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第32話 それぞれの結末と、穏やかな日々
その後、マーディンさんと一緒に彼の故郷へ帰った。
痛くもなく苦しくもなく、覚悟していたよりも体の再構築はすんなり終わった。
魂に合わせて晴れて体も龍神となったフランカは、北の塔で幽閉されていた時と同様に、マーディンさんと穏やかな日々を送っている。
精神が壊れることはなかった。やはりフランカにとって生まれ故郷に未練はなかったのだろう。
自分も龍神となって驚いたのは、いたるところで神として世界を管理する彼らが、実は王城勤めの文官のように規律に則って世界を管理していたことだ。
あの時、マーディンさんはフランカのために世界を滅ぼすとか、他の神が管理する世界をぶんどってくるなどと言っていたけれど、本当にそんなことをしたら他の神たちに結構きつめに怒られてしまう。
それでもあの時のマーディンさんの言葉は本気だったと思うし、今でもフランカが望めば世界の百や二百は滅ぼしてくれるだろう。
マーディンさんの非となることはフランカは絶対に選ばないし、世界をぶんどってこなくともマーディンさんのフランカへの愛情は疑いようもないけれど。
「……」
もう少しで仕事から帰ってくる最愛の人のために、フランカは椅子に座ってリンゴの皮を剥き始めた。
龍神となってできることはたくさん増えたが、リンゴの皮剥きだけは全然うまくならなかった。あの頃よりは少しだけ上達したと思うのだけど、相変わらず剥かれた皮が屑籠に落ちる音は重い。
その音に、ふと、フランカの生まれた世界のことを思い出す。
魂と体がなじみ始めて少しした頃に、一度だけマーディンさんと共にフランカが生まれた世界を見に行ったことがある。もちろん世界を見て回るのに必要な力は、宝石龍ではない形で持っていった。
フランカの生まれた国は、あの世界にある全ての国から嫌われつつも、
フランカを産んだ母はペトロネラと一緒に、フランカが幽閉されていた北の塔に閉じ込められていた。なるべくたくさんの黄金を採るために体の大きな男と番わされ、ペトロネラはすでに妊娠していた。
フランカの幽閉にそもそも異を唱えなかった母と、フランカに男をあてがう提案をしたペトロネラに、同情など湧かなかった。
マーディンさんがいなければ、自由のない北の塔で望まぬ妊娠をしていたのはフランカのほうだっただろう。
父はといえば、やはり北の塔にいた。けれど体液が全て黄金になるという魔法のせいで種馬になることもできず、死なぬ程度に血液を採られ、できる限り太らされていた。
もはや父とは判別できぬほどに容貌の変わった彼は、近日中に絞められる予定だと城内で噂されていた。
ラウレンスはこの期に及んで腹が据わらず、震えていた。
そしていつの間にか結婚していて、「殺したくない、決断したくない」と繰り返して泣くラウレンスの隣にいた王太子妃の腹は膨れていた。
「リンゴの方を、回す……」
マーディンさんの手つきを思い出しながら、フランカはリンゴの皮剥きを続ける。
やっぱり剥いた皮には実が多めについていて、実の方は驚くほど痩せている。何が悪いのか。
「相変わらず下手くそだわ……」
物を浮かせたり、光を灯したり、炎を出したり。魔法も使えるようになったのに、どうして人間だった頃から練習しているリンゴの皮剥きがこうも上達しないのか。
「この子が産まれるまでには、もう少しうまくなりたいものね」
ナイフを置いた手で、フランカは膨らみ始めた下腹部を撫でる。
できれば
フランカに教えてくれた時のように、優しく丁寧に。
「……」
子が生まれたら、愛情の示し方はそれだけでいいと釘を刺しておかなければ。
我が子を愛するあまりプレゼントと称してどこかの世界を滅して持ってきかねない。
――愛を感じてほしいのよ、お姉さま……そうすればきっと人生が豊かになるって、ペトロネラは信じてる!
北の塔に幽閉された最初の日に、ペトロネラが言っていた薄っぺらい言葉がふいによみがえった。
意外なことにペトロネラの言う通りだったわと、フランカはうなずく。
あの世界の誰からも愛されなかったけれど、別の世界のたった一人からは愛された。愛を感じたその瞬間、確かにフランカの人生は豊かになった。
だからフランカも、フランカを愛してくれたマーディンさんと、フランカを選んで宿ってくれたこの子を幸せにしよう。
甘く爽やかなリンゴの香りを嗅ぎながら、フランカはそう思った。
end.
とある悪魔と意外にも幸せに満ちた日々を送っていたら、私を陥れた義妹たちへ神罰が下りました 万丸うさこ @marumaru-usausa
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