第13話 日常の中の非日常

 その日は朝からソワソワしている自分がいた。


 不幸なことに一日中晴天らしい。天気予報を何度たしかめても何度念じても、天気図に雨雲が生まれることはなく、雲一つない地図が描かれていた。


 もうすぐ雪森さんとお出かけだが、彼女はすでに出発している。

 もっとも理由は別で、アレ討伐に駆り出されたとか。

 学校をたまにお休みするのもそれが理由なのかもしれない。


 後日にしようか提案はしたが『今日絶対に行く』とメッセージが返ってきた。


 やっぱなしなんて到底言えるわけもなく、オレは私服に着替える。服装をどうすべきか迷ったが、気張っていないラフな格好で待ち合わせに向かった。


 電車にゴトゴトとゆられて、水族館前に到着する。


 港の大きな水族館で、近くには大観覧車がある。休日だからか家族連れが多くて、大勢の人で賑わっていた。


 雪森さんはすぐに見つかった。


 噴水前で人の目を集めている。その綺麗な容姿で通行人の足を止めていたけど、近づきにくいオーラのせいで遠目にされているようだ。

 そういえば美少女だったと思い出させるのはやめて欲しい。


 オレに気づいた雪森さんに片手をあげる。


「雪森さん、お待たせ」

「ううん、待ってない」


 雪森さんの服装は薄手のカーディガンにGパンと気楽な格好だ。

 もし気合の入った服装だったら褒めるかどうかめちゃくちゃに悩んでいたろうから、正直助かる。


 と、雪森さんと目が合う。


「服が気になる?」

「あ、や」

「パーティードレスで来たかったけど……討伐の帰りだから」

「いやあよく似合っているよ」


 アレがちょうど湧いてくれたことに、オレは心底感謝した。


 パーティードレス姿の雪森さんと歩くなんてオレのメンタルがもたない。というかパーティー用のドレスだと名前で説明しているじゃないか。


「……雪森さん、そんなに気合をいれなくてもいいよ」

「だって楽しみだもの」


 そう素直に言われてしまい、オレはもぞもぞと落ち着かなくなる。

 すると雪森さんは得意げにスマホの画面を見せつけてきた。


「美味しそうな海鮮系の店は全部チェックしてある」

「初めから食べることを考えないでくださいよ」


 水族館で目ぼしい海鮮物をチェックする気なのだろうか。

 雪森さんらしいなと考えていると、オレの言葉でも待っているかのように見つめてくる。


「……それじゃ行こうか、雪森さん」

「うん、行こう」


 雪森さんはコクンとうなずいた。


 そんなわけで大きな水族館に入る。


 巨大水槽がすぐにお出迎えして、回遊魚がオレたちを歓迎するかのようにヒラヒラと泳いでいる。空調がよく効いた室内、セピアブルーな色彩が海中にやってきたんじゃないかと錯覚してしまった。


 ちょっとした非現実的な空間。

 オレにとっては日常的な光景だ。


 そんな場所で、雪森さんはガラス向こうの魚群を見つめている。物憂げな横顔に、つい見惚れてしまいそうになるけれど。


「スハル君」

「うん?」

「ここの魚をすべてすりつぶせば美味しいシーフードヌードルが完成しそうだよね」

「小麦粉がなくて麺ができないんじゃないか」

「ふふっ、この世界には魚のすり身のうどんなんてものがあるんだよ。この水槽は食への可能性が秘められているね」

「鑑賞用ですってば」


 とまあ、雪森さんは雪森さんだった。


 もうちょっとこう、なんというか……デート的な雰囲気になるのではと身構えていたのだが、そんな雰囲気は微塵も感じない。


 遊びといったからには、本当にただ遊ぶ気なのだろう。

 それならと、オレも肩ひじをはらないことにした。


「ナマコってどんな味がするんだろうな」

「そのあたりを語らせたら私、うるさいよ?」

「……ナマコの味を語らせたらうるさい女子高生ってどうなんだろ」

「サバイバル生活を何度も経験したからねー。ウニやカニのデザートゾーンはあとでゆっくり見るとして、先にがっつりめのアシカを観にいこうか」

「そろそろ食でたとえるのはやめましょうや」


 食わないよな? 食べてない……よな?


 雪森さんは無表情すぎてなにもわからないし、ふれるのは危険な気がした。


 アシカを観たりペンギンを観たり、小さな水槽コーナーで深海の不思議生物を眺めたりしてなんだかんだで楽しんで……。


 学名『もっぱらさー』と書かれた小さな水槽前で立ち止まる。

 オレも雪森さんも足を止め、もっぱらさーな水槽を目にした。


「こう……隙あらばくるな」

「好かれたのかもね」

「冗談でもやめて……」


 もっぱらさー科もっぱらさー類もっぱらさー目。

 学名もっぱらさーはなんとも不思議な形をしていた。


 ウニとナマコとイカと、ついでにタカアシガニの要素をあわせもったような形だ。


 ゲーマPCびっくりなトロピカーナな色彩。百パー、地球上の生物じゃないけれど、ここで『わー。不思議な生物がいるんだねー』だと存在を認めてしまえば、コレがオレの日常になってしまうかもしれない。


 だからこそ。


「水族館のだしものみたいだな」

「うん?」

「面白空想生物を3Dプリンターで作ったんだろうな。深海コーナーにこっそりとまぎれさせて、お客を楽しませるつもりなんだよ」

「……そうだね」


 雪森さんはオレに合わせるようにうなずいた。

 学名もっぱらさーは水槽の中から『もっぱらさー……』と自己主張するように鳴いてくるが、心底見下すように睨みつけてやる。


 日常の輝きを前に、消えるがいい非日常!


 そしてまばたきをした瞬間、学名もっぱらさーは水槽ごと消えていた。


「ふん、日常が非日常なんかに負けるかよ」

「……すごいね、スハル君」

「だろう? オレもけっこうやるんだよ」


 と、得意げに言ってみた。

 油断しすぎと注意されるんじゃないかと思ったが、雪森さんは感心した様子だ。


「何度かアレに出会ったとはいえ、普通あそこまで突っぱねることはできないよ」

「まあアレが日常化されたら困るし、こっちも必死なわけで」

「……だよね。変わらないのがスハル君の強さだよね」


 雪森さんはそう言って、消えてしまったアレを探すように虚空を見つめていた。


 その横顔がなんだか寂しそうに見えて。

 どう言葉をかけていいかわからず、オレは彼女を黙って見つめていた。


 〇


 それから雪森さんと別れて、オレは所用を済ませる。


 時間をかけすぎたかと思い、小走りで彼女のもとに向かう。

 水槽で泳いでいる魚が今では美味しそうな海鮮にしか見えないのは、間違いなく雪森さんのせいだろう。アレ討伐のおかげでお財布事情はよいと言っていたので、遠慮なくお高い飯をたかってやろうかなと考えた。


「ぐっ……」


 水槽に映る自分の顔が、楽しそうに笑っている。

 このまま雪森さんと顔を合わせるのは癪なので、頬をぐにぐにと押さえつけて、なんでもなさそうな顔を作っておいた。


「……あれ?」


 いつのまか、人がいなくなっていた。

 アレ空間にでも迷いこんだのかと思ったが、魚の解説はハッキリと読める。


 どうしたのかとオレが周りを見渡していると、べちゃり、べちゃりと、やけに粘着質のある足音が聞こえてきた。


「もっぱらさー……もっぱらさー……」


 えー……またかよ……。


 連続で出会うなーと辟易としていたオレの前に、半魚人があらわれた。

 ??????


「もっぱらさー……」


 半魚人だ。マジで半魚人だ。


 オレより大きな半魚人で、その手に三又の槍をにぎっている。肌はテカテカと光っていて、瞳は血を求めるようにギラギラしていた。


 あれ???

 いきなりハッキリした姿であらわれたような……???


 ま、まあ、『おまんも日常!』といった感じで突っぱねるとするか。


「やれやれ、ぬいぐるみドッキリか――」

「新鮮な肉だああああ!」


 三又の槍が投げられて、オレの近くの水槽にびーーーいんと突き刺さった。

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