音の魔眼と迷彩の光鱗龍
小紫-こむらさきー
迷彩の光鱗龍
「ボクのことなんて放っておいて先に行ってください。優秀なあなたたちの足手まといになるだけですから」
辺り一面は光り輝く苔で金色に照らされているから、ここが洞窟だってことを忘れそうだ。
ボクが研究していた巨大な龍が姿を現わしたと聞いて、護衛として魔法院の本部から派遣された二人の魔法使いと行動をしている。魔法使いが護衛として付けられるのも異例だ。しかも本部が言うには二人で騎士団の小隊一つ分以上の強さらしい。……まあ、本部の言うことはあまり信用はしていないのだけれど。
「あなたたちもボクなんかに合わせるのは面倒くさいでしょう?」
派遣された魔法使いというのは金色の髪をした小柄な男性フリソスさんと、褐色の肌をした少女のジュジさんだ。フリソスさんはボクにやたら当たりが強い気がするけど頼もしい。ジュジさんは穏やかだけれどなんとなく頼りないというのがそれぞれの第一印象だった。
「リック、お前が自分をどう評価するかは勝手だが、なんかとかなんてって言葉でてめーの可能性を勝手に決めつけるな。めんどくさい」
魔法使いが護衛なことにも、険しい道のりにも耐えられなくて放った一言に対して、ボクの名を呼んだフリソスさんは吐き捨てるようにそう言った。
「ほら、無駄口を叩いてる暇があるならさっさと歩け」
眉間に皺をよせてこちらを睨み付ける血のような色をした彼の瞳には、汗だくで疲れた顔をしたボクが映っている。ずんぐりむっくりしている体型はどう見ても実地調査では足手まといだ。だから、フリソスさんにボクなんかにそんなことを言わなくたっていいじゃないかと思った。
汗で額に張り付いた自分の栗色をした毛をかきあげながら、ボクは言い返す気力もなく溜め息だけを吐くに留めた。
しかし、さすが本部から派遣された二人だ。最初は護衛が二人なのも不安だったし、二人とも軽装だったから頼りなく思っていたけれど、ずっと歩きっぱなしなのに疲れた素振りすら見せない。
それに比べて自分は魔眼持ちという恵まれた体質だというのに研究ばかりしているせいで、山道も洞窟もすぐに疲れてしまって彼らについていくのすらやっとだった。
その恵まれた体質の一つ、魔眼だって自分の魔力が少ないから使えたとしても短時間だけなのだけれど……。
それに、体力だってない。山道を歩いたまではまだよかったけれど、こうして洞窟に入ってからは息切れしてしまって、休憩を挟んでも思うように動けない有様だ。
「フリソスもそんなにキツく言わないであげてください」
ジュジさんに咎められて、フリソスさんはそっぽを向いて小さく舌打ちをする。
「さあ、もう少しです。がんばりましょう。本部がリックさんも現地に行くように言ったのは何か理由があるはずですよ」
ジュジさんは深い緑色の丸みを帯びた目を細めて微笑んでくれた。後頭部の高い位置にまとめている艶のある髪は馬の尾みたいだなって思いながら、彼女の微笑みに対して縦に頷いてから、口を開く。
「実地調査に行けなんて、ボクが光鱗龍を研究してるからってだけでしょ。暗闇ならともかく、こんな明るい洞窟じゃあ、ボクの
「またなんてか」
溜め息をついたフリソスさんは、ボクを冷たい目で見て溜め息を吐いた。ボクよりもずっと小柄なはずなのに彼の鋭い三白眼で見つめられると気持ちがギュッと萎縮した気持ちになる。
「次の被害が出る前に光鱗龍をどうにかするんだろう? 愉快なおしゃべりの時間はお終いだ」
フリソスさんは皮肉を一つ言って、どんどんと洞窟の中を進んでいく。ジュジさんもその後を軽い足取りで追っていく中、一足も二足も遅れてボクは足場の悪い岩場をよじ登るようにして進んでいく。息も荒くなるし、既に体の節々が痛い。それでも、ここに一人ぼっちで置いて行かれるのは怖くて必死で二人の後を追いかけた。
洞窟内はじめじめしているけれど幸いにも暑くないし、とても明るい。光苔に照らされて半透明な鉱石が幻想的な光を放っている。危険な獣の気配も今のところはないみたいだ。
「はぁ。ボクの本職は研究だっていうのにさ。その研究だって本部は碌に聞く耳を持たなかったじゃないか……なんで急にこんな」
愚痴は誰にも届いていない。護衛のはずの二人は、背中がやっと見えるくらい遠くにいる。
何故こんなところに来ることになったのかというと、ボクが研究をしている金色に光り輝く鱗の龍のせいだった。
その龍は貨物船ほどの大きさはあるという目撃情報がたくさんある。大きいだけならいいけれど、その龍は神出鬼没なことでも有名だった。どこからともなく巨躯を現わし、近隣の地域の家畜や農作物に被害をもたらすのだが、圧倒的な大きさにも拘わらず煙のように突然現れて突然姿を消すのが特徴だった。
ボクはその龍を『迷彩の光鱗龍』と言う仮称を付けて魔法院に報告していた。
まさか、見つかるとは思わなかったけれど、運悪くその龍がとある洞窟の奥にいるらしいという情報があったのだ。そして、研究をまとめていたボクがそこに派遣されることになった。護衛の魔法使いであるフリソスさんとジュジさんを伴って……。
「いたぞ。……ってまだそんなところにいるのかよ」
「研究職の方ですもんね……。置いて行っちゃってすみません……」
「俺が担いだ方が早い」
遥か前方にいるフリソスさんが振り返った場所にボクがいなかったらしい。
岩場ばかりの足場を跳ぶようにしてボクの方へ戻ってきたフリソスさんは、背が高くてずんぐりしているボクの体を軽々と持ち上げた。肩にボクを担いだフリソスさんがタンッと軽やかな音を立てて洞窟の上り坂を軽快に登っていくと、少し開けた場所に続く道がある。
「あの奥だ。見てみろ」
「大きいですね……」
ボクを下ろしたフリソスさんが指差したのは、切り立った崖から流れる滝の下だった。そこには金色に輝く鱗の龍がゆっくりと寝そべっている。
ジュジさんも目を大きく見開いて、巨大な光鱗龍を見つめていた。
「わあ……目撃情報の通りだ! そうです。アレが光鱗龍です」
「んじゃあ、あいつをさっさと大人しくさせて早く帰るとしよう」
本当に大きい。
アレだけ大きい龍が寝ているのなら、大きないびきが聞こえてきそうだけれどあの寝ているらしい龍からはそんな大きな音は聞こえてこない。
鋭い爪がある大きな四肢、羽ばたけば大きな風を巻き起こせそうな両翼は尖った鱗で覆われている。そして、洞窟の開けた壁一面に生えている光苔に照らされて光る鱗は本物の金のように美しかった。
「これだけ明るいし、目立つ場所にいるんじゃあ、ボクの魔眼なんてやっぱり役立ちそうにないですよ」
「……あんたはここにいろ。俺とジュジでさっさと片付けてくる。こうして現地まで駆り出されたんだ。
「は、はい」
「じゃあ、ここから見た俺たちの活躍をしっかりとまとめてくれよ?」
フリソスさんに怒られると思ったけど、彼はフッと息を漏らすように笑って眉間に皺を寄せるだけだった。それから、ボクの後ろにいるジュジさんに手を伸ばす。
いくらなんでも無茶だよと言おうとしたけれど、二人は光鱗龍と戦うことなんて怖くないみたいだ。
「リックさんにケガの無いように魔法で保護します。ここから動かないようにしてくださいね」
フリソスさんの色白な手に褐色の手を重ねたジュジさんがそう言ってボクに手を翳す。すると、地面からニョキニョキと薔薇のツルみたいなものが生えてきて、ボクの周囲を半球状に囲んでいく。まるで鳥かごみたいだなって思いながら、洞窟の切り立った崖を下りていく二人を見守った。
光鱗龍が大きいから感覚がおかしくなっているのか、ここから龍までは距離があった。しばらく待っていると、二人が光鱗龍に対して攻撃を仕掛けるのが見えた。二人ともここから見たら小さな人形みたいな大きさに見えないから、すごく離れているはずだ。
フリソスさんが顔くらいの大きさもある火の玉を光鱗龍に向かって放り投げる。大きな音がして爆発を起こし、周りの岩が吹き飛んで散り散りになった。
でも、土煙から出てきた光鱗龍には傷一吐いていない。
カラカラと大きな体の割に小さな音をさせながら、光鱗龍がフリソスさんとジュジさんに敵意を向ける。
尾を振るうと大きな風が起きて、周囲に落ちていた瓦礫が二人に向かって飛んでいく。あんな大きな体なのに、体が立てる音が少ないのは何故だろう。それに……なんだか光鱗龍の動きが変な気がする。言語化出来ない妙な違和感を覚えながら、ボクは二人と光鱗龍の戦いを見守っていることしか出来ない。
フリソスさんとジュジさんのコンビネーションは完璧だった。攻撃をフリソスさんが担当して、飛んできた光鱗龍のブレスや瓦礫はジュジさんが魔法で出した植物のツルで防いでいる。
そんな完璧なコンビネーションで、フリソスさんの炎の魔法が光鱗龍に何度も当たっているにも拘わらず、先ほどから光鱗龍の鱗には傷一つ付いていない。龍は尾を大きく振って岩を二人に向かって飛ばしたり、ブレスを吐いて暴れている。
きらきらと目立つ鱗の巨躯を操る龍が、何故忽然と姿を消すと言われているんだろう。そう考えているとき、急に光鱗龍の姿が消えた。
ボクは遠くで見ているけれど、下にいる二人も慌てているようだ。
「フリソスさん! 上です!」
視界に光鱗龍が現れた。ボクは光鱗龍に見つかるかも何て考える前に懸命に大きな声を出していた。
滝の横にある崖に張り付くようにしがみついている光鱗龍が、慌てている二人の上にブレスを吐こうと長い首を反らしているところだった。幸いにも、光鱗龍の視線はこちらに向いていない。
「リック! 助かった!」
光鱗龍の放ったブレスを腕に纏った炎でかき消すようにしたフリソスさんが、大きな声でそう返してくれる。余計なことするなって怒られるか、バカにされるかと思ったけれど、そんなことはなかった。フリソスさんの予想外の行動に驚いていると、ジュジさんが光鱗龍の足にツルを巻き付けた……ように見えた。けれどジュジさんの放ったツルは空振りして、龍は物音一つ立てないまま煙のように姿を消してしまう。
光鱗龍に逃げられてしまうかもしれないし、また二人の死角から攻撃をするのかもしれない。
「……ボクの能力なんて役に立たないだろうけど」
思わず独り言を漏らしている間に大きな音が聞こえた。二人の死角から姿を現わした光鱗龍の放ったブレスがフリソスさんの背中に当たり、洞窟の壁に彼が叩き付けられる音だった。ジュジさんが慌ててフリソスさんの方に駆け寄っているのが見える。
光鱗龍は再び姿を消している。でも、さっき攻撃を仕掛けたのなら龍は戦うことを選んでいるはず。きっと逃げるんじゃなくて、外敵に対して攻撃をしかけるはずだ。
なんとか立ち上がったように見えるフリソスさんとジュジさんが辺りを見回している。このままじゃ……二人とも死んでしまうかもしれない……。
「でもボクなんて……」
そこまで言って、フリソスさんの「なんてって言葉でてめーの可能性を勝手に決めつけるな」って言葉を思い出す。それに、さっきお礼を返してくれたときの表情を……。
「ちがう! 役に立たせるんだ」
そうだ。音で場所がわかるかもしれない。洞窟の中なのに明るいし、あんな大きな体だから忘れていたけれど……音を完全に隠せる生き物なんて滅多にいないはずだ。
一度目を閉じて、ボクは少ない魔力を目に集めるイメージをしてから目を開く。
「
目を開いたと同時に、音が赤や青の輪郭を伴って可視化される。その視界には、色の輪郭をちっとも伴っていない光鱗龍が姿を現わしていた。くそ……やっぱりボクの能力なんて役に立たないんじゃないか。あんな大きな生き物が音を完全に消せるなんて……そう思ったけれど、視界の隅に見慣れない何かが見えることに気が付いた。
光鱗龍が口を開いて大きく吠える。けれど、その吠えている音は光鱗龍そのものからじゃなくて、龍の遥か後方にいる小さな影から発せられていた。
「ジュジさん! 向かって右上の滝の後ろ! その岩の上です」
ボクは思わず声をあげた。光鱗龍の吠える声に負けないように。
ジュジさんはボクなんかの……いや、ボクの言葉を信じてくれて、言った場所に腕をかざす。彼女の手から伸びたツルが、小さな影をグルグルと捕まえたのが見えた。
「フリソスさん! ジュジさんのツルが光鱗龍の本体を捕まえました」
「よくやった!」
ブレスが直撃したとは思えないほど元気なフリソスさんが飛んできたブレスを炎の魔法でかき消しながら、高く跳んだのが見えた。
目が痛い。頭も痛い。魔眼を使い過ぎた。
もう大丈夫だろう。そう思ってボクは意識を手放すことにした。
「こんな小さなトカゲが迷彩の光鱗龍だったとはな」
「魔法で巨大な姿を作りだしていただけなら、攻撃も効かないわけです」
「こんな小さいくせにブレスは強力だし、食欲も旺盛と来た。やっかいな龍に代わりはないがな……」
目を覚ましたのは、ガタガタと揺れる馬車の中だった。
目の前には、魔法で強化された丈夫な籠に入れられた大型犬ほどの大きさの龍が入っている。尖った金色の鱗で覆われている体と同じくらいの大きさの両翼と鋭い爪のある四肢は、とても小さくなったけれど光鱗龍にそっくりだった。
「こ、これが?」
「おはようございますリックさん。そうです、これが迷彩の光鱗龍みたいです」
ジュジさんが笑顔でそう言ってくれて、安堵の溜め息が出た。
「ボクなんかでも役に立てたんですね……本当によかった」
「なんかとか、なんてはやめろって。あんたは立派に働いた。それに護衛である俺たちを逆にあんたが助けたんだ。胸を張れ」
ボクのことを見て、フリソスさんが呆れた様に笑っている。彼の言葉があったから、ボクはあの時勇気を振り絞れたんだ。
「は、はい……。本当によかった……」
僕たちは無事に本部に帰り、迷彩の光鱗龍の報告を済ませた。
これからしばらくは報告書を書いたり、忙しい日々が続くけれど前よりは憂鬱じゃない。
ボクだって役に立てる時もあるってわかったから。
フリソスさんとジュジさんとはあれから会っていないけれど、ボクは時々あの人達のことを思い出す。
そして、弱気になりそうな度にフリソスさんから言われた言葉を思い出すんだ。
「なんてって言葉でてめーの可能性を勝手に決めつけるな」って。
音の魔眼と迷彩の光鱗龍 小紫-こむらさきー @violetsnake206
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます