パラレル泥酔

菊池ノボル

本編

 本日9本目のビールを持ってリビングに戻ってくると、そこに居たのは俺だった。黒いローブを着て円錐型の帽子をかぶり、宝石の埋め込まれた杖を持った奇妙な格好をしていたが、それが俺自身であることに何故か一目見て気づくことが出来た。

「飲んでる?」

 もう一人の俺はビールの入ったフラスコを俺に向けて言った。

「飲んでるよ」

 俺は缶ビールを向けて言う。

 互いに酒を持っているならば、やる事はひとまず飲酒だ。今まで色んな人間と飲んできたが、俺自身と飲むのは始めてだった。


「なるほどね、そっちの世界の俺は大魔導士なんだ」

「そうそう、魔法でこっちの世界に転移してきたんだ。逆にこっちの俺はどんな感じ?」

「どんな感じって言っても……まあ普通だな。金曜日の夜に一人で酒を飲んでる普通のリーマンって感じ」

「俺も同じだよ。金獅子の夜はいっつも酒飲んでるだけだし」

「大魔導士になってもやる事は変わらんもんなんだなぁ。ほいで、異世界に来た目的は?」

「……まあ、興味本位だな。異世界の俺がどんなもんか会ってみたくてね」

「ふーん、そりゃ面白そうだな。よし、俺も付いて行ったるわ! もちろん俺なんだから、俺がそう言う事くらい予想してるよなぁ?」

「もちろんそう言うと思ってたよ。大魔導士の力って奴をお見せしてやろう」

 そう言って大魔導士俺はビールを一気に飲み干すと、杖を頭上に掲げて、何やら呪文を唱え始めた。すると杖の宝石部位から周りを包み込むような光が溢れたかと思うと、瞬時に辺り一面の景色が切り替わる。どうやらこれが転移魔法らしい。

 着いた先は宮殿のようだった。西欧風の意匠が施された縦にも横にもただっぴろい空間のちょうど中心部、そこに置かれた大きな円卓にて一人の男が黙々とワインをグラスに注いで飲んでいた。

「飲んでる?」

「飲んでるよ」

 やはり俺のようだった。この世界の俺は王様か何かなのだろうか。それにしては周りに俺ら以外の人の気配は無く、こんな場所に一人で居るのが不思議に思えた。

「ちょうど良かったよ。一人で飲むにも飽きてきた頃だ」

「こんな場所で一人飲んでんの? どういうこっちゃ」

「……まあ、色々あってな。話したくないことの一つや一つ俺なんだからあるだろ?」

「じゃあ、それ以上は言う必要ねえな! 取り合えず乾杯すっか!」

 それから俺ら三人は飲み始める。貰ったワインは何か美味いって言うか、気品?みたいなその高級ワイン的な物を感じて、いつもサイゼで飲んでる奴は違う感じがした……けど、良く分からんのでグビグビ飲み続けるしかない。

 30分ほど飲み続けて、金持ち俺がいきなり「ションベン」と言った。一旦トイレにでも行くのかと思ったら、何とその場でズボンを脱ぎ始める。

「おいおい、泥酔してんのかよ。次の日に床のションベン拭くの悲惨だぜ」

「いや、そう言うわけじゃないんだ。見てなって」

 そう言ってチンポを持ち真横に向けると、やがて光り輝く物がそこから生み出される。しかし、それはションベンでは無かった。

「これは……もしかして金?」

「あぁ。俺のチンポはションベンの代わりに金が出るんだ」

 なるほどなぁ、それならこの豪勢な宮殿や酒にも納得だ。黄金水では無く本物の黄金が一度のションベンで数十グラム程度生み出されるらしい。それなら一生金に困ることは無いだろう。大魔導士の俺といい、黄金の俺といい、異世界の俺は人には無い才能を持っているんだなと感心してしまう。

「さて、と。ションベンもしたし、ここは店じまいにして河岸を変えるか。行くんだろ、次の世界へ? もちろん俺の席もあるよな」

「当たり前よ。大魔導士を舐めるでない」

「流石、俺だぜ。じゃあ次の世界への舵取りよろしく頼むわ!」


 こうしては俺たちは次々と別世界の俺たちへと会い続けた。当然、どんな世界でも俺は飲み続けてるし、俺だとすぐ分かる。それは姿かたちが著しく違ってもだ。

 例えば一頭身俺。どんな環境要因がたたってそうなったかは分からないが、頭に小さな手足が付いただけの俺が居た。フクラガエルと言うか、カービィと言うか。ストローのようなもので酒飲んでおり、「チーチー」「ポンロン」「ダブリー」と言ったか細い鳴き声でコミュニケーションを取っていた。言ってる意味は分からなかったが、だいたい酔っぱらいと言うものは意味の分からないことを言うだけ言って忘れる生き物なので、酒さえ飲んでいれば何の問題も無かった。

 怪異となった俺も居た。見た目は[こちらは特定封鎖対象に指定されています。指定対象に関する外見描写は指定対象の持つ屈化性を誘引する恐れがあるため、あらゆる次元を問わず当局による検閲対象となります]みたいな感じで、これまでに数百万人を感染死させてきたらしい。


 そんなこんなで別世界に行くたびに俺が増えていく。20人を超えたところで埒が明かなくなり、もう片っ端から1箇所に呼んだ方が良いという結論になったため、急遽飲み会パーティを開くことにした。

 黄金の俺の宮殿を会場として、集まった俺は総勢300人以上。タダ酒が飲めると言えばどこにでもやってくるのが俺の良い所だ。

 会場内に乾杯の音頭が響き渡る。俺たちは酒を片手に料理人俺の料理を食べたり、色んな俺たち語り合う。みんながみんな酔っぱらった俺だけど、住む世界も能力も違えば話も変わる。未知なる自分を知りたい気持ちは全員同じで話はいつでも自分の話題で弾み続ける。

 100人ほど俺と話したところで、俺は二つほど際立った共通点があることに気付いた。

 一つはどの世界の俺も人とは違う変わった能力を持っているという事。大魔導士俺や黄金の俺なんかが分かりやすいが、他にも目を見るだけでその人の寿命が分かるとか、小指の第一関節だけ曲げることが出来るとか、シンプルにギターが上手すぎるとか、その能力は多岐に渡っている。

 もう一つは、誰もが何かから逃れるようにして酒を飲んでいるということ。仕事、恋人、苦難、人生。どんな俺も語りたくない話の一つや二つあるようで、それを忘れ難いがために深酒をしているようだった。その証拠にどれだけ飲み過ぎても笑ったり怒ったりするような俺はおらず、代わりに至る所ですすり泣く声が聞こえてくるのだった。

 ここまで見て一つ俺の中に疑問が生じる。じゃあ、俺はどうなんだ?

 特に思い当たる能力は無い平凡な人間だ。それに酒だって単に好きで飲んでいるだけ。そりゃ残業が最近多いとか肩こりが酷くなってきたみたいなちょっとした悩みはあるけど、人生に深くトゲを打ち込まれるような過去など存在していない。週末に整体に行けば終わる程度の悩みだった。

 その話を打ち明けると、逆に皆が興味を持ったようで、俺に色々と質問をしてくる。

「そうは言ったって何かあるだろ? あるってっぇ! ほら学生の頃の忘れられない人とかよ!」

「居ないなぁ。普通に連絡して年末とかに飲めば良いだけだし」

「何かほら昔のあの日の後悔なんかは? こっちの道に進んでおけば良かったみたいな」

「特に無し。平凡な成績の平凡な進学って感じでむしろ他の道進んでた方が無職になってそうだわ」

「ハクポンチュンポン!? ツパツパツパァ~!」

「まあオリてるかなぁ~」

 

 パーティを初めて3時間後、辺り一面は泥酔した俺で一杯になる。日本酒のボトルに抱き着いて寝る俺、擬音しか叫ばない俺、脚を吊ってその場に倒れ込む俺、ゲロをギリで我慢しながら飲み続ける俺。

 そして俺はと言えば……そんな今まで見たこともない俺の姿を目の当たりにして、幾分戸惑っていた。

 何で異世界の俺は、ここまで酔いつぶれているんだ?

「なあなあ、ちょっと聞いても良いか」

 俺は近くに居た大魔導士俺に尋ねた。

「ほぇ? なんじゃ~~~~~い」

「何で皆、こんな酔いつぶれてんの? 俺なのにそんな酒弱いのか?」

「酔いつぶれてるってそんなの当たり前じゃろが~~~い!!! 俺らだって既に30杯以上飲んでる計算だから酔うの当たり前……ってあれ、なんでお前そんなシラフみたいな感じなん」

「そりゃそうでしょ。酒飲んだら気持ち良くなってもあんな酔うわけ無いじゃん。二日酔いとかしたこと無いし」

 それを聞いて、大魔導士俺は大きく目を見開いた。

「ウッソだろ!?」

 大魔導士俺の叫びに他の俺も集まってくる。同じように今まで酔いつぶれたことが無い話をすると、他の俺もまた一様に驚きを隠せないでいた。

 そこで初めて、俺の能力が『どれだけ飲んでも酔いつぶれない』ということが判明した。確かに20代の頃からこのペースで飲み続けて未だに衰えることは無く、健康診断の数値にも一切それが現れないからおかしいなとは思っていたが、そう言う事だったのか。

 その事実を前にして、他の俺はと言うと、一様に羨望のまなざしを向けるようになった。辺りから「良いな」「羨ましい」という声も聞こえている。

「そうか、俺が探してた俺はお前だったんだな」

 大魔導士俺はそう言って俺の前に杖を向けた。驚きのあまりシラフに戻ったのか、その口調は滑らかだった。

「今から俺はお前になろうと思う」

「どゆこと? 俺を殺してなりかわるとか?」

「いやいや、その逆。俺がお前に吸収される形で一体となろうと思うんだ。そうすれば俺もお前の持つ能力の恩恵に与ることが出来るからよ」

「なんでまた。そんな酔いつぶれない能力が良いもんかね。単にいくらでも酒を飲めるってだけの話だぞ」

「いくらでも酒を飲めるって事はさ、酒だけは俺を裏切らないんだろ。年々怖くなってくるよ、最後に残ったのが酒だって言うのに、いつ俺は酒に裏切られるのかなって。けど、お前と一つになればその心配はせずに済む。酒はいつだって俺の光であり続ける」

「大げさな事言うなぁ。酒なんていつどんな時も酒にしか過ぎないと思うぜ」

「そう思うのはお前だけさ。ここに居る俺たちの中で誰よりも酒と化している。つまりさ、お前自身が酒ってことなんだな」

「分からんなぁ。俺に取っちゃ魔法使えたりチンポから金出た方が良いし、わざわざ自分自身が消えてまで飲みたいと思わんよ。……まっ、俺が決めたことなんだからきっと俺も決めちゃうんだろうな」

 すると、やり取りを聞いていた他の俺からも「俺たちも連れて行って欲しい」と言った類の声が飛ぶ。

「どれだけ飲んでも良い俺になれるなんて最高じゃねぇか」「このまま元の世界に戻るよりも全然良いぜ」「特異点って奴だったんだな」「繧ゅ←繧九↓繧薙£繧薙☆縺阪″縺シ縺」「よーし、皆で一生飲み続けるようになろうぜ!」

 酔っ払いたちの勢い任せの言葉だらけで思わず苦笑しそうになるが、まあ良いか。酒の席で予期せぬノリなることなんていつものことだ。

 結局、ここのパーティに参加した俺、全員が俺との一体化を望むとのことだった。

「よし、決まったな。それじゃ全員連れてくとするわ」

「俺はどうしたら良い? 何かやることは?」

「まあ、いつもやってる事をしてくれりゃ良いよ」

 そう言うと、大魔導士俺は杖を大きく振り上げ、またもや何かの呪文を唱え始めた。徐々に俺以外の俺が光に包まれたと思うと、やがて一つの光り輝く流体となり、それが上に伸びていったかと思うと、やがてテーブルに向って一目散に落下した。

 落下場所に産まれたのは1杯の生ビールだった。中ジョッキ内のツヤツヤに光った金色の液体が、30杯以上飲んだうえでもなおたまらなく美味そうに見える。

 俺はそれを手に取ると一気に喉へと流し込んだ。その味わいは未だかつて飲んだことの無い表現不可能な味わいで、ただただ多幸感が脳内を埋め尽くすのだった。


 








 目が覚めると朝だった。いつもと変わらぬ俺の部屋。いつの間にか寝ていたようだ。記憶には残ってないが何だか愉快な夢を見ていたようで、おかげでとてもスッキリとした目覚めとなっていた。

 テーブルの上にはビール缶が11本、それらを缶のゴミ袋に放り投げてながら、ふと思い出す。ここに11本ってことはすなわち、だ。俺は冷蔵庫へと向かった。

 冷蔵庫の中には最後のビールが残っていた。それを俺は手に取るとさっそく口に運ぶ。散々飲み続けた次の日の朝に飲むビールはもちろんたまらない。

 しかし、何だかいつもよりも美味く感じるな。ビールってこんな美味かったかな。こんな美味いものなら死ぬまで飲み続けたいよな。

 あっという間に飲み終えると、なんだかドンドンと飲みたい気持ちがあふれ出てたまらなくなる。

「よし……今日は朝から居酒屋巡りに向かうとするか!」

 そそくさとシャワーを浴びて支度を終えると、俺は勢いよく家を飛び出し居酒屋へと向かったのだった。

 今日もなんだかいい酒が飲めそうだよ。まあ、いつものことだけど。

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