第7話 日常はチャーハンの味

 もっぱらさー……と、おマヌケな声が聞こえてくる。

 出来の悪いマスコットの声みたいだなと考えたところで、オレは気づく。


 アレの声か⁉


 下をバッと見ると、冷蔵庫の真下から「もっぱらさー……」と声が漏れていた。


 いる! 絶対ありえない隙間にアレがいる!

 ぞわぞわと、背筋に毛虫がのぼってくるような感覚がした。


「どうしたの? スハル君」


 雪森さんはテーブルに座ったままでたずねてくる。

 彼女の平坦な声に、オレはいくらか恐怖がやわらいだ。気づいてないようなので叫ぶ。


「あ、あのさ!」

「うん」

「……ワカメスープは後回しでもいい?」

「別にかまわないよ」


 オレは助けを呼ばなかった。

 別に強がったわけじゃない。


 非日常にエンカウントしたときは、なにも起きていないかのように立ち居振る舞う。自分の日常を強く意識して、アレを突っぱねると取り決めていた。。


 怖い怖いと思うほど、恐怖を糧にしてアレは色濃くなる。

 強く認識するほどに、アレの存在が明瞭になるのだとか。


「ふー…………」


 落ち着け落ち着け落ち着け。

 雪森さんの言っていたことを思い出せ。


『スハル君を狙うようなアレは、まず貧弱な姿であらわれると思う。そこから段階を踏んで危険な存在になる。そうすぐには日常に浸食しないよ』


 らしい。


 つまり、オレのやることは自分の日常を保つことだ。

 そうして非日常な世界に打ち克つんだ!


「よしっ」


 気合を入れて、あらためて調理場に立つ。

 中華鍋を温めているあいだに具材をそろえよう。手際のよい日常っぷりを見せつけてやるんだ。


「もっぱらさー……もっぱらさー……」


 ひいっ! さっきよりハッキリと聞こえた!

 ちらりと冷蔵庫の下を見る。黒い影が漏れていた。


 オ……オ、オレの愛すべき日常を保つんだ……!


「し、塩コショウはどこに置いたっけな……。もう手に持ってたか。ははっ……」


 オレはふるえる指先でフタをあける。


 勢いあまってキャップがとれてしまい、冷蔵庫の下の隙間に転がり落ちてしまう。

 すると、冷蔵庫の下の隙間から、手がにょきりと出てきた。手は拾ってあげたよーといわんばかりにキャップを見せびらかせてくる。


 ……………にちじょう。


 無理無理無理無理ッ! 無視なんてできないて‼


「ゆ、雪森さん!」


 雪森さんはなにか言いたげにオレを見つめていた。


 もしかして気づいていたのか。

 そりゃあアレの討伐者なら気づくか。


 あ。もしかして……助ける代わりに名前呼びを強要するんじゃ……?

 ここぞとばかりに条件を出すんじゃ……?


「スハル君、私がやろうか?」


 雪森さんはただそれだけを言った。


 料理のことじゃない。人差し指で氷の結晶を作っている。

 アレが出てきたのなら自分が倒すだけ、それが使命だと瞳で語っていた。


「………………なーにが、名前呼びを強要するだよ」


 自分が恥ずかしくて、雪森さんに聞こえないよう小声で言った。


 寂しさをこらえてまで氷姫をやっている子だろ!

 アホかオレは、アホアホ大アホめ!


 ぞわぞわとおぞましい恐怖の感触はまだ這いずりまわっているが、オレはアレに塩対応すべく真顔を作ってやる。


「お客さんは座っていて、すぐにほかほかチャーハンを用意するからさ」

「うん、楽しみ」


 すーーはーーと改めて深呼吸する。


 もっぱらーと声はするし、冷蔵庫の隙間からは手がでている調理場だ。

 そこで呪文のように叫ぶ。


「チャーハン・イズ・日常の象徴‼‼‼」


 温めていた中華鍋に油をいれて、油ならしをおこなう。鍋はしっかりコーティングをしておいて、まな板でネギや焼き豚を刻んだ。


「今のオレはチャーハンマイスターだ‼」


 チャーハンの秘訣はパラパラした米粒だ。

 しかしご家庭では火力が不足がちになり、べちゃっとなりやすい。


「もっぱらさー……もっぱらさー……」

「だからコーティング剤として、とき卵にマヨネーズを混ぜる!」


 卵を割って、マヨネーズを投入してかちゃかちゃと混ぜる。

 これでマヨネーズの油分でコメ粒がさらにコーティングされて、パラパラしたチャーハンに仕上がりやすくなるのだ!


 油ならしを終えた中華鍋には大目に油をいれる!

 そしてガスの火力はほぼほぼMAX! MAX! マーーーーックス!

 中華鍋から煙がもうもうとあがってきたら、とき卵を投入! 


 卵が固まる前に冷ご飯を炒める!

 さあっ時間との勝負だ!


「冷ご飯を中華鍋にイン! お玉でつぶすように混ぜる混ぜる炒める炒める!」

「もっぱらさー……」


 冷蔵庫から手が伸びてきて、オレの足をぺたぺたと触ってくる。


 うおおおおおおお! 日常うううううううう! 

 オレは雪森さんのためにチャーハンを作るんだああああああ!


「具材投入! 醤油は鍋のふちにかけまわして、あくまで風味づけ!」

「もっぱらさー……」

「調味料をふりかけ……火力が余分にとおらない内に大皿によそう!」 


 オレはテーブルに大皿を元気よく置いた。


「オレ特性! 日常チャーハンのできあがりだ‼‼‼」


 ほかほか日常チャーハンを前にして、雪森さんは目を丸くしている。オレはテーブルに食器をババッと並べた。


「日常チャーハン? スハル君、普通のチャーハンとはちがうの?」

「いや、ただの平凡なチャーハンだ」

「チャーハンでよくない?」

「このチャーハンを作るだけでも、それなりの失敗と、それなりの妥協と、それなりの積み重ねがあったんだ。今ここにあるチャーハンはお店の味より……劣るけれども」

「劣るんだ」

「だが! オレの日常がいっぱい詰まった味だ!」


 オレはいっぱしの料理人になった気持ちで胸をはった。

 雪森さんはチャーハンとオレを交互に見てくる。


「食べていいの?」

「もちろん」

「じゃ、いただくね」


 雪森さんは両手をあわあせて、取り皿にチャーハンをよそう。

 ほかほかの米粒をレンゲでよそい、口に運んだ。


「はむ」


 雪森さんはもくっと食べる。

 二口三口と、もくもくと食べていた。表情が変わらなすぎて不安になるな……。


「ホントだ。平凡なチャーハンだ」

「だろう? 平凡な味をだすのに苦労したよ」

「うん、平凡でありきたりで……すごく落ち着く味」


 褒めているのか聞こうとして、やめた。


 雪森さんは冷たい顔でもくもくとチャーハンを食べている。このまま全部食べてしまいそうな勢いだった。


「和む味だね」


 お気に召したようだ。

 さっきまでの恐怖はどこにやらでオレも和んでくる。


「ってか雪森さん、全部食べないでくれよ」

「ダメ?」

「一緒に食べるって言ったじゃないか」


 オレがそう言うと、雪森さんは固まってしまう。

 そして、ちょっぴりだけ嬉しそうに微笑んだように見えた。

 表情が変わらなすぎて自信はない。すると彼女は日常チャーハンをよそい、レンゲをオレに向けてきた。


「あーん」


 ……。

 からかっているのか本気なのかわからない表情だな。ホント。


「しない。オレはオレで食べるから」

「美少女の私に照れてしまうスハル君がここにあり」

「照れてないです‼」

「恥ずかしがることないのに」

「雪森さんに隙を見せたら怖いってもうわかっているんで!」

「スハル君は塩対応だなー」


 表情は変わらずでも、雪森さんの声はどことなく楽しげだ。


 いつのまにかアレの姿は消えていた。


~~~~~~~~~~~~

 王将に行きたくなりました。


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