第10話 紫色の刃
これもまた大学二年生の夏休みの時の話だ。
コミケって知ってる?
そう、コミックマーケットって同人誌の即売会の事だね。
で、その時の話だ。
これも僕の話じゃない。仮にそうだね……話を教えてくれた人をデービスと呼ぼう。
デービスというアメリカ人から、こんな話を聞いた。
彼は、二十八歳の会社員で、毎日を平凡に暮らしていた。
そんな中、彼にはひとつだけ没頭する趣味があった。
それが日本刀の収集だった。
アメリカのいくつかの州では、日本のような銃刀法として刀を規制していないそうだ。
彼が最初に魅せられたのは、コミケに来た帰りの観光で博物館に寄った事がきっかけだった。
そろそろコミケも卒業かな、と思っていた矢先の事。
ガラスの向こうに飾られた日本刀の輝きは、彼を魅了するのにそんなに時間はかからなかった。
そんなある日の事。
地元のバイヤーが、ある刀を手に入れた、ぜひ買って欲しいと連絡を寄越して来た。
興味を引かれたデービスは、二つ返事でバイヤーの店へ向かったそうだ。
「どう? これ」
カウンターを越えた店の奥で、出された刀は絶品というには表現が足りない程であった。
刀身は紫色に怪しく光り、窓から差し込む陽の光の下でも、身震いをする程に美しかったそうだ。
彼は問答無用に言い値で買い付け、さっそく自宅で刀身を見て楽しむ事にした。
彼の記憶があるのは、ここまでだった。
刀身を鞘から抜いた瞬間、記憶が途切れた。
次に気が付いた時、自分は血まみれで、血の海に横たわっていたのだ。
どうにか、電話まで這い、救急を呼ぶと、そこで彼は再び意識を失った。
気が付いた時は、病院のベッドの上。
あれこれと警察に訊かれたが、正直に答えても精神を疑われるばかりだった。
その後、回復したデービスが自宅に戻ると、救急が踏み込んだ時の状態のまま部屋が散乱していた。
丁寧に片付けをしている時に気づいたのは、あの刀がどこにも見当たらなかったこと。
盗まれたと思って、諦める事にした。
それが、最近になって様子が変わったのだ。
何気なく、点けたテレビに映った博物館の映像。
そこに、あの刀が展示されているのを目撃したからだ。
それは、日本の歴史を紹介する番組だったのだ。慌ててメモを取り、早めの訪日を決意したという事だ。
で、それがその時の夏コミでさ。
この話を教えてくれたんだ。妖刀って奴じゃあないかな。
だけど。
だがしかし、なんだけどさ。
それが本当だとして、誰が日本に輸出したんだろうね。
こんなに銃刀法に厳しい国なのにさ。
調べてみると、できない事はないけど。
誰ぞ彼某に怪談を語り聞かせんや 碧乃びいどろ @AonoBiidoro
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