第11話 とんこつラーメン

 いつもどおりに授業を終えて、平凡に帰宅する。


 自宅マンションのリビングで、オレは家事を片づけていた。

 アレがでてこようが日常は保たなければいけない。そうでなければ、なんの力がないまま非日常の世界が待っている。


 雪森さんとも積極的に関わることはない……はずなのだが。

 かまってくださいと彼女は距離を詰めてくる。寂しさが溜まっていたののか、そりゃもうすごい勢いで。……いや、あれはもう素なのかも。


 そう考えていると、ぴんぽーんっと玄関のチャイムが鳴る。

 オレはおそるおそる近づき、どうしようか躊躇いながら玄関扉をあけた。


「スハル君、洗濯機を貸して欲しいの」


 制服姿の雪森さんが大きな袋を抱きしめながら言った。


「……自宅のは?」

「動かなくなった」


 故障か。胸に抱えているの袋は洗濯ものか。

 目に見えないようにしてくれて本当に助かる。


 コインランドリーに行ったらと言いたいが、女性は利用しづらい場所だ。女性専用コインランドリーなんてのもあるらしいが、この近くにはない。


「……どうぞ」

「お邪魔します」


 オレが仕方なしに了承すると、雪森さんはマイスリッパを履いて脱衣所に向かった。微妙に生活力が足りてないよなあ。


 雪森さんの下着……衣類を見てしまうわけにはいかないので、玄関から声をかけた。


「雪森さんー! 洗濯ネットは洗濯カゴにはいっているからー!」

「わかったー。スハル君ー」

「なんだー?」

「脱衣所の洗剤の匂いねー。ちょっとスハル君の匂いー」

「そういことはいちいち言わんでいいです‼」


 男として見ていられていないのだろうか。

 オレは自分のシャツを嗅いでいると、雪森さんが脱衣所から出てくる。


「ありがと、干すのは私の部屋でやるよ」

「そうしてください。ちょっと待って、お茶でもだすから」


 洗濯ものが洗い終わるまでリビングで待ってもらおうと、お茶とお菓子を出そうとしたのだが。


 彼女はスススーとすべるように、オレの部屋に向かった。


「ちょ、ちょちょーい‼」


 オレが慌てて自室に向かうと、奴めはすでにベッドにダイブを決めこんでいた。

 制服姿でゴロゴロと転がっていた雪森さんは、ぴたりと動きを止める。


「スハル君、お茶は?」

「お茶はじゃあないんだよ! なにしてんだ⁉」

「他人のベッドで寝転がるという至福を味わっている」

「自分のベッドで寝転がられる地獄を味わっているんですが」


 自身の寝具はパーソナルスペースがもろに反映されると思う。

 他人に触れられるのがイヤな人もいるし、外の匂いや汚れをつけたくないから着替えるまで触れない人、まったく気にしない人もいると思う。


 オレは他人に触れられるのがイヤなタイプだ。

 なので敵対生物かのように思いっきり睨んでやる。


 雪森さんはオレと目を合わせたあと、わずかに微笑む。


「エッチ」


 雪森さんはスカートの乱れをなおしながら言った。


「ははははは」

「すご。人ってこんなにも乾いた笑い方ができるんだね」

「笑わなきゃやってられないので。さっさと出ていってくれよ、マスコット枠」


 オレが手でシッシッと邪険に扱ったのに、雪森さんはむしろ脱力した。


 仰向けに寝転がり、だらーんとしながらオレを見ている。

 すらりとした体系だけど、制服のうえからでも女性のラインがわかる。ベッドのうえで無抵抗な姿をさらけだしていた。


 うぐ…………うぐぐぐぐぐっ!


「どーしたの? ……固まっているみたいだけど?」

「……自分から降りるのを待っているんだ」

「ふふ」

「なんっすか、その笑い」


 雪森さんはコテンと枕に頭をのせる。

 いつもはオレが頭をのせている枕が、彼女の体重でふかぶかと沈んだ。


「スハル君は恋や愛がわからないと公言しておりますが」

「そーですが?」

「ちゃんと年頃だよね」


 雪森さんはニヤーと笑い、枕にうずくまる。

 なんともこそばゆい気もちになるも、オレは真顔のままでいた。


 雪森さんは絶対的有利にいられて嬉しいのか、あるいはこの路線で攻めたらオレは好き放題にできると踏んだのか、ベッドで猫のようにゴロゴロしはじめる。


 負けるな!

 相手は妖怪コンビニ前ジャージカップ麺すする娘だと思え!


「別にさ。愛や恋がわからないだけで、好みがないとは言っていないぞ」

「へえ? そう切り返すんだ」


 雪森さんは余裕綽々で足をパタパタさせている。

 オレが変な空気になるのを恐れて言えないと思っているのだろう。


 舐めるな!


「金髪碧眼爆乳爆尻」

「え?」

「金髪碧眼爆乳爆尻な女の子が好みだ!」

「…………とんこつラーメンが好きなの?」


 とんこつラーメンて。

 言わんとしたいことはわかるけども。


 ちなみにラーメンはさっぱりめの塩味が好みだが、今ここで言う必要はないだろう。


 なぜなら雪森さんは銀髪スレンダー体系とさっぱりめだからだ。


「雪森さんがあくまで生物学上女性だから敬意ははらうけど」

「せいぶつがくじょう」

「頭に乗るではないわ! 塩ラーメン!」

「むむー……」


 雪森さんは眉をひそめたあと、不貞腐れたようにベッドでうつぶせになった。


 勝った……いや、勝ったのかはよくわからない……。


 痛み分けな気もするし、雪森さんはけっきょくオレのベッドで寝転がったままだ。匂いがついたらイヤだな、あとで消臭剤を買っておこう。

 ……雪森さんの匂いで、変に意識しそうだし。


 オレは全身の力をぬくように息を吐き、その場であぐらをかく。家事のつづきをしたかったが、目を離したさきに家探しされてはかなわない。


 スマホでもいじってようと、画面をタッチする。


『もっぱらさー』


 という名前のアプリ(虫眼鏡の形)がいつのまにやらインストールされていた。


 しばし、頭を抱える。

 …………怖いよりまず、困惑のほうが大きくてさあ。


「雪森さん……」

「んー?」

「アレはさ……電子の海をただよってきたりする……?」

「ネットを媒介にあらわれたりするよ」

「グローバルに対応してるのな……」

「世界と表裏一体だしね。なんでこの話を……あー」


 雪森さんは上半身を起こして、真面目にオレを見つめてくる。


 オレは虫メガネアイコンを削除しようとしたが、何度も削除しても表示されていた。

 ……こういった類いの怪談を聞いたことがあるなあ。

 スマホごと捨てても戻ってきそうだ。


「アプリ? 消せなさそう?」

「……はい、削除できません」

「起動するだけ起動してみたら? それから突っぱねればいいわけだし」

「……消せそうにないし、そーしてみる」


 オレは片目を閉じながらおそるおそるとアプリを起動してみる。

 もっぱらさーと効果音が鳴り、タイトルが表示された。


『あなたの心を暴いてみせます! 本心チェッカー!』


 神よ。

 どうしてオレに試練を与えるのか。


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ラーメンは醤油派

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