第8話 町のホッとする場所
静かな夜。タカタカと、キータッチの音が自室で聞こえる。
オレはラフな格好でノートPCのキーボードを叩き、レポートを書いていた。背筋を伸ばし、コキコキと肩甲骨を鳴らす。
「ふー……こんなものでいいかな?」
レポートには日常チャーハンのレシピ、また作るときの心意気などを書いた。
レシピをネットに公開するわけじゃない。雪森さんにレポートにまとめた方がよいと言われたのだ。
日常は非日常なんかに負けないもん理論は証明された。
これから非日常とエンカウントとするとき、どういった心持ちなら切り抜けられるのか言語化してまとめたほうがよいと言われたのだ。
ただ、アレについては書くなとも言われた。
アレや組織の名前を教えられていないのは、
アレをより知ってしまえば、より非日常の濃度あがると。
このレポートはオレのたった一つの武器なわけだ。ペンは剣より強し……ちょっと意味がちがうか。
チャーハン事件から幾日、アレとは出会っていない。
「……ちょっと口元が寂しいな」
間食できるものはないか……仕方ない。外に買いに行くか。
オレはマンションを出て、少し離れたコンビニへと向かう。
このあたりは開発地区だからかコンビニの数はまだ少ない。店舗も早く閉まるし、夜は静かだ。そんな静かな夜道を一人で歩くのには少し不安になる。雪森さんに『危ないと感じたら無理せず呼んで』とは言われているが。
彼女は側にいない。他にも監視員がいるのかもな。
「チャーハン、チャーハン、チャーハン」
念仏みたいにつぶやきながら夜道を歩いて行った。
そうして、コンビニに到着する。
店から漏れてくる温かな光にホッとした。コンビニは電灯を外に向けて、灯りでお客を呼びこむと聞いたことがある。
その灯りに釣られたか、ヤンキーが三人座ってたむろっていた。
「……チャーハン」
どうしてコンビニ前に集まるのだろうか。彼らも威圧することはないのだろうけど、つい萎縮してしまう。あのギャハハ声が威嚇に聞こえるのかもしれない。
あれ、でも静かだな?
なんでだろうなーと視線を合わせないよう店に入ろうとして、その中の一人が声をかけてきた。
「スハル君、こんばんは」
「雪森さん⁉⁉⁉」
ヤンキー三人組の中に、雪森さんがいた。
ジャージ姿で段差に腰をかけて、カップ麵を真顔でつるつる食べている。
「ど、どうしてそこに⁉ な、なにがあったんだ⁉」
本当になにがあったんだ⁉
ヤンキーにからまれ……いや、ヤンキー二人は雪森さんの前で正座しているな?
赤毛の男が助けを求める瞳で言う。
「あ、あの……姉御のお知り合いっすか……?」
「姉御⁉ 雪森さん、説明してくれ!」
そう叫ぶと、雪森さんは麺をつるんと食べる。
オレがはよ話せと目を細めると、彼女はスープをちょっと飲んでから言った。
「……私ね、コンビニの光って好きの。いつまでも終わらない日常の光。そこで静かにラーメンを食べながら町をいきかう人たちを見ているとね。いろんな人生が見えてくるの。寂しさがまぎれるの」
「コンビニ・バーをしてる……」
なんっつー孤独の癒し方を……。
じゃあこちらの二人はなんなんだ。
もしかして組織の人たち……には見えんよなあ。
「でね。コンビニに出かけたら、この二人が騒がしくしていて」
「……自分の居場所が邪魔されて怒った、と」
「そんなに心狭くないよ。私は寂しい思いをしているのに、どうしてこの二人は楽しく騒いでいるのかなって、ちょっと注意しただけ」
「ちょっとの態度じゃないですよ⁉」
ヤンキー二人は大人しく正座している。二人とも涙目だ。
絶対に八つ当たりされたんだ!
赤毛の男は声をふるわせて言った。
「あ、姉御の……彼氏さんっすか? やー、素敵な人だなー」
「スハル君とはそんな関係じゃない」
よかった。きっぱりと否定してくれた。
心底安心していると、雪森さんが超得意げに言う。
「すごくすごく仲のよい友だち。絶対に離れることのない関係だよ」
「そんな関係でもないですが⁉」
オレは否定したのに、雪森さんは照れなくていいみたいな顔でいた。
そこでなにかを察したのか、赤毛の男はひきつった笑みをうかべる。
「まだ付き合っていないんですね? お、驚いたなー。お二人はすっごく仲がいいですからー。いやー、すごく仲がいいのに驚いたなー」
「ふふっ、しらじらしいね。……行ってもいいよ」
雪森さんは喜んだのか、ヤンキー二人を解放する。
ヤンキー二人はぺこぺこと頭をさげながら、どしゅーーーと全力疾走で逃げていった。オレと雪森さんだけがこの場に残される。
あっ……雪森さんを押しつけられた⁉
「スハル君も夜食?」
雪森さんはスープをすすり、ほうと息を吐く。
コンビニ前は本当にリラックスできる場所らしい。
学校では氷姫。そして本当は氷使い。んでもってコンビニ前で、ジャージ姿でカップ麺をすする女子か。
オレは脱力しながら答える。
「夜食ってほどじゃないよ。口元になにか欲しくてさ」
「グミ系?」
「そうそう」
「それならオススメの商品がこちら……じゃじゃーん、私です」
雪森さんは自身をちょいちょいと指差していた。
オレがいぶかしむと、彼女は人差し指から綺麗な雪をさらさらと出す。
「私、氷使いですから。氷を作れるよ。ちょっと力をいじれば、レモン味やイチゴ味、がんばったらメロン味も作れる」
氷アイスみたいなものか。わりと応用が効く力なんだな。
悪くはないと思うけれども……。
「スハル君? いらないの? ……もしかして照れてる?」
「そういうわけじゃなくて」
「間接異能を恥ずかしがるなんて思春期だね」
関節キッスみたいなものなんだろうか……。
照れる照れない以前の問題なんだけどな。
「ほらほら、私に頼りなさい。甘えなさい。仲良くなりなさい」
「いやさ……」
「なんだよー。なにがイヤなんだよー」
「……他人が出した氷は心理的にちょっと無理」
雪森さんは無表情で人差し指をオレに向けて、冷気を足元にふきかけてくる。
うおおおおお、つめた! つめた⁉
「ち、ちが! 雪森さんにとって氷は仕事道具なわけじゃないですか⁉」
「そうだね」
「人を斬ったカタナで料理を作って、それを食べられるかって話でさ!」
「わからなくもない」
雪森さんは矛、もとい冷気をおさめてくれた。
ふうー……あせったー……。
「でもスハル君。非日常に堕ちたときはそんなことを言ってられないよ」
「……それが来ない日を祈っている」
氷をむさぼる日々があったのだろうか。雪森さんも大変だな。
非日常にたいして、もう少しは寛容的にあるべきなのかもな。
「じゃ、雪森さん。オレはコンビニでなにか買って帰るから」
「待って。私もついていく」
雪森さんはツルツル、ごくごくとカップ麵を完食して、空き容器をレジ袋にまとめてゴミ箱に捨てる。
「ゆっくり食べててよかったのに」
「建前は監視。本音はかまってもらうためについていく」
正直に言われすぎて断りにくい。
もしアレがあらわれたても塩対応すればいいと思うが。
一度の成功体験がオレをちょっぴりだけ強くしていた。
非日常なんて恐れるに足らず、日常こそが最強なのだ。……油断はしないけど。
とまあ二人でコンビニに入る。ぺこぽーんとチャイムが鳴って、オレはグミコーナーはどこだっけと探しに行く。
そんなオレを、雪森さんが止めた。
「スハル君、待って」
「うん?」
「コンビニの入り口がなくなった。閉じこめられた」
「これだから非日常ってやつはさ‼‼‼」
ノータイムでくるのやめくれないかな‼
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二人はともだち。
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