第14話 非日常との距離感

「新鮮な肉だああああ!」


 三又の槍が投げられて、オレの近くの水槽にびーーーいんと突き刺さった。


 半魚人はオレを威嚇するように唸っている。口からのぞけるギザギザの歯はどんな刃よりも物騒に見えた。


 威嚇どころじゃない、明確な殺意を感じるぞ⁉


「は、はは……。ぬいぐる…み、だよな?」


 ぺちゃぺちゃと、半魚人が足をすべらせるように近づいてくる。発達した両腕は、自分なんか簡単にねじ切ってしまいそうだった。


 あ、あれは日常! 水族館のだしもの!

 ちょっとしたサプライズ! ビビることはないって!


 と、日常を信じこんでいたのだが。


「もっぱらさああ!」

「うぉわぅあああ⁉」


 半魚人が突進してきて、オレは体をひねるようにしてギリギリで避ける。

 鋭利な爪が、壁をバターのように切り裂いた。


 コンクリートの壁がガラガラと崩れさる。一秒避けるのが遅かったら自分がああなっていたと思うと、全身の熱が冷えていき一気に現実感が増した。


 ひっっっっっ⁉⁉⁉

 もし避けなかったらバラバラになっていたぞ⁉⁉⁉


 な、な、なんで⁉ どうして⁉

 オレを狙うようなアレは段階的にあらわれるんじゃなかったのか⁉⁉⁉


「もっぱらさー……」

「マヌケな鳴き声のくせに殺意が高い!」


 オレは急いで逃げようとしたが、足がカタカタとふるえて動けない。拳でふとももを何度か叩いている内に、半魚人はオレを見定めたように低姿勢になる。


 もう一回突進をする気か⁉


「し、し……死んでたまるか‼」


 ガチガチにふるえながら、倒れこむように壁に向かう。

 備えつけの非常用消火器を手にとった。

 消火器なんて一度も触ったことはないけれど、感覚的に使えるようになっているのか操作はなんとなくわかった。


「もっぱらさああああ‼」


 噴射口を慌てて向けて、まっ白い消火剤をぶしゃーと半魚人に吹きかける。

 効果はあったようで、半魚人はオレから離れる。


 ちくしょう! 気分は完全にホラー映画の登場人物だよ‼

 いつから非日常の世界に紛れこんだんだ⁉


「に、逃げなきゃ……!」


 消火器が通用したおかげで、いくらか冷静になれた。

 気をぬくと腰が抜けそうだけど、今は必死で駆けていくしかない。


「出口は……あっちだな!」


 オレは消火器を抱えたまま半魚人と反対方向に駆ける。

 恐怖で膝がガクガクになってしまい、ぜんぜん足に力が入らない。どうしてホラー映画の登場人物が緊急時にコケてしまうのかよくわかってしまう。


 廊下が永遠とつづいているように感じる。

 水中でもがいているようだ。


 そんなオレに、アレらが立ちふさがる。


「もっぱらさー」「もっぱらさー」「もっぱらさー」


 半魚人が6匹ほど、オレの正面から群れをなしてやってきた。


 ~~~~~~~~~~~~~っっっ!!

 負けるな! オレ! が、がんばれ! オレ!!!


「消火器びーーーーーーーーーーーむ‼」


 オレが消火器を噴射すると、奴らはいっせいにひるむ。消火剤のなにかしらの成分が苦手のなのか、ちょっと苦しそうにも見えた。


 いける! 消火器を噴きかけていけば逃げきれる!


「もっぱらさー!」


 半魚人たちが三又槍を投げてくる。

 槍は明後日の方向に飛んでいった。


 ははっ、どこ投げてんだよ! 

 ぜんぶ水槽に刺さったじゃない……え?


 水槽に亀裂が入り、水がぴゅーっと漏れてくる。小さな穴に猛烈な圧力がかかったのだろう、ダムが決壊するように水槽がバキバキッとこわれてしまう。


「うそう……」


 あっとういまにオレは水流にまきこまれる。

 激しい水流に押し流されて、廊下でおぼれかける。だけど半魚人は水を得たからか活き活きとしていて、ピラニアのようにオレへと群がってきた。


 あ……死んだ……。


「――氷歌絶唱ひょうかぜっしょう


 全身の熱を奪うような冷気が場をおおう。

 水流があっという間に凍りつき、半魚人を氷塊の中に閉じこめた。


 雪森さんだ!


「ごめん、遅れた」

「た、助かったよ! もう死ぬかと思った!」

「…………うん、ごめんね」


 雪森さんはなぜだかひどく落ちこんだような表情でいた。

 彼女の表情は気になりはしたのだが。


「わ、悪いんだけどさ! さくっとアレを対処してもらっていいかな⁉」


 オレは頼みこむように叫ぶ。


 なぜなら水流に巻きこまれたオレは、下半身が氷に埋没していた。

 足元の感覚が、ちょーーーーーーーと洒落にならないぐらいに冷たい!


「わかった。ちょっと待っててね」

「できるだけ早くお願いします!」


 ※※※


 一時間後。

 オレは水族館近くの港のふちに腰をかけていた。


 服は濡れたままだが、ポカポカ太陽のおかげでさっきのありえないぐらいの寒さよりは全然マシだ。濡れた服装のオレをチラチラと横目で見てくる人がいて、ちょっと目立ってはいるが。


 ……いや、不機嫌オーラ展開中の雪森さんが側にいるせいかな。


 雪森さんは無表情。

 けれど、ひどく落ちこんだ様子で隣に座っていた。


「水族館は大丈夫なのか?」


 オレがそう聞くと、雪森さんはわかる程度にうなずいた。


「うん、壊れたのは裏側の世界だから大丈夫」

「裏側の世界ね……」

「今は世界のほころびを直している最中。表側の世界に影響はないよ」

「なら良かった」

「…………うん、ごめんね」


 雪森さんはまた謝ってきた。

 さっきからずっとこの調子だ。なにごとにもマイペースな彼女が意気消沈していて、すぐに会話が途切れてしまう。


 オレは助かったのに、何度も『ごめんね』を繰りかえす。


 ……理由を聞いたほうがいいとは思う。

 ただ、雪森さんは何度も何度もオレに説明をしようとしては躊躇うような表情をみせている。なら、今は待っていたほうがいいのかも。


「あのね、スハル君」

「うん」


 オレは静かに耳をかたむける。


「あの半魚人は……私のせいだよ」

「え?」


 言葉の意味が呑みこめず、雪森さんを見つめた。

 ゆれる瞳の輝きから感情が大きく動いているのだけはわかる。


「雪森さんのせいってのは……どういうこと?」

「……アレはスハル君を狙ったんじゃない。私を狙ったの。……私の日常だよ」

「ぁ」


 たしかに、よくよく考えればアレは常にオレだけを狙っているわけじゃない。

 非日常の存在は雪森さんの日常なわけだ。そもそも彼女が戦っているところをオレが出くわしたわけだし。


 そこで、オレは彼女がなにに落ちこんでいたのか察した。

 巻きこんでしまったと後悔しているのか。


「けど、雪森さんと一緒にいて今までそんなことなかったのに」

「今日アレを討伐しに行ったから」

「……関係あるの?」

「私が今あっち側に堕ちやすくなっている。……もちろん、さっきみたいにならないよう気をつけたし。スハル君と会うのにも時間もあけたはずなんだけど」


 それなのに半魚人が湧いてしまった、と。


 オレが非日常に片足を踏みこんでいたから影響があったのかもしれない。

 それでも雪森さんは自分のせいだと気にしている。


「ごめんね、スハル君」


 雪森さんは瞼を重たそうに閉じて、小さくそうつぶやいた。


 そんなことない、大丈夫だよ。

 そう言ってあげるには、死と隣り合わせすぎる世界だ。


 雪森さんにバレないよう必死に隠していたけど、オレはさっきまで手の震えが止まらなかった。


 改めてわからされたが、非日常の世界はオレでは生きのこれない。

 絶対に拒絶すべき世界だと思う。


 ……だけどいつかは捕まってしまうのだろうとも予感はある。

 なら、オレが雪森さんに言ってやれることは。


「雪森さん、これ」

「……?」


 オレはポケットに入れていたものを雪森さんにそっと渡す。

 彼女は壊れないようにソレを手のひらにおさめていた。


「さっき別れたときに買ってきたんだ」

「もらっていいの?」

「うん、今ここであけていいよ。ってか……包装紙、ずぶずぶに濡れて破けちゃったけどさ」


 雪森さんは、ぐじゅぐじゅの包装紙を丁寧にあける。

 そしてメンダコの置物を、彼女は不思議そうに見つめた。


「タコの置物?」

「それさ、マグカップに置いたりすると温度で色が変わるんだって」

「カップ麵にも使える?」

「そ。カップメンダコだってさ。そのまんまな商品だよな」


 特に気張ったものじゃない。

 かっこうもつけていない。


 親友でもなく、恋人に贈るわけでもない、ほどほどなプレゼント。変わってしまった日常の中で、楽しい非日常を一緒にすごしてくれる相手に向けての友好品。


 ようは『これからも仲良くしてね』という意味をこめた、ただの平凡なプレゼントだった。


「友だちに贈るにはちょうど良さそうなプレゼントだろう」

「……友だち」


 雪森さんはカップメンダコを大事そうに見つめている。

 瞳からはさっきまでの昏い感情が消えたようで、オレは嬉しくなった。


 けっきょくのところ、なんだかんだオレも寂しかったのだと思う。

 だから雪森さんの孤独に共感していた。

 だからこそ、なんだかんだ言いつつお世話をしていたわけだし、なんだかんだで遊びに行ったりもする。


 友だちとしての距離感なら……非日常は受けいれることができた。 


「本当にありがとう、スハル君」


 そう言った雪森さんの微笑みは、とんでもなく可愛くて――。


 ここから非日常れんあいに発展しないことを心の底から願いつつ、それはそれとして彼女とすごす平凡な日々を楽しもうと決めた。


「別に。なんてことないよ、シナノさん」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 お読みいただき、ありがとうございます!

 これにて完結となります!


 二人の関係性をある程度ハッキリさせて話を締めるのがいい感じかなー思い、出オチからこここまで執筆してみました!


 中編のちょっとした読み切りにはなったんじゃないかと。

 ラブコメはなにか思いついたら読み切り感覚で執筆できるのがいいですね。またなにか思いついたら迂闊に投稿してみます!

 

 また応援&コメントもありがとうございます!

 書く原動力となっております!


 コメント返しをしたいなとは思うのですが……基本的にボクはメールを返すのにとても時間をかけてしまうタイプの人間です。以前に一話分のコメント返しで一時間以上かけることがあったので、返信は控えるようになりました。


 でも書く原動力になっています!

 応援ありがとうございます!


 またなにかしら思いついたら……というか近日中に、思いついた話をまた投稿します! そのさいはフォローなどしていただければ嬉しいです!


 それでは、読了ありがとうございました! 

 楽しんでいただけたら幸いです!

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