第9話 しゃべることはない

 コンビニの出入り口はコンクリートの壁で固められていた。

 窓ガラスには変化がなかったのでたしかめてみたが、ガラス向こうは闇だ。漆黒の世界が外に広がっている。


「な、なんで⁉ 予兆はなかったぞ⁉」


 オレが動揺していると、雪森さんは落ち着くように言う。


「大丈夫、アレは出てこないよ」

「……ア、アレ関係じゃないのか?」

「そうだね。ここは【アレ世界】とでも呼んで」

「けっきょくアレじゃあないですか」


 名前は知らないほうがいいんだな、アレ世界。これ以上アレなにがしが増えてくると、ややこしくなりそうだ。


 ひとまず、雪森さんがぜんぜん動じてないので危険度は低そうか。


「雪森さん、ここはどういったアレなわけで?」

「ハッキリとしない場所。説明する前にまわりを見て」


 オレはまわりを見てみる。

 がらんとした店内。お客どころか店員もいなくて、オレたち以外に誰もいない。棚に置かれた商品の文字がボヤけている。電灯もついているし空調も効いているが、それでも普通の場所じゃないのはわかった。


 オレは文字のボヤける商品を見ながら言う。


「ここは……元のコンビニじゃない?」

「世界の境目にある【アレ世界】。私たちの世界を模した場所。マヨヒガとかメアリー・セレスト号だと思って」


 マヨヒガはわりと有名な伝承だ。


 メアリー・セレスト号はたしか……誰もいない難破船を調べたら、ついさっきまで誰かがいたような生活感があったという話だ。コーヒーから湯気がのぼっていたらしい。


 共通するのは生活感がある無人の場所か。


「あとはね、サイレント〇ルの裏世界とか」

「めちゃくちゃ不安になってきたんだけど……」

「大丈夫だよ、私の顔を見て。動じてないよね」


 雪森さんは冷たい表情のままだ。いつもどおりだ。

 ただ最近ではぼんやりした表情にも見えるので、相互理解が進んだのかなと思う。


「ちゃんと脱出できるんだな」

「うん、数時間後には元の世界に戻れるから、それまで仲良くおしゃべりしよっか」

「雪森さん、今すぐ脱出できる方法を試そう」

「なんであると思うの? あるけど」


 あるんだ。あると思ったんだよ。

 雪森さんからほんのりワクワク感が漂ってきていたし。


「雪森さん、ちょっと楽しそうだったし」

「うぇーい、うぇーい」

「ちょ! なに⁉ わき腹を指で差さないでくれよ!」


 雪森さんは表情をミクロンも変えずにわき腹をツンツンしてくる。

 オレは両手でバリアーの形をすると、彼女は少し不満そうにした。


「今すぐ脱出できる方法は強硬手段だよ」

「よくないのか?」

「世界をかき乱すし、あまりよくない」

「……数時間おしゃべりしよっか」

「うん、仲良くおしゃべりしよー」


 仲良くを省いたのにしっかりと付け足してきた。


 しかし数時間もか。……数時間かあ。


 男友だちなら苦じゃないが、相手は氷姫。ある程度内面を知ったとはいえ、正直話題に困りそうだ。一応、まあ……異性と長時間過ごすことに緊張しているのもあるけどさ。


 と、雪森さんが菓子をつかんでイートインスペースに向かおうとする。


「雪森さん、お金は?」

「いらないよ。アレ世界のものを壊そうが燃やそうが、現実に影響はない」

「お金は払う必要がないのか……」

「遭遇したらラッキーと思うべき」


 だから突然の非日常にこれぽっちも動じていなかったんだな。


 オレはアレ世界のコンビニをあらためて見渡す。

 がらんとした店内には商品が丁寧に置かれていて、人の息遣いを感じる。現実のコンビニをコピーした場所らしいが、日常と地続きにつながっている気がした。


「オレ、お金を払うよ。雪森さんの分もさ」

「……そう。だったら私も払う」


 雪森さんはすんなりとオレの意見に賛同してくれた。


 どういった心変わりがあったのかはわからない。


 ただ2個目のカップ麺を食べようとしていたので、それを止めるほうに話がそれてしまう。オレはコーヒーとグミ、雪森さんはチョコとカフェオレを取ってきてからお金をレジに置いていて、イートインスペースに向かった。


 窓際席に座って、真っ黒な闇を眺めながらおしゃべりタイムだ。


「さ、スハル君。おしゃべりだよ」


 だよと、言われても。

 まいったな、おしゃべりしなきゃと思うと言葉がでてこないぞ。


 ガシガシ距離を詰めてくるので忘れかけるが相手は異性だ。

 しかも一応美少女だ。軽くひねられる実力差なので、雪森さんはオレが男でも平気でいるのだろうけどさ。


「じー」


 めちゃ見つめてくる……。

 落ち着かない……ここで数時間かあ……。一人のほうがマシかもなあ。


 そこで、ふいに気になった。


「雪森さんはさ、アレ世界にたまに迷いこむのか?」

「うん、たまに迷いこむよ」

「一人で? そのときはどう過ごしているんだ?」

「アレ世界はビルだったり、駅構内だったり、現実世界を模倣するから暇は潰せるよ。たまにスマホにつながるから……あ、ダメだよ。スマホは禁止でーす」


 雪森さんは腕でバッテンを作ってきた。

 いやスマホをいじろうとはさすがに思わなくて。


「……一人で迷うんだ。この場所に」

「周りを壊しても大丈夫だし、市街戦の訓練にもなるからわりと便利」

「ポジティブだなあ」

「私、明るいので」


 雪森さんは感情をこれぽっちもこめていない表情で言った。簡単には言うけれど、その考えるにいたるまでに苦労があったのは察せる。


 ……非日常が雪森さんの日常か。一人でいることが日常の世界か。


 オレが考えこんでいると、雪森さんはなにかに気づいたように眉をあげる。


「スハル君、もしかして」

「ん?」

「私が側にいて緊張してるの?」


 オレは黙りこむ。

 図星だったからじゃなくて、雪森さんが勝ち誇った表情をしたのでムッとしたのだ。


 いつもは表情を変えないくせに、こういうときは変えるのかい。


「していない」

「わかる、わかるよ。私、美少女だものね」


 雪森さんはそりゃあもう嬉しそうに、ふふんと鼻息をもらした。


 …………。

 くそう……っ! なんか癪だ! 絶対に認めたくない!

 コンビニ前でヤンキーに正座させて、ジャージ姿でカップ麺をすするくせにさ!


「雪森さんは面白い枠だから」

「それって【おもしれー女だな】って言いたいの? ここから恋に発展しちゃう?」

「少女漫画的なおもしれーじゃないよ」

「じゃあなんだよー。言ってみろよー」


 雪森さんが真顔でわき腹をひたすらに突いてきた。

 勝った気分でいる彼女に、オレはしらーと言ってやる。


「雪森さんは面白マスコット枠なんで。緊張とかマジありえないです」


 雪森さんが何度もオレの言葉をたしかめるようにまばたいている。

 オレはオレで嘘偽りないぞと伝えるようにお塩な真顔でいた。


 すると雪森さんはすくりと立ちあがり、右手を天井にかざす。


雪時雨ゆきしぐれ

「うおおおおおおおお⁉⁉⁉ さっむむむむっ⁉⁉⁉」


 コンビニ内に吹雪が発生したんだが⁉

 のおおおお⁉ 一面が真っ白に染まっていくううう⁉


 ガチガチに歯をふるわしたオレに、雪森さんはさめざめと言った。


「突然の吹雪、これじゃあ身体が冷えちゃうね」

「いけしゃあしゃあと‼‼‼」

「身体をポカポカさせるために今から雪合戦だ」

「ちくしょう! のってやりますよ‼ こい! 非日常の権化‼」


 オレは雪玉を作って、遠慮なく投げつけてやる。それぐらいしないと彼我の差は歴然だと思ったからだ。


 案の定、氷の結晶でガードされる。


 オレは「これだから能力者はさ」と大人向けヒーロー漫画にありそうな台詞を吐きつつ、雪玉を投げまくったり、一時休戦と二人でホットコーヒーを呑んだりした。


 そんなことをしていると、いつのまにか入り口の壁が消えていた。

 まだ数時間も経っていないはずだ。


 雪森さんは「……こんなに早く出られたのは初めて」と言っていたが、オレはこのときどうしてだか意地でも理由を知りたくはなかった。


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 二人はともだち


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