第6話 本当は寂しがり屋で甘えん坊な子

 夕方。

 学校から帰ってきたオレは、リビングに掃除機をかけていた。


 家事は母さんと分担してはいるが、激務の医療業と学生業では比較するのもおこがましいので基本オレが担当している。


 オレの日常は変わりない。

 非日常な世界に陥ることもなく、愛すべき日常の中にいる。


 そうなると心に余裕ができて、客観的に今の立ち位置を考えてしまう。


 お隣に美少女転校生がやってくるなんて、とんでもなく主人公だ。


 平凡な日常は彩られて、バラ色の青春がやってくる。雪森さんとも仲良くなるも好意に気づかず『え? なんだって?』と返してしまう、鈍感でラブでコメな日もやってくるのかもしれない。


 なーんてことを考えたが、恋愛している自分はありえないか。

 良好な関係をきずくつもりではいるが、積極的にかかわることはない。


 それは雪森さんも同じだろう。


『スハル君。スハル君。スハル君』


 名前を連呼してくる雪森さんを幻視しちゃったなあ……!

 ま、まあ、わざわざ引っ越してきてくれたんだ。ぜんぜん付き合いますとも。……日常に支障がでない範囲で。


 ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴る。

 オレは「はーい!」と大声で返事して、パタパタと向かった。


 玄関扉をあけると、雪森さんが立っていた。タッパーを大事そうに持っている。


 あっ……これってお隣のおすそわけイベント⁉


「スハル君。おかずを作りすぎていたらね、わけてほしいの」

「え? なんだって?」 

「スハル君。おかずを作りすぎていたらね、わけてほしいの」


 聞き間違えじゃなかったのか……。

 雪森さんの表情筋は死んでいて、冗談か本気かイマイチわからない。


「冷蔵庫になにもないのか?」

「うん。ここ最近バタバタしていたし、このあたりのお得なスーパーもしらないから買い物を後回しにしていたの」

「あー……買い溜めするタイプ」

「白いご飯はあるよ」


 ご飯で腹はふくれるが、心は満たせない。

 雪森さんの瞳にそう書いてあった。


 オレもほぼ一人暮らしみたいなものだし、苦労はわかる。ただ未成年の男女なわけだし家にに招きいれるのはよくないかもだが、ちょっとあがってもらうぐらい大丈夫か。


「オレ、今から晩ご飯にするけど一緒に食べる?」

「塩対応のスハル君が私に甘い……?」


 雪森さんは信じられなさそうに言った。


「わざわざ引っ越してきてくれた子を無下にはしませんて」

「……名前は呼んでくれないのに」

「オレ、誰にたいしても苗字呼びだし」

「スハル君にとって、名前呼びは特別だってこと?」


 雪森さんはたしかめるように聞いた。


「……まあ、そうだよ」

「そうなんだ」


 雪森さんはおかしそうに、ちょっぴりと微笑む。

 そんな彼女の表情が可愛いと思えて、つい名前で呼びたくなる。


「それじゃあ部屋に入って、シ――」

「ありがとう。お邪魔するね、スハル君」


 雪森さんは玄関箱から可愛いスリッパを取りだした。


 んんー??? なにそのスリッパ……いつのまに? 

 いつ、どうやって、マイスリッパを⁉⁉⁉


 部屋に招きいれてよかったのかな……。許可してはいけないモノノケの類いじゃないのかな……。

 名前呼びは最終絶対防衛ラインだ。絶対に言わないよう注意しろ!


 雪森さんはリビングをとてとて歩く。


「スハル君、今日の晩ご飯はなーに?」

「……冷ご飯があまっているからチャーハンを作るかな」

「料理、できるの?」

「自分でなんとかしなきゃいけない身分だからな、できるようにはしたよ」

「さすが日常を愛する人。私、いつも冷凍食品だから」


 雪森さんは尊敬する眼差しを送ってきた。

 氷の能力で華麗に戦っていた子にそう褒められると照れるな。


「……ニンニクを炒めて、ワカメスープも作るよ」

「すご。天才じゃん」

「いや、ま、天才ってほどじゃ」


 オレにはなんでもないことなのに気分が良くなってしまう。


「それじゃ、私は食器の準備をしておくね」

「お客さんなんだから座っていて大丈夫だよ」

「働かざるもの食うべからずだよ」


 雪森さんはそう言って、勝手知ったる感で食器棚に向かった。


「待ってくれ!」

「なに? どうしたの?」

「マイ箸をさりげなく忍ばせない!」


 雪森さんは涼しい顔で、マイ箸を食器棚に置こうとしていた。


 油断のできない子だな!


「だって、スハル君の家にはこれからたびたびお呼ばれするかもしれないから」

「それでも普通一回目でマイ箸は用意しないんだ」

「けど、でも、あのね」


 雪森さんが言葉をつづけようとしたので、オレは静かに首をふる。冷たいかもしれないが、加速度的に距離をつめてくるので釘は打っておかねば。


 雪森さんは寂しそうにマイ箸とタッパーをテーブルに置く。

 そして、さも当然のように言った。


「スハル君。私、美少女だよ?」

「雪森さん、顔で押しとおそうとしないで」


 美少女ときましたか。

 美少女だけど、すごく可愛いけども。


「あのね、お隣に美少女が引っ越してきたんだよ? 男子高校生なら仲良くすべき」

「仲良くするよ。いろいろお世話になるんだし」

「だったら」

「ワンクッションとかさ……お互いのことをいろいろ知ってさ。それで初めて踏みいる領域ってあるじゃないか」


 雪森さんが真顔で見つめてくるので、オレも真顔で見つめかえした。


「スハル君、お泊り会は何回目から……?」

「お泊り会はないです」


 ずもももももももーと、お互いの領域がぶつかったのか空気が軋む。


 雪森さんはガツガツと距離を詰めてくる。彼女は生天目家をまるまる自分の生活スペースにするつもりだ。浸食する気なのだ。


 ならば『美少女だよ』だなんてオレの前では理由にならない。

 雪森さんは仕方なさそうに息を吐く。


「スハル君。私、学校では氷姫って呼ばれてるよね」

「そうだな」

「でもね、本当の私はぜんぜん違う。仮面を外したらただの美少女でしかないの。キャラ紹介欄があったら『本当は寂しがり屋で甘えん坊』だって書かれる子なんだよ」

「ずうずうしいも書かれていると思う」


 オレはしらーとした顔で言う。


 すると雪森さんは左右にふんわりステップを刻みながら距離をつめてきて、真顔でぽかぽかと優しく叩いてきた。


「もー、言ったなー。ぷんぷんっ」

「そういうとこですよ⁉」


 なんの段階も踏まないまま、十年来の友だち感をだしてくるし!

 もう晩ご飯をさっさと作って、大人しく帰ってもらおう!


「じゃ、オレは晩ご飯を作るんで。大人しく座っていてください」

「かまってー。かまってー」


 寂しそうにすがってきた雪森さんに心は痛むが、ずるずるといきそうなので彼女をテーブルに座らせて、オレは調理場に立つ。


 冷蔵庫から冷や飯をとりだして、換気扇をつけて中華鍋を温めるとするか。


 ふいに、もっぱらさー……と、音が聞こえる。


「うん?」


 いや、声か???

 もっぱらさー……もっぱらさー……、とヘンテコな声が聞こえてきた。


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