟のことだった。そのひびは瞬く間に首全体に広がり、砕け散り、セググの頭が落ちる。少年はあわてて、頭が地面にぶつかる前に捕まえる。セググの頭ではない体は、首が取れたところから虹色の眩い光を溢れ出させる。虹色の流体が高く噴き出して、庭に大きく広がった。体はその虹色の淀みの上に倒れ、横たわる。

「ああ、セググさん。僕は、貴方がいなくなったらこの孤独な世界でどう生きていけるか分からない」

セググは少年の腕の中で答える。

「君は大丈夫。この半年で強くなった。孤独にも耐えられる。自分を鼓舞できる。それに、君は元の世界、地球に帰る努力をしなくちゃいけないよ。『星の子』はみな短命だから、いつまでもいられないし、いついなくなるかも分からない。私のようにね」

セググは少し笑いを含めて言う。少年は黙って聞く。

「地球の人たちはみな私たちよりもずっと長生きだ。君は良い友達を見つけて、交流を享楽できるだろう。穿つような眼差しを忘れてはならないよ」

そうして、セググはもうしゃべらなくなる。頭に溜まっていた虹の淀みはすべてこぼれ落ちてしまった。少年は地面に溜まっているそれをかき集めて、またセググの頭に戻そうとする。何度も何度も、小さな手を動かして、嗚咽が混じった泣き声で小さな雫を入れる。でも、セググは動かない。そしてだんだんと、虹の淀みは集結していく。頭の中に留められないほど集結は盛んになって、ついにものすごい速さで空に打ちあがってしまった。ギヌイの昇天のようなゆっくりとしたものではなく、ロケットのような凄まじい速さで。それは一瞬の出来事だった。

少年はその場に座り込んで動かない。眼前の家は、次第に豆腐のように崩れていく。音はない。ほろほろと瓦解する。何もない黒い荒野の中で、それだけが動的で、しかし感情がない自然の所作であった。



長い時間が経った。セググの家はもちろん、バイクも含めたセググの一切の痕跡が消え失せた。黒い世界は、少年が初めて目にした時のようなつまらない物になってしまった。

少年はどこかの大地を、その体ひとつで歩いている。淡々としたペースで歩む。

『冬』が訪れようとしている。空気は冷たく、皮膚をつんざくほどになっている。しかし、少年の内奥を冷ますには至らない。少年の中には消えることない火が灯っている。青い火だ。そして充満する薄青い煙、クセのある匂い。

彼の次の目的地は分からない。だが、彼は遠い遠い何処かで、地球に帰る手順を見つけるだろう。

極めて白い雲は漆黒を湛える空の中を、地平線の果てへ、かつてない速さで泳いでいる。

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