第12話 本心

 オレはスマホを持ったまま固まっていた。

 もっぱらさーアイコンをタッチすると、雑なフォントと適当なUIのアプリが起動して、あらぬ文面が表示されていた。


『あなたの心を暴いてみせます! 本心チェッカー!』


 本心、本心か……。

 好きな人は好きそうなジョークアプリみたいだが……。


 雪森さんがマジマジと見てきたので、オレはたずねた。


「雪森さん、ネットで湧くアレは……ジョークアプリが多いのか?」

「だいたいはそう。心が病んでいる人が好きそうなアプリであらわれる。占い系が多いかな? 占いで依存させて闇に堕とす」

「わかっていたらたいしたことはないか……」

「だね。心理テストや占いなんてバーナム効果だよ。鼻で笑ってやればいい」


 雪森さんは占いをまったく信じていないようだ。


 能力者ともなれば占いなんて非現実的なことを信じそうものだが。的中率の高い予知能力者が知り合いにいるとか、かな。紛い物なんてちゃんちゃらおかしい、みたいな。

 ……オレの考え方も非日常に寄りつつあるなあ。


 こんなアプリさっさと片づけてしまおう。

 しかし本心チェックか。さっきまでの雪森さんとのやりとりを思い出してしまう。金髪碧眼爆乳爆尻が好きなのは嘘じゃないが……。


 ひとまず本心チェックボタンをタッチしてみる。


『実は銀髪女子が好き?』


 かすれた声が再生される。

 部屋に静寂がおとずれた。


 こいつ、音声でやりとりするタイプか‼‼‼

 しかもオレの思考を読みとったな⁉

 好きそうな人はたしかに好きそうだ! 悪事に利用できそうだし精神衰弱した人間をそうやってハマらせていくんだな、チクショウ!


 ぐっ……雪森さんがベッドから凝視している‼


「可も不可もなくだ。特になにも思わない」

『本心! 可も不可もなく!』

「……まいったな、変なアプリが勝手にインストールされていたみたいだ」


 オレはさも日常の一幕みたいに片付けようとした。


 しかし雪森さんが仕掛けてくる。


「雪森シナノという銀髪美少女のことは可も不可でもない?」


 オレへの質問みたいだけと答えるわけが……まさか。

 アレなアプリが、オレの思考を読みとる系だと気づいたか⁉


「どうしたの、スハル君。はやくタッチしなよ」


 雪森さんはガンマンの早打ちっぽく言った。


 オレはスマホを放り捨てようとする。


「タッチなんてしないさ。このアプリはあとで削除する……なっ⁉」


 オレの指が自然と画面をタッチしようとしていた。


 な、なんで、指に力なんていれていないぞ……⁉ 

 あっ! 指周りに小さな氷の結晶がまとわりついている!


氷廻ひょうかい。氷の結晶で相手を意のままにあやつる。氷使いの秘奥義だよ」

「秘奥義をくだらないことにつかうなよ⁉」

「アレへの対処をひきのばしにするのはもっとよくないよ」


 のおおおおお! 画面をタッチしてしまう!

 雪森さんのことを考えるな考えるな! 脳細胞から雪森さんのことは消し去ってしまえって、これ絶対意識するやつだ!


『雪森シナノという銀髪美少女のことは可も不可でもない?』


 アプリからろくでもない質問が飛んできた。

 オレはさらりと答えてやる。


「可も不可どころか、なんとも思っていないぞ」

『not本心! not本心! not本心!』


 オレはなんもかんも無視したかったのだが『もっぱらさー……もっぱらさー……』とオマヌケな声が聞こえてきたのでしぶしぶと答える。


「雪森シナノのことは嫌いじゃない」

『本心! 雪森シナノのことは嫌いじゃない!』


 げっそりしたオレとは対照的に、雪森さんは嬉しそうに足をパタパタさせた。


 ……このアプリを仕掛けたのは雪森さんじゃないだろうな。


「雪森さん、こんなのはバーナム効果だよ。それっぽいことを言っているだけ」

「スハル君知らないの? 占いは当たるものだよ。人生の羅針盤だよ」

「さっきと言っていることが真逆じゃないか!」


 雪森さんは嬉しそうに鼻歌をふんふん漏らしはじめながらベッドで転がっていた。


 まずい! このままでは調子に乗った雪森さんが我が家に居座る!

 オレは普段の雪森さんを思いっきり意識してやり、それから画面をタッチした。


『雪森シナノを面倒だと思っている?』

「思っている! すっごく思っている!」

『本心! 雪森シナノのことは面倒だと思っている!』


 雪森さんが片眉をあげて言う。


「雪森シナノを面倒だと思いつつもなんだかんだ一緒にいるのが嫌いじゃない?」


 ぐっ……指がぐぐっと動いてしまう! 

 抗えない! 私欲で能力をつかうなよ!


『雪森シナノを面倒だと思いつつもなんだかんだ一緒にいるのが嫌いじゃない?』

「面倒面倒超面倒!」

『not本心! not本心! not本心!』

「……嫌いじゃないけど苦手だとは思っている!」

『本心! 嫌いじゃないけど苦手だとは思っている!』


 雪森さんはちょっぴり不服そうに頬をふくらませたあと、それはそれでいいかなーみたいな表情で満足そうにゴロゴロしていた。


「雪森さん、ここぞとばかりに暴いてくるじゃないか……」

「スハル君、面倒だと思いつつもなんだかんだ一緒にいる自分を早く認めなよ」

「面倒だと思っているオレもちゃんと認めてくれません⁉」


 だいたいだ!

 前提として自分が好かれていると思っているのがなにより癪すぎる!


 よほど自信があるのか。あるいは寂しさゆえに遠慮がないのか。雪森さんの孤独は知っているが、それはそれとしてだとオレは画面を再タッチする。


『生天目スハルは距離感が近い子が苦手?』

「大の苦手だ!」

『本心! 本心! 本心!』


 つづけざまに画面をタッチする。


『生天目スハルは愛だとか恋だとかわからなくて、恋愛も異性も苦手?』

「超苦手!」

『本心! 本心! 本心!』


 オレはどうだと言わんばかりに雪森さんを見つめてやる。


 人には人のパーソナルスペースがある。

 恋愛の空気にでもなればオレはとっても困ってしまうぞ。雪森さんを避けるかもしれないぞ。と、間接的に伝えてやった。


「スハル君」

「なんだよ」

「ちゃんとかまわないと大好きになるよ?」

「恋愛感情を脅しにつかわないでくれますか⁉」


 隙あらば遠慮なく攻めてくるな⁉

 そりゃあアレな存在と戦いつづければそうなるかもしれない。


「次はどんな質問がいいかなー」


 と、雪森さんは足をパタパタさせる。綺麗な肌がチラチラと見えるが、わざとかそうじゃないのかかわからない。わかりたくもない。


 うぐぬ……背に腹は代えられないか……。


「雪森さん、今度の休みさ。遊びに行こうよ」

「遊び、に……?」


 雪森さんは目を真ん丸させて固まってしまった。

 そして、親しい人と休日に遊んだことなさげな雰囲気で聞いてくる。


「私と……遊びに?」

「そうだよ」

「ホントに? イヤイヤじゃなく?」

「イヤイヤだよ。背に腹は代えられないからだよ」


 雪森さんは上半身を起こし、女の子座りで言う。


「うん、遊びにいこう」


 無表情でも嬉しそうなオーラが全身からダダ漏れてきた。


 …………。

 オレは喉まででかかった言葉を呑みこみ、なにも感じていない表情で聞く。


「ところで雪森さん、占いなんてのは?」

「バーナム効果。気のせい」

「よろしい。心理テストも占いもそれっぽいことを言っているだけだよ」


 多大なる犠牲をはらうことで、アレなるアプリがスマホから消えてくれた。

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