ヴァルキュリアの休日

転生新語

ヴァルキュリアの休日

 何処どこまでもしろ景色けしき、というのが最初さいしょ感想かんそうだった。そうか、私はんだのだな。そういう不思議ふしぎ実感じっかんがってくる。


 私がいる場所ばしょは、あまりにも平穏へいおん違和感いわかんがあった。死後しご地獄じごくくものだとばかりおもっていたのだが。へいひきいてたたかった私は、あまりにもおおくの人間にんげんころしてきたし、みずからの部下ぶかなせてきた。まさか、ここが死者ァルなのか。


「ああ、目覚めざめましたか。死後しご世界せかいへ、ようこそ」


 こえがしたので、そちらのほうく。黄金おうごんたましい、としかいようのない存在感そんざいかんがあった。まぶしくはないのだが周囲しゅういしろかがやいていて、相手あいて姿すがたすらえにくい。こえから女性じょせいであるということはかった。


「これは、これは。女神めがみさま、という認識にんしきいのかな。これから私は、貴殿きでん生前せいぜんつみさばかれて地獄じごくおくられる。そういうことだろうか」


「それがのぞみですか? だとしたらもうわけありませんが、私にそんな仕事しごとはないのです。ここに死者ものつみは、すべせいさんされているのですよ。いま貴女あなた綺麗きれいなゼロ、真新まあたらしい存在そんざいです」


 そうか、私はさばかれないのか。それはそれで残酷ざんこく仕打しうちのようにおもわれた。なにこうする権利けんりも私にはないのだろうが。


がくがない私にもかるよう、現状げんじょう説明せつめいしてもらえれば、ありがたいのだが。いまの私は肉体にくたいい、たましいだけの存在そんざいなのだな。自分じぶん身体からだ認識にんしきできないまま、ここで私は放置ほうちされるのだろうか」


最初さいしょ疑問ぎもんこたえていませんでしたね。女神めがみなのかとわれれば、ええ、私はそういう存在そんざいです。そして私は、貴女あなた放置ほうちなんかしませんよ。ここにおとずれたたましいをケアすること。それが私の仕事しごとですから」


 ケア、という言葉ことばからなかった。きっとやさしい仕事しごとなのだろう。戦場せんじょうひところしてきた、私の仕事しごと対極たいきょく位置いちしているがした。


素朴そぼく疑問ぎもんなのだが、ここに死者ししゃは私だけなのか? ここが死者ァルとして、生前せいぜん戦場せんじょうではかずおおくの死者ししゃた。それら大勢おおぜいたましいで、ここはがえししそうなものだが」


「ああ、そこがになりましたか。並行へいこう宇宙うちゅう、という概念がいねん説明せつめいにはいているのですけどね」


 かおえないが、女神めがみわらったことはこえからかる。ずっとはなしたくなるほど魅力的みりょくてき声音こわねで、うみには歌声うたごえ船乗ふなのりをまどわす魔物まものがいると、そういう神話しんわおもこした。


貴女あなたさきほど指摘してきしたとおりですよ。かり死後しご世界せかいひとつのやかただとすると、そこに死者ししゃたましい一斉いっせいあつまれば、混雑こんざつしてしまうのです。たましい肉体にくたいはありませんから場所ばしょらないとしても、ワイワイガヤガヤと、うるさいことになりそうですよね。なかわるたましい同士どうしでケンカもきそうです。そうおもいませんか」


「そうだな。きっと私をきらっている死者もの大勢おおぜい、いるだろう。とすると、ここではべつ仕組しくみがはたらいているのかな」


「ええ。簡単かんたんいますと、死者ししゃかずだけ並行へいこう宇宙うちゅうというものがあると、そうおもってください。並行へいこう宇宙うちゅうからなければ、とにかくおおきな部屋へや空間くうかんですね。死者ししゃ一人ひとりずつ、それぞれの部屋へやというか空間くうかん案内あんないされて、女神めがみである私と対面たいめんするのです。いま貴女あなたのようにね」


「そうか。私以外いがい死者ものは、べつかみ担当たんとうしているということか?」


「とうより、どの並行へいこう宇宙うちゅうにも私は存在そんざいするのですよ。無数むすうの私がいて、それぞれの部屋へやで、死者ししゃたましいは私と対面たいめんするのです。理解りかいむずかしいかとおもいますが」


 私は理解りかいあきらめた。とにかく、いまの私は女神めがみ一対いちたいいち対面たいめんしていると、そうかればいいのだろう。


さきほど貴殿きでんは『ケア』とったな。貴殿きでんは私に、なにかをするということか」


「する、といますか、積極的せっきょくてきはたらきかけるわけではないのですよ。ただ私は貴女あなたって、回復かいふくつだけです。貴女あなたというきずついたたましい回復かいふくをね」


 なるほど、女神めがみとは崇高すうこう存在そんざいのようだ。まさか私のようなあらくれものを気遣きづかうとは。


「そんなに丁重ていちょうあつかいをける資格しかくがあるのかな、私に。ひときずつけ、あやめてきた戦士せんしに」


ったはずですよ、貴女あなたつみせいさんされていると。そうやって自分じぶんめるのは、貴女あなたきずついている証拠しょうこです。心配しんぱいありませんよ、私がいます。時間じかんをかけてきずいやしましょう」




 ひかりれてきて、女神めがみかおることができた。と同時どうじに、私は自分じぶん身体からだ認識にんしきすることもできた。身体からだければあるくこともできないのだから、ありがたい措置そちではある。私はたましいだけのたよりない状態じょうたいからは、どうやらだっしたようだ。


 女神めがみ金髪きんぱつで、美貌びぼうひとのものではない。その女神めがみが、これもいまになってることができたはこからなにかをしてくる。


「おさけでもみませんか。ここでは、いくらんでも二日酔ふつかよいになりませんから。クーラーボックスにかんビールをやしてあります」


「ありがたいな。さけならなんでも、いただこう」


 さけはいった容器ようき女神めがみけて、私に手渡てわたしてくる。はじめてんだ、そのさけじつうまかった。あつ戦場せんじょうめたら最高さいこうだっただろうとおもいかけて、まだ私はころいをのぞんでいるのかといや気持きもちになった。


にが表情ひょうじょう、といったところですね。なにかんがえているかかりますよ。ほろにが記憶きおくおもいも、すべてしてください。気軽きがるめるのがビールのいところです」


女神めがみさまはなにもかも、お見通みとおしか。かん、というのか? 私と貴殿きでん容器ようきは、いろちがうようだが別物べつものなのかな」


「ビールはビールなのですが、別物べつものといえば、そのとおりですね。私がんでいるあかかんはアメリカさんで、貴女あなたっている銀色ぎんいろかん日本産にほんさんですから。いろんなくにのものをそろえてますよ」


貴殿きでんのもそうだが、私のかんには文字もじいてあるな。なに意味いみはあるのか?」


メーカーめいしょう品名ひんめいですね。メーカーめいは、『あさざし』という意味いみでしょうかねぇ」


あさざし、か。いい名前なまえだな、戦場せんじょうでは朝日あさひるたびにせい実感じっかんしたものだ」


 死後しご世界せかいさけめるとは、まるで伝説でんせつのようだ。ヴァル武神キュリア死者ァルで、戦士せんしたちにさけうといたことがある。身体からだがあればさけめるのだから、ありがたいものだ。そこまでかんがえたあと、ふとになって私はたずねてみた。


「なぁ、女神めがみ殿どの貴殿きでんは私をケアするとったな。ケアというのは、私の世話せわをするということでいのかな」


「ええ、その認識にんしきでいいですよ」


「そうか。それでになったのだが、世話せわというのは何処どこまでをふくむのかな。たとえば……」


せい処理しょりについてですね。問題もんだいありませんよ。私でければ、いくらでもいます」


「そ、そうか。いや、いますぐという意味いみではないんだ。そのときは、どうかよろしくおねがいする」


「ええ、よろこんで」




 ひかりれて、周囲しゅうい様子ようすかってきた。とうより、おそらく女神めがみ周囲しゅうい世界せかいつくげているのだろう。私と女神めがみ野原のはらにいた。何処どこ世界せかいにでもあるような場所ばしょだ。くさえている地面じめんうえを、どもだったころの私がけまわっていたのをおもす。あのまま平和へいわきていければ、どれほどかっただろう。


しずかだ。いいものだな、平和へいわというのは」


 野原のはらうえで、仰向あおむけにながら私はそらる。この青空あおぞら女神めがみつくしたものか。そらたいよう見当みあたらなくて、それも当然とうぜんかもしれない。女神めがみそのものが太陽たいようであり、ひかりなのだとかんじられた。


そばにいるのが私だけでは、すぐに退屈たいくつするでしょう。おのぞみなら貴女あなたの、戦場せんじょうくなった仲間なかまたましいせることもできますよ。死者ししゃ同士どうしかたらいもいものです」


「そういう気分きぶんには、なれないな。私は人付ひとづいが人間にんげんでは、なかったんだ。こころつうったやつもいたが、戦場せんじょうなせてしまった……。私が、まもってやりたかったよ」


 仰向あおむけにながら、そら見上みあげて私はいている。女神めがみたおやかに、かたわらへとこしかけて私のなみだかわくのをっている。贅沢ぜいたく時間じかんながつづけた。


「いい景色けしきだな。そばにあるくずかご無粋ぶすいだが」


「ごめんなさいね、ビールかんてる場所ばしょ必要ひつようなので。邪魔じゃまなら収納しゅうのうすることも可能かのうですが」


「いや、いいさ。作法マナーというのだろう? 環境かんきょうよごさないための配慮はいりょたしかに必要ひつようだ」


 がって、何杯目なんばいめかのかんビールをしてから、私はかんてつまれたくずかごてた。ここでは何杯なんばいさけんでも気分きぶんわるくならず、空腹くうふくかんじることもないそうだ。さけみの私には最高さいこう場所ばしょだった。こんな待遇たいぐうける資格しかくが私にあるのだろうか。


今後こんごのことですが、どうします? 転生てんせいして、異世界いせかい第二だいに人生じんせいごすプランもありますよ。生前せいぜん記憶きおくしたまま、もう一度いちどおな人生じんせいをやりなおすことも可能かのうですし。過去かこらいも、べつ世界せかいへの移動いどうおもうがまま、です」


「いや、いい。私の人生じんせいわったんだ。ゆるされるなら女神めがみ殿どの一緒いっしょごしたい」


「そうですか、問題もんだいありませんよ。輪廻りんね転生てんしょうのぞまない方々かたがたおおいですからね。それはそれとして、タブレットでオリンピックでもませんか。いまなら配信はいしんアプリで様々さまざま試合しあい視聴しちょうできますよ」


からない単語たんごばかりだが。とりあえずオリンピックというのは、なんなのかな」


平和へいわ祭典さいてんですよ。様々さまざまくに人種じんしゅが、スポーツという競技きょうぎ交流こうりゅうふかめるのです」


 それはいことだな。こころから、そうおもった。


すこってくださいね、こうにプールをつくります。あとはパーティーでもたのしみましょうか。私以外いがいとの交流こうりゅうも、貴女あなたには必要ひつようですよ」


 あっという女神めがみ地形ちけいえて、あおみずたたえられた施設しせつ完成かんせいさせる。これがプールというものか。その周囲しゅういにはわかむすめたちがあらわれて、わずかばかりのぬのむねこしおおった裸身らしんさらしていた。むすめ一人ひとりが、私にブドウがったさら手渡てわたしてくれる。みどりのブドウを一粒ひとつぶくちれてみた。


うまい。なんという品種ひんしゅなのかな」


「シャインマスカットですよ、最近さいきんのマイブームです。発祥地はっしょうちくにには転生てんせいもののラノベがおおくて、私はっています。さぁ、プールパーティーときましょう。衣服いふく水着みずぎえましょうね」


 いつのにか私と女神めがみ衣服いふくは、むすめたちと同様どうよう水着みずぎというのか、わずかなぬのわっていた。きずだらけの身体からだられるのかとおもったが、私のきずのこらずくなっている。むすめたちはプールで水遊みずあそびをしていて、私と女神めがみもプールじょう瞬間しゅんかん移動いどうしていた。


大型おおがたのウォーターソファーですよ、あばれなければプールにはちません。貴女あなたおよげますか」


「わ、からない。およいだことがないんだ、どうか私のちかくにいてくれ女神めがみ殿どの


「ええ、貴女あなたのぞむなら永久とこしえに。心配しんぱいしなくても、ここでおぼぬことはないですよ」


 円形えんけいおおきなりものがプールにかんでいて、そのうえに私と女神めがみそべっている。みずうえという状況じょうきょうこわくて、私は女神めがみにしがみつくような格好かっこうだ。彼女かのじょはタブレットというのか、ちいさないた映像えいぞうている。かなくて、私はちかくにあったさらからブドウをくちれた。およいでいるむすめ一人ひとりが、私と女神めがみかんビールをってきてくれて、ありがたくいただく。


「このむすめたちは、女神めがみ殿どの部下ぶかなのか? ずいぶんと従順じゅうじゅん可愛かわいらしいが」


天使てんし、とってつうじますかね。部下ぶかえば、たしかにたようなものです。彼女かのじょたちも貴女あなたのケアが仕事しごとですから、ったがいたらしてあげてください」


「いいのか、本当ほんとうに?」


「ここでは、たましいのケアと身体からだのケアが同義どうぎなのですよ。せい処理しょりもケアのひとつです。乱暴らんぼうなことさえしなければ、いくらでもどうぞ」


 女神めがみはタブレットをながらかんビールをんでいる。なんともえなくて、私もかんビールをみながらそら見上みあげた。すると青空あおぞらに、ほしかわのようなものがえる。


女神めがみ殿どの、あれはなにかな。ほしきらめくものが、うえからしたへ、またしたからうえへもながれているようにえるのだが」


「ああ、きましたね。あれはたましいかわです。さっきったシャインマスカットのはっしょうには、おぼんという期間きかんがあるのですよ。その期間中きかんちゅう死者ししゃたましいが、一時的いちじてき生前せいぜん故郷ふるさとへとかえるのです」


「そうか。かえ場所ばしょがあるのは、いいことだな」


今日きょう発祥地はっしょうちでの記念きねんですからね。終戦しゅうせん記念きねん、とうんですよ。いま戦争せんそうきずついたたましいやすらぐには、時期じきじゃないでしょうか。貴女あなたふくめてね」


 女神めがみともかぶプールのうえで、私は無垢むくむすめたちにかこまれている。私の仲間なかまも、私がころしたものたちも、こうやってやすらぎをているのだろうか。そうあってほしいとねがわずにいられない。生前せいぜんにくうことしか出来できなかったものたちが、微笑ほほえい、ゆる世界せかい。それがあるとれば、私というたましいしんいやされるというものだ。


「私の人生じんせいも、戦争せんそうわった。女神めがみ殿どの、私はいま、このうえなくしあわせだ。もうだれきずつけずにむのだから」


「まあまあ。貴女あなたはこれから、私とごすのですよ。ときには痴話ちわ喧嘩げんかでもして、たがいをきずつけって、そのあといやいましょう」


 きるというのは、なにかをきずつけ破壊はかいすることだろうか。だとしたら難儀なんぎなものだ。もう私はあらそうことにつかれた。いまはただ、ゆっくりとやすみたかった。


「まだみずこわいが、プールパーティーとはいものだな女神めがみ殿どのだれ武器ぶきっていない」


「いつだって休暇バケーションというのはたのしいものですよ。永遠とわ休日きゅうじつともごしましょう」


 死者ァルヴァル武神キュリア伝説でんせついていたものたちも、こんな状況じょうきょう予測よそくしてなかっただろう。はだか同然どうぜんで、身体からだぬのをまとっての水遊みずあそびだ。水上すいじょうかんだ私のかたわらには女神めがみがいて、プールでは天使てんしたちが気持きもさそうにおよいでいる。ゆめまぼろしとしても、素敵すてき光景こうけいだった。


 地上ちじょう世界せかいでも為政者いせいしゃ武器ぶきて、だれもがおだやかにごす、こんな景色けしきばかりがつづけばい。そうおもいながらかるじ、すぐに眠気ねむけがやってくる。女神めがみかみいてきて、そのかんかくをひたすら私はたのしんだ。

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