第10話 いつものじゃない日常

 あれからもオレの日常は変わりない。


 チャーハン事件だったり、裏世界コンビニに迷いこんだりしたが、オレは愛すべき平穏な生きている。生きなければいけなかった。


 でないとアレが、オレの日常になる。


 いつかは非日常に捕まってしまう気もするが、なに一つ対策がないのはマズイ。なんなんからかの武器は得ておきたかった。


 というわけで平凡な日々に埋没する。

 学校の休み時間。廊下の窓にもたれて瞑想するようにぐでんーとしていると、隣の田宮君がスマホを見ながらたずねてきた。


「生天目はなにをしてるんだ?」

「全力で日常中」

「そっかー」

「そうー。日常最高ー」

「……ところでさ、生天目と氷姫って付き合っているのか?」

「は…………?」


 オレの日常をぶち壊す不穏ワードに、田宮君をにらむように見てしまう。

 田宮君は慌てたように手をふった。


「つ、付き合っていないんだな? な、なんでそんな怖い顔してるんだよ」

「すまん。オレの日常が脅かされた気がして。……どこからそんな話に?」

「お前たちが一緒に帰っているって話が漏れてきたんだよ」


 うぐっ……雪森さんと一緒に登下校をしているのはたしかだ。

 学校近くでは距離を離しているが、誰かが目撃していたのもおかしくないわけか。


「雪森さんと同じ方向を歩いていたところでも目撃したんじゃないか」

「生天目さ、本人がいないときは氷姫って呼んでいたよな?」


 鋭い問いかけに、オレは黙りこんでしまう。

 予想外のリアクションだったようで、田宮君は『まじ?』みたいな顔をした。


 隠しとおせそうにないかあ。


「雪森さんが家の近くに引っ越してきたんだ。登下校はそれで一緒になっている」


 正確には部屋の隣だが。

 田宮君は口が固い奴なのは知っているけど、えにしのこともある。ある程度は情報を伏せておこう。


「へー、それで話しているうちに仲良くなったわけか」

「別に仲良くなったわけじゃ……会話はするけどさ」

「なんだよー、ラブコメっぽいじゃん。面白いことになってんなー」

「別に仲良くなったわけじゃないぞ」

「二度も言うなって」

「別に仲良くなったわけじゃないぞ」


 オレは平坦なトーンで言った。

 田宮君は「お、おう」とたじろぐ。でも会話を終わらせる気はないようで、スマホをポケットにしまっていた。


 田宮君はネットの海よりオレに興味をもったようで瞳の好奇心を隠せていない。


「生天目はつまり、氷姫との思い出を大事にしたいんだな?」

「は……? は…………?」

「彼女との時間を誰にも茶化されたくないから秘密にしてんだよな? おいおいおい、恋愛しているじゃないか」

「いったい誰の話をしているんだ……?」

「生天目に決まっているじゃんか」


 田宮君はニヤニヤしている。

 アレについての話をつまびらかに語って、非日常の世界にひきずりこんでやろうかと考えたけれど田宮君は友だちだ。


 でも、友だちなら……一蓮托生じゃないか……?


「生天目? な、なにか企んでないか? 顔が怖いぞ……?」

「聞きたがっているのなら話そうかなって」

「……やめとくわ!」


 田宮君は爽やかに笑った。

 その鋭さで危険を感じとったのかもしれない。おのれぇー。


「学校とはちがう彼女にトキメク生天目かー」

「まだ言うか」


 アレについて語るぞ。

 だいたい雪森さんの極端な行動や、アレへの容赦のなさを知っていたらトキメクとかまずありえない。心情の鼓動が早くなることはあれど別の理由だ。


 普段の彼女を知っているからこそ、恋愛に関連付けられるのは納得いかない。

 誤解を解けなくて悶々としていると、田宮君が口をひらく。


「でも、よかったよ。生天目に浮いた話がでてさ」

「まだ言うか」

「真実はどうあれ仲良さそうじゃん」

「だから仲良くないって」

「素のお前の反応じゃん。可もなく不可もなく当たり障りなし。対人関係をなあなあで流そうとする生天目にしては、わかりやすい反応だよ」


 オレはまたも口を閉ざす。

 頭をぽりぽりと搔きながら、苦しまぎれに言う。


「……ほんと鋭い」

「お? ラブコメの親友枠ゲットかー?」

「ラブコメかは置いておいて、田宮君は友だちだよ」

「やりぃ」


 田宮君はそう言って、黙ってしまう。周囲の温度が下がったからだ。


 雪森シナノ。

【氷姫】と呼ばれる女の子がやってきたからだ。


 ツカツカと不機嫌そうに歩いている。

 上履きでどこからそんな効果音を出しているのか。


 怖いぐらいに整った顔立ち、ツンとした表情。誰も寄せ付けないオーラをださなきゃいけない自分に、苛立っているのかもの不満そうだ。


 一人廊下を歩いているのは落ち着かないからか。あるいは人との繋がりを探しているのか。周囲の温度が下がったのもきっと気のせいじゃなく、寂しさのあまり無意識に能力が漏れているのだと思う。


 雪森さんがオレの前をとおりすぎる。

 冷たい瞳はオレを一瞬とらえていたが視線を外される。オレと雪森さんが学校という日常で関わることはない。これからもきっと。


 それは雪森さんが自ら望んだ……ん?

 チラッチラッ見てきていないか……?


「じー」


 雪森さんの視線の先にはオレがいる。

 そんな彼女の反応に、オレは周りの人にジロジロとみられていた。


 本当に隠す気あるんです⁉


~~~~~~~~~~~~

 あともう何話かで終わります!

 楽しんでいただけたら幸いです。

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